鳥籠姫

白雪の雫

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⑦最強で最凶のヤンデレは残念な転生者(前編)

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帝国の帝都にある宮殿の食堂にいるのは洗練された動作で料理を運ぶ給仕と、ヴァルドことエルドヴァルドやベリルと比べたら数段劣るのは否めないが、それでも人間の中で見れば間違いなく美形の部類に入る一人の金色の髪に琥珀色の瞳を持つ青年───皇太子であるルードヴィッヒが今日のディナーのメインディッシュである【牛フィレ肉とフォアグラのポワレ~ワインソースにトリュフの香りを添えて~】をナイフで一口大の大きさに切って口に運んでいた。
ルードヴィッヒが一切れを食べ終えたら給仕が皿を下げ、先ほどと同じ料理をテーブルへと運ぶ。
はぁ~っ・・・
前菜からメインディッシュで何度か繰り返した後、デザートを食べ終えた青年が溜め息を漏らす。
あ゛ーーーっ!!!
「ご飯!味噌汁!寿司!天ぷら!焼きそば!たこ焼き!唐揚げ!トンカツ!コロッケ!ハンバーガー!フライドポテト!ハイ〇に出てきた黒パンとチーズ!」
和食!洋食!ジャンクフードが食べたーーーい!!!
(また始まったよ・・・)
ルードヴィッヒが、ワショク・ジャンクフード・スシ・テンプラといった自分には理解できない料理の名前を口にするのは、いつもの事なのですっかり慣れてしまっている黒髪の青年が盛大に溜め息を漏らす。
青年の名前はリュミエル。寿司や天ぷらが食べたいと喚いているルードヴィッヒの乳兄弟にして侍従だ。
「ルードヴィッヒ殿下・・・」
例の発作を起こしてしまっているルードヴィッヒを宥めようとする。
「セバスチャン二号!見た目と声があの執事と同じのお前なら俺が言っている料理の再現など簡単に出来るだろ!」
今すぐ作ってくれ!!
「殿下、私にはリュミエルという名前があるのです。いい加減に私をセバスチャン二号と呼ぶのは止めて下さい!!」
「いや!誰が何と言おうが、お前はセバスチャン二号だ!いい加減に現実を受け入れろ!」
「そういうルードヴィッヒ殿下こそ、私の名前がリュミエルであるという現実を受け入れて下さい!!」
何だか物凄くキリっといい顔をして言い切ったルードヴィッヒに、リュミエルが負けじと言い返す。
余談ではあるが、寄る年波には勝てなかったのか、現在は隠居しているリュミエルの父親であるクランツもルードヴィッヒに仕えていた侍従であったが、見た目と声が黒パンとチーズが美味しそうに描かれていたあのアニメに出てきた召使いに似ているという理由だけで【セバスチャン一号】と呼ばれていた。
「ルードヴィッヒ殿下はトンカツやコロッケといった料理を再現して欲しいと仰っていますが、私はそれ等を見た事もなければ口にした事もありません」
トンカツやコロッケを再現出来るのは、その料理を知っているルードヴィッヒ殿下だけなのですから、作り方を教えて貰わなければ私はおろか総料理長だって作る事なんて出来ませんよ
「・・・・・・ここ、姉貴が夢中になってプレイしていた【鳥籠姫~あなたの愛に束縛されたい~】という乙女ゲームの世界なんだよ?!二十一世紀の日本で作られたゲームなんだよ?!」
宮殿に出てくる飯はフランス料理風で、王国のみならず帝国の学園は魔力が高いという条件が前提になっているものの平民が特待生として通えるし、魔法が発達しているからなのか、インフラだって二十一世紀並みに整備されている。
───にも関わらず、和食・洋食・中華がないなんてどういう事なんだ?
市民街の食堂だったらB級グルメやジャンクフードがあると思っていたのに、実際に行ってみたら中世ヨーロッパレベルだったものだから、日本人のサラリーマンとして生きた記憶を持っているルードヴィッヒは頭を抱えながら料理に対する愚痴を零す。
「ルードヴィッヒ殿下。そういえば、王国の王立学園で事件が起こった事を存じ上げているでしょうか?」
たかが料理で落ち込んでいる主を見ていられなくなったのか、気持ちを切り替える意味も含めてリュミエルがルードヴィッヒに話を切り出す。
「王国の学園で事件?・・・確か、卒業パーティーで王太子のラインハルト殿下が卒業生達の前でブリュンビルデ嬢に対して婚約破棄を宣言したのだったな」
「はい」
卒業パーティーの時にラインハルトが婚約者であるブリュンビルデに婚約破棄を言い渡すイベントがあった事を覚えているからなのか、ルードヴィッヒはリュミエルに話の先を促す。
「密偵からの報告によると、ラインハルト王太子殿下と側近達が夢中になっているヘレナという男爵令嬢に対して、冬の日に校庭の池に突き落としたり、階段から突き落とすという風にブリュンビルデ嬢が嫌がらせを行ったのだとか──・・・」
「で?真相は?」
ゲームのブリュンビルデは嫉妬に狂い、ヘレナに対して様々な嫌がらせどころか殺人未遂を犯していた。





