ノスフェラトゥ

白雪の雫

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⑧ハーネット王国の滅亡-1-

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 (私がサクリフィス大陸に来て十年以上の月日が経っているのね・・・)

 リオン達はインキュバスや猫人ワーキャットになるだの、一緒に乗船していた他の冒険者達はワイバーンやケルベロスの餌や妖魔になるだの、自身も真祖の后になってしまうだの、不死者ノスフェラトゥになってしまうだの、実に色々な事があったと、昼間だというのに夜のように暗い外の景色を眺めながらクリュライムネストラが過去に思いを馳せる。

 (お母様・・・)

 「かあさま、いまかえりました」

 メディクス王国にいるであろう母の身を案じているクリュライムネストラに、茶色の髪とヘーゼル色の瞳を持つ幼い子供が駆け寄り抱き着いてきた。

 子供の名前は、ヴェルナード=レグルス=ロワール=アウスファーレン。

 レーヴェナードとクリュライムネストラとの間に産まれた、二人にとって初めての子供にして父の後を継ぐ者。魔力と霊力をバランス良く持ち合わせているダンピールだ。

 「お帰りなさい、ヴェルナード」

 クリュライムネストラは機嫌よく王宮に戻って来た我が子を受け止め抱き締める。

 慈愛と優しさに溢れているその顔は、正に子を想う母そのものだ。

 「ぼくね、きょうはとうさまと──・・・」

 『座学も大事だが、身を以ての体験と経験は己の糧となる』というのがレーヴェナードの中にある教育方針なのか、時折お忍びという形で視察を兼ねて息子と共に貴族エリアや下町エリア、時には地方に赴いてヴェルナードの見聞を広げているのだ。

 しかし、今回は違う。

 数日前から元気がなさそうな息子の身を案じたレーヴェナードが、息抜きの意味で共に城下町に遊びに行っただけである。

 それが功を奏したのかどうか分からないが、王宮に戻って来た時のヴェルナードは元気になっていた。

 そんなレーヴェナードの話に真剣に耳を傾けているクリュライムネストラは我が子の成長を褒め、自分が見聞きして感じた事に共感している。

 「お帰りなさい、レーヴェ」

 「ただいま」

 ヴェルナードを膝の上に座らせながら優しい笑みを浮かべて出迎えてくれる妻を、レーヴェナードは自分の元に抱き寄せる。

 (この男の腕の中は温かくて力強くて、何より居心地がいい・・・)

 幸福感に包まれているクリュライムネストラがレーヴェナードの背中に腕を回す。

 家族水入らずで過ごしている彼等がいる部屋に扉をノックする音が響く。

 レーヴェナードの許しを得て入って来たのは、レオパルドとイビルゲイザーだった。

 「お寛ぎのところ、失礼いたします。実は──・・・」

 レオパルドが来た目的は、クリュライムネストラの故郷であるハーネット王国の事を告げる為だった。

 このような話を幼子に聞かせる訳にはいかないと思っているレオパルドは、クリュライムネストラにヴェルナードを子供部屋に連れて行って欲しいと懇願するのだが、次期君主がそれを拒否している。

 「ぼく、かあさまがだいすきだよ。でも、かあさまはレオパルドのはなしをきいたら・・・かあさまはここからでていくのでしょ?」

 だから、ぼくはとうさまといっしょにおはなしをきく!!

 「「「ヴェルナード(様)!?」」」

 レオパルドの話が、クリュライムネストラがここを出ていく事に繋がるのか

 それだけを答えると急に泣き出してしまったヴェルナードを三人が必死に宥める。

 「だって・・・かあさまが、そこくだったくにと、おばあさまのおはなしをするとき・・・すごくかなしそう、だったから・・・」

 そんなクリュライムネストラにハーネット王国の話を聞かせたら、自分達を捨てるのではないか?という不安を感じたのだと、嗚咽を漏らしながらヴェルナードがそう答える。

 「ヴェルナードに悲しい思いをさせてしまうなんて、私は本当に駄目な母様ね」

 自分はそういうつもりではなかったのだが、メディクス王国に残してきた母の身を案じる気持ちが出ており、それをヴェルナードが望郷の念であるだけではなく全てを捨てる気でいるのだと感じ取ってしまったのかも知れない。
クリュライムネストラは、泣きじゃくる我が子の頭に触れる。

 「?」

 「ハーネット王国は、母様が生まれ育った故郷なのは確かよ。でもね、私は故郷を捨てたの。そんな母様にとって父様とヴェルナードがいるここが・・・サクリフィス大陸が大切な場所であり、故郷なの」

 だから母様がハーネット王国に戻る理由なんてないのよ

 ヴェルナードにