鳥籠姫

白雪の雫

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⑤受付嬢マチルダ(前編)

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「あの、ヴァルドさん・・・。よろしければ、今日のランチは私と一緒に食べませんか?」
実は、とても美味しい料理を出す店を見つけたんです!
旅人や冒険者に欠かせないポーション・傷薬・解毒剤・鎮痛剤・万能薬といった薬を薬師ギルドに納品したヴァルドに、受付嬢であるマチルダが声をかける。
幼い頃から両親や周囲の者達から『マチルダちゃんって可愛いね』や『将来は領主様に見初められて玉の輿かも』と言われて育った結果、自分は上流階級のお嫁さんになってもおかしくないレベルの美人だと思い込んでいるマチルダ。
確かに彼女は美人の部類に入るが、【ピンからキリまで】【上・中・下】という言葉があるように、どちらかといえばマチルダはキリや下ランクになる。
そんな彼女であるが、薬師としての腕は超一流。しかも美形と名高い領主親子や攻略対象者であるエルフのローゼスと皇太子のルードヴィッヒよりも顔が良くて(目つきは悪くて鋭いが)職場の男共にはない男性特有のセクシーさというものを漂わせているだけではなく、何より貴族や皇族など足元にも及ばない気高さと威厳があるものだから、もしかしたら他国の貴族子息かも知れないヴァルドを狙っているのだ。
「断る・・・と言いたいところだが、今の俺は気分がいいんだ」
「ヴァルドさん!?」
誰が食事に誘っても100%の確率で断るものだからお堅いと有名なヴァルドが、傍目には美人かも知れないが、ご自慢のルックスを利用して自分の仕事を他人に押し付ける性悪なマチルダの誘いに乗るなんて夢にも思っていなかった女性職員達は驚きの表情を浮かべると同時に、彼もまた同じ職場の男共と同じ穴の狢だったという事に失望してしまう。
彼女達が自分に対してそう思っている事など知らないヴァルドは、数ヶ月前の出来事を思い出す。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










数ヶ月前
今日のマチルダのように、美味い飯とデザートを出す店があるとベリルに誘われたヴァルドことエルドヴァルドは彼と共に食べに行った。
店の名前は【カフェ・四つ葉のクローバー】
元は【四つ葉のクローバー亭】だったのだが、ある日を境にハンバーグやグラタンといった食事だけではなくプリンやケーキといったデザートも出すようになったので、名前を改めたらしい。
見た目と味はもちろんだが、お貴族様や皇族といった人達しか食べられないような料理をリーズナブルな価格で提供しているからなのか、今日もカフェ・四つ葉のクローバーは長蛇の列だった。
並ぶ事四十分
『いらっしゃいませ』
(て、天使様・・・!?まさか。そんな事あるはずがないわ・・・・・・)
そんな二人を出迎えたのは、カフェ・四つ葉のクローバーの看板娘にして給仕であるブリュンビルデだ。
馬鹿な王太子とやらの妃になる為のお妃教育とやらを受けていた時よりも楽しそうに過ごしている姿に、客に言い寄られても軽くいなすブリュンビルデの姿に、エルドヴァルドは安堵の息を漏らす。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










(は、早い!こっちに合わせてゆっくり歩いてくれたり、しかも私が食事に誘ったのよ?!腕を組んでくれたり、可愛いとか褒めてくれてもいいじゃない!!見た目が攻略対象者レベルでイケボとはいえ、モブなんだから美人の私に気を遣いなさいよ!!!)
身長が百六十センチもない小柄なマチルダにしてみれば、百九十センチ近いヴァルドのペースに合わせて進むのはコンパスの違いにより苦行以外の何物でもなかった。
「このまままっすぐ進んだらいいんだな?」
「はい。四つ葉のクローバーのイラストが描いた看板を掲げている店です」
「お前が言っていた美味しい料理を出す店って、カフェ・四つ葉のクローバーの事だったのか・・・」
「ええ、そうですけど・・・ヴァルドさん?もしかして、その店に行った事ある、の、ですか?」
「ああ」
必要最低限な会話しかしないで薬師ギルドから歩く事十分近く
二人が来たのはカフェ・四つ葉のクローバーだった。
やはりというべきか、店の前は料理とデザート目的の客達で長蛇の列を成していた。それでも、数日前と比べたら少ない方である。もしかしたら、ランチタイムを過ぎたからなのかも知れない。
その証拠に、ヴァルドとマチルダは二十分くらい並んだらエレーネによって席に案内されたからだ。
「ご注文が決まりましたら、お声をかけて下さい」
「いや、注文はもう決まっているんだ。俺はキノコのパスタとパンケーキプレート」
「私はホットケーキとカフェオレ」
「ご注文、承りました」
二人の注文を受けたエレーネはグリーズに伝えると、新たにやって来た客を別の席へと案内する。
「あの~・・・ヴァルドさんって恋人がいるんですか?」
「俺に恋人がいようがいまいが、お前には関係のない話だ」
「そう、ですよね・・・」
(か、会話が続かない。こういう時って男の人が話題を出すのが普通じゃないの?!)
ヴァルドにしてみれば、本命でもない女と無駄話をする義理も義務もないので聞かれた事しか話さないようにしているだけだ。
まぁ、相手がマチルダではなくブリュンビルデであれば聞かれた事に対して蘊蓄を話したり、自分から話題を振ったのだが───。
気まずい雰囲気が漂う中で待つ事しばらく
「お待たせいたしました。注文のキノコのパスタとパンケーキプレートとホットケーキです」
(ブ、ブリュンビルデ!?何でブリュンビルデがここでウェイトレスをしているの?!)
ゲームではヒロインの制服を切り刻むだの、冬の日の池に落とすだの、階段から突き落として生死の境を彷徨わせたという風に様々な嫌がらせのみならず殺人未遂を犯した、見た目はお伽噺に出てくるお姫様のように清楚で優しそうな美少女である悪役令嬢のブリュンビルデ。
彼女は卒業パーティーで王太子達によって自分の罪状を明らかにされた後、刑に処させたはずだ。
その彼女が帝国の、それもこのような辺境の地で働いているという事実にマチルダは目を大きく見開いて驚く。
(しかし・・・悪役令嬢であるとはいえ、父親は公爵になった王弟殿下、母親は隣国の王女というだけあって気品があるし、育ちの好さが滲み出ているし、動作の一つ一つが綺麗だし、何より完璧な美人よね~)
周囲の人間から美人と言われているが、そんな自分が霞んでしまう本当の意味での美人───長い銀髪を後ろで一つに束ねているブリュンビルデを初めて目にしたマチルダは、どうせ転生するなら平民ではなく高位の貴族令嬢に生まれ変わりたかったと心の底からそう思う。
(本編と続編ではNPCどころかモブでもなかったヴァルドさんも、ブリュンビルデのようなのがタイプなんだろうな~)
注文した料理を持ってきたブリュンビルデと自分の胸を比べてしまったマチルダは静かに落ち込む。
顔はいいし、粗暴な冒険者とは違い身のこなしだって洗練されている。そして、何よりヴァルドは薬師としての腕は確かだ。
現に材料集めから調合に繊細なコントロールを要する為に国家薬剤師ですら完成するまでに何年もかかるという万能薬を、ヴァルドは簡単に作ってしまうのだから───。
【鳥籠姫~あなたの愛に束縛されたい~】を前世の自分は本編と続編しかプレイしていなかったが、目の前にいるヴァルドは、ローゼスを攻略したら出てくる最強で最凶のヤンデレであるルードヴィッヒなど足元にも及ばないイケメンなのだ。
もし【鳥籠姫2~】が出るとしたら、間違いなく攻略対象者の一人になっていたであろうヴァルドの嫁になったら?
お貴族様が住みそうな豪邸を買って、その家にはメイドでも雇う。
そして自分は最先端のドレスやアクセサリーを買い漁る贅沢三昧な日々を送れるのではないか?
有能なイケメンを狙っている女など、この世にはごまんといるのだ。
現に、薬師ギルドのブッサイク!な(注意:マチルダ視点。ギルドの看板とでもいうべき受付をしているのだから彼女達のルックスは平均以上である)同僚達もヴァルドを狙っているし。
そんな彼女達を牽制する意味でマチルダはヴァルドをランチに誘ったのだが───以前、カフェ・四つ葉のクローバーに行った時にはいなかったブリュンビルデの清楚で気品溢れる姿に、肖像画で目にした女神のように穏やかで慈悲深さを感じさせる笑みに思わず気後れしてしまう。
「・・・・・・・・・・・・」










今日のホットケーキはマチルダにとって非常に不味いものになってしまっていた。






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