王太子の婚約者に選ばれるだけあって、全ての面でハイスペックな美人だけど、嫉妬に狂った女って怖いわwww
〇さえよりおっぱいが小さいヘレナ!貴様はヒロイン失格!!
正義はパイオツカイデーなブリュンビルデと攻略対象者の婚約者達にある!!!
俺を魅了して止まない婚約者達の魅惑的な美乳に顔を埋めたーーーい!!!





前世の自分は姉がプレイしているところを傍目で見ながら、ブリュンビルデをはじめとする攻略対象者の婚約者達とヒロインをそのように思っていた。
だが、高位貴族の令嬢が自らヒロインに対してありとあらゆる嫌がらせが出来るのはあくまでもゲームや漫画といった娯楽の世界の中だけである。
現実では、自らの手を汚さず【影】と呼ばれる存在を使うか、自分におべっかを使って言い寄ってくる───簡単に切り捨ててもいい人間を使うはずだ。
それに自身にも親が決めた婚約者がいるが、その彼女はというと、未来の皇太子妃として宮殿にいる時のみならず我が家でも侍女達の目に晒されているのだ。
自分の婚約者と同じように、未来の王太子妃として常に人の目に晒されていたブリュンビルデに殺人未遂を犯す行為が出来るはずがない事を分かっているルードヴィッヒはリュミエルに先を促す。
「ブリュンビルデ嬢が行ったという様々な虐めの全ては、ヘレナという男爵令嬢の自作自演でした」
「だろうな。公爵家でも宮殿でも監視されているブリュンビルデ嬢にそのような真似が出来るはずがないと分かっているのに、何故、王太子と側近達はヘレナの言葉をそのまま鵜呑みしてしまったのか・・・・・・」
「王太子・・・いえ、廃嫡された上で王家から除籍されたので元王太子の事はラインハルトと呼ばせていただきます。元々、全てにおいて自分より優れていたブリュンビルデ嬢に嫉妬していたラインハルトはヘレナの言っている事が全て偽りだと分かった上で婚約者を裁こうとしたのでしょう」
その結果が、利き腕とアキレス腱の切断。そして去勢なのですから、これはラインハルトの自業自得と言ってもいいでしょう
(き、去勢!?そこまでするのかよーーーっ!!!)
去勢という言葉に、男の大事な部分がヒュンとしてしまったルードヴィッヒは自分の股間を両手で押さえる。
「ラインハルトだけではありません。元側近達も身分剥奪した上でラインハルトと同じ処置を施してから国外追放となったそうです」
「自分より高位の令嬢を寄ってたかって無実の罪で虐げたら、帝国では死刑が当然なのだが・・・・・・。随分と甘くて優しい刑を執行したのだな、王国は」
「そうでしょうか?罪人達は今まで身の回り全ての事を侍女達にして貰ったのですよ。それを当然と思っている連中が市井で生きていけるとお思いで?」
「成る程。考えようによっては死刑より重い罰だな」
今は皇太子という立場にあるルードヴィッヒであるが、元は日本のサラリーマン。根っからの庶民だ。
皇太子の地位を異母弟に譲位して平民になったとしても、日本人スピリットを発揮すれば庶民として生きていける!・・・はず。
「ブリュンビルデ嬢を陥れようと自作自演したヘレナという女ですが、謀反と国家に対する反逆の罪で全ての歯を抜いてから四肢を切断。その後は実の両親である男爵夫妻によって見世物小屋に売られたそうです」
ただ、刑が執行される前に彼女は不思議な事を大声で喚いていたらしいですよ?
その言葉がこれです
その時の事を詳細に書いている密偵からの報告書をルードヴィッヒに渡す。





