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①婚約破棄されたので出奔する-2-
しおりを挟む「神よ、あなたの慈しみに感謝いたします」
教会の窓から差し込む光を受けているクリュライムネストラの姿を目にした者であれば、彼女こそが神の祝福を受けた存在なのだと称賛したであろう。
「クリュライムネストラ、貴様に話がある」
祭壇で祈りを捧げていると、彼女にとってお呼びでない人物ことパリスがやって来た。彼の隣には小柄な金髪碧眼の女性が立っている。
(この方は確か・・・インフェル王国の王妃であるヘレーネ様、よね?)
表敬訪問でもなければ、ここ数ヶ月は開かれる予定がない祝宴の招待客でもない彼女が何故ハーネット王国にいるのか分からないクリュライムネストラは表面には出していないが疑問を抱く。
「クリュライムネストラ、私に心から愛する人が出来た。インフェル王国の王妃・・・いや、私の妃となるヘレーネだ」
そう言ったパリスは、クリュライムネストラに自分の隣にいる女性を紹介しただけではなく、如何に彼女が素晴らしく理想的であるのかを語り始める。
「私は彼女を妻に迎えたいのでお前との婚約は破棄する。しかし、ヘレーネに苦労などさせたくないから、お前には私の愛妾として我等に仕えて欲しいのだ」
私達の為に愛妾になる事を拒否すれば、貴様は王女という身分を剥奪した上で国外追放になる
(このアホ・・・身分剥奪と国外追放という言葉だけではなく、意味も知っていたのね)
王女が平民として生きて行けるはずがない
聖女や神子姫としてちやほやされたかったら、愛妾という名の道具として生きろ
甥にして婚約者から自分を侮辱する言葉を浴びせられているにも関わらず、クリュライムネストラはある種の的外れ的な感動を覚えていた。
(・・・・・・それにしても前からアホで馬鹿で考えなしだと思っていたけど・・・。しかも、一国の王女を愛妾にした上で隣国の王妃を妻にするだと?こいつ、ハーネット王国を滅ぼしたいのか?)
まさかここまでとは夢にも思っていなかったクリュライムネストラは、インフェル王国及び同盟国との戦争を回避できないという事実に思わず頭を抱えてしまう。
一人の女が原因で戦争が起こるなど、物語や空想の産物でしかないと思うだろう。
だが、ヘレーネに関してはそうなってしまうのだ。
(クリュライムネストラと比べたら遥かに劣るが)治癒魔法が使えるだけではなく絶世の美女として名高いヘレーネが独身だった頃、何十どころか何百もの男が彼女に求婚する為に列を成していた。
誰が選ばれても恨みを買う事を恐れたヘレーネの父王は、夫になったインフェル王国の国王及び彼女に求婚していた男達に一つの案を提示した。
その案とは、ヘレーネと夫となった男に何かがあれば協力して助けるというものだ。
簡単に言えば一種の軍事同盟である。
(それにこの女・・・盆暗と同じ匂いがするのよね)
自分が取った行動が周囲にどのような影響を及ぼすのかを深く考えていない辺り、ヘレーネとパリスは同類のような気がするのだ。
考えようによっては、お似合いの二人であるとも言える。
確かにクリュライムネストラはパリスとの婚約破棄を望んでいたが、それはこういう形ではない。
(今の私に出来る事と言えば、陛下と王后陛下にヘレーネ様の事を告げた上で愛妾の馬鹿息子との婚約を破棄して・・・。それから侍女達を安全な場所に避難させてからお母様と出奔かしらね?)
「婚約破棄の件、確かに承りました。ですが、お二人にお仕えする事につきましてはヘレーネ様の御心を思うと了承いたしかねます」
二人の前で見事なカーテシーを披露してそれだけを伝えたクリュライムネストラは、これからの準備を進める為に祭壇から去って行く。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「という訳で、何時になるのか分かり兼ねますが、ハーネット王国は戦場になると見ていいでしょう。私に出来るのはここまでです」
クリュライムネストラから新しい働き口の紹介状を貰った侍従と侍女達は、王女自身はこれからどうするのかを悲痛な面持ちで尋ねる。
「私はこの国を出奔します」
侍女達の問いにそう答えたクリュライムネストラは、踝まである髪に護身用のナイフを当てると躊躇う事なく切り落とす。
「ひ、姫様!!?」
女にとって命とでも言うべき髪を切ってしまったクリュライムネストラの姿に驚きを隠せない侍従達は、悲鳴を上げるか、息を呑むしか出来ないでいた。
「あの馬鹿・・・ではなく、パリス様が第四王子でいられたのは姫様が婚約者であったからこそなのに!!」
それが分かっていないだけではなく、パリスがヘレーネをハーネット王国へと拉致した事が原因で戦争になるという事実に侍従達が怒りの声を上げる。
「今の私達にはアホ・・・ではなく、馬鹿・・・でもなく、見た目だけは王子の男に対する愚痴を零すよりも成さねばならない事があるはずです」
クリュライムネストラの言葉でその事に気が付いた彼等は生き残る為の準備を進める──・・・。
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