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5話
しおりを挟む翌日の午後
「皇太后様のお召しにより参内いたしました」
余計な飾りなど一切付けていない事で却ってそれが清楚な姫に見せている、己の瞳の色と同じガーネットグリーンのドレスを身に纏ったメストレがカーテシーで挨拶をする。
「メストレ。そなたが息災であって何より」
「皇太后様のお心遣い、感謝いたします」
「今日、そなたを呼び寄せたのは私事だ。堅苦しい挨拶はここまでにいたす。エブリン、氷菓を用意させよ」
アントワーヌの命に従い、年若い侍女の一人が二人分の氷菓を用意してテーブルの上に置くと部屋を出て行く。
暫しの間、二人は無言になって甘みが広がる白桃のソルベットに舌鼓を打つ。
「メストレ・・・そなたに聞きたい事がある」
「何でしょう?私で分かる範囲であればお答えいたしますわ」
「そなた──ヒロイン、オトメゲーム、ギャクハー、コウリャクタイショウ、サポートキャラとやらが何なのかを知っておるか?」
「はい?」
超大国の皇太后から二十一世紀の日本で見聞きした言葉が出て来るなんて夢にも思っていなかったメストレは、思わず間の抜けた声を上げて驚く。
「失礼ですが、皇太后様?一体誰がそのような言葉を口にしておられたのでしょうか?」
「ロザリアだ」
「ロザリア?・・・確か、今を時めく陛下の寵姫ですよね?その方がオトメゲームやギャクハーという私達に理解が出来ない言葉を口にしていたのですか?」
メストレの問いにアントワーヌがそうだと頷く。
「それだけではない。何でも・・・自分はオトメゲームのヒロインだとも言っておったな」
(ヒロイン、乙女ゲーム、逆ハー、攻略対象、サポートキャラという言葉が出たという事は、おそらく──・・・)
アントワーヌの言葉にロザリアは転生者であろうと察したメストレは、彼女の目的は何なのかを考える。
日本人女性として生きていた前世の記憶を持っているメストレは乙女ゲームをプレイした事があるが、妹と違い課金するほど夢中になっていた訳ではない。
どちらかといえば、妹がプレイしているところを傍で眺めていた方である。
(そういえば・・・私が異世界の神様が起こした事故で死ぬ数ヶ月前に、オスマン帝国のハレムと世界観をベースにした乙女ゲームを妹が夢中になってプレイしていたわね)
ゲームのタイトルや登場人物の名前は覚えていないが妹の話によると、確か天真爛漫な農家の娘であるヒロインが盗賊に攫われ奴隷として後宮に売られたところから物語が始まったはず。
料理・裁縫・礼儀・言語・話術・舞踊・詩歌管弦といったスキルを上げてヒロインを立派な淑女へと育てていきつつ、攻略対象者との好感度を上げていって結ばれるというゲームだ。
そして、パラディース帝国の世界観は妹がプレイしていた乙女ゲームと共通点があるような気がする。
(ヒロインの無能息子が跡を継いだ事で国が滅びへの一途を辿るのに、何でそれがハッピーエンドと言われているのか謎なのだけど・・・・・・。ベルナールの皇后に迎えられたというのが、ヒロインにとってのハッピーエンドだからそう位置づけられていたのかしら?とにかく、攻略対象者とのハッピーエンドとバッドエンドを全部埋めたら逆ハーエンドへのルートが解放されて、逆ハーエンドをクリアしたら隠しキャラが登場すると言っていたような・・・・・・)
ロザリアが言っている事と妹の話を整理していくと、ここは乙女ゲームの世界。正確に言えばロザリアを主人公とする乙女ゲームに似た異世界であると見ていいだろう。
(自分が乙女ゲームのヒロインであるロザリアとして生まれ変わったと思っている転生者は、逆ハーを目指しているのかしらね?)
「・・・・・・・・・・・・」
「メストレ。あの女がいる限り、パラディース帝国が滅亡の道を歩むような気がしてならぬ。どうか私にそなたの力を貸してくれぬか?」
さっきからずっと無言でいるメストレにアントワーヌが国の行く末を訴える。
「三人の侍女と個室付きでベルナールの側室としてそなたを迎え入れたい」
アントワーヌが出した条件はというのは、例えどんなに寵愛を受けている側室であっても皇帝との間に子供を成さない限り決して与えられないものだった。
破格と言ってもいいだろう。
それを破ってまで後宮に迎えたいという事は、国の将来を憂えているアントワーヌがロザリアを危険視しているという証左だ。
「側室としてではなくロザリアの侍女として・・・時期を見て私をロザリアから外して貰い内侍所の女官として迎える。そして内侍長官にして頂けるのであれば、入宮するお話をお引き受けいたしましょう」
「内侍長官!?」
メストレの要求にアントワーヌは驚きを隠せないでいた。
彼女が口にした内侍長官とは、女官のみによって構成される後宮の万事を取り仕切る内侍所の最高権力者の事で、政治の世界でいうところの宰相、大奥での御年寄といえばどのような立場なのかがイメージ出来るのではないだろうか。
内侍長官になるには、まず侍女として入宮した女が皇太后から任命された形で内侍所の女官にならなければならないのだが、学問と礼法に通じているバイリンガルな女性である事が前提なのだ。
「ティティア妃を母とするカルディナール殿下は、幼いながらも優秀なのだとか。後継者として何の問題もありますまい?」
王妃教育を受けてきたメストレほど内侍長官に適した人物はいない事はアントワーヌでも分かる。
だが、ロザリアを潰す為にメストレを側室として入宮させ運よく皇子を成す事が出来たのなら、その子を次期皇帝に据えたかったアントワーヌとしては面と向かって拒否されてしまったので内心忸怩たる思いを抱えていたが、自由奔放な悪女に夢中になっているベルナールが再従妹に心を動かさないとは限らないのだ。
己に所縁のある娘を側室に据えたいアントワーヌと、汚れ仕事を引き受けるのだからその報酬を要求するメストレとの間に静かな火花が飛び散る。
「・・・・・・よかろう。そなたの要求を呑むとしよう」
先に口を開いたのはアントワーヌだった。
アントワーヌの言葉にメストレは頭を下げる。
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