あたしは【鳥籠姫~あなたの愛に束縛されたい~】のヒロインなの!
ブリュンビルデは悪役令嬢なの!
逆ハーを成功させたのに、これでは続編に出てくるローゼスを攻略できないじゃない!
ローゼスを逆ハーに加えないと、隠しキャラであるルードヴィッヒ様が出て来ないのに!!
『もしかして・・・ブリュンビルデも転生者でルードヴィッヒ様狙いな訳!?
悪役令嬢は悪役令嬢らしく、ヒロインであるあたしに嫌がらせをして断罪されなさいよ!!
あの女がストーリー通りの行動をしなかったせいで、ヒロインであるあたしが自作自演しなきゃいけなくなったのよ!!
ヒロインを豚箱に入れるなんて、あんた達って常識知らずだわ!!
ヒロインのあたしはルードヴィッヒ様の妃になる運命なのよ!!
あたしに指一本でも触れてみなさい?!最強で最凶のヤンデレであるルードヴィッヒ様が黙っていないんだから!!
助けて、ルードヴィッヒ様!貴方の運命の女ファム・ファタールであるヘレナはここにいるのよ!!
リセット!リセットボタンはどこにあるの!?リセットして最初からゲームをやり直さなきゃ!!





「・・・・・・・・・・・・」
(こいつ、確実に転生者だな──・・・)
「は、吐き気を催してしまうくらいの気持ち悪さだな」
「ですね」
リュミエルから渡された報告書に目を通したルードヴィッヒは、ヘレナの痛い発言に眩暈を覚える。
(俺、どっちかっていうと、ヒロインであるヘレナよりも攻略対象者の婚約者達の方が好きだったんだよな~)
ヘレナとブリュンビルデ、そして婚約者達のビジュアルを思い出したルードヴィッヒは遠い目になる。
先にも少し触れているが、ヘレナはピンクブロンド色の髪に〇さえよりも小さなおっぱいを持つ、良く言えば華奢で小柄な元気いっぱいの少女だ。
一方、ブリュンビルデをはじめとする恋愛スイーツ脳と化している攻略対象者共の婚約者達は、それぞれタイプは異なるものの、エロ同人誌やエロゲーに出てくるプレイをしたくなるほどの美人でナイスバディ。しかも、男爵令嬢であるヒロインとは異なり学問・教養・礼儀・芸術・身体能力は言うに及ばず魔力方面でも全てにおいてスペックが高いのだ。
(何で攻略対象者共は婚約者ではなく、ちっぱいどころか背中と二の腕の肉を寄せて上げてでやっとAカップになるぺったんこなヒロインに夢中になったんだろうな?・・・・・・あっ、そういう俺も攻略対象者の一人だった)
ゲームの中のルードヴィッヒのヤンデレぶりがどのようなものであったか
続編のストーリーを思い出してしまった、パイオツカイデーは男の夢だ!ロマンだ!天国だ!という考えを持つ現実のルードヴィッヒが頭を抱える。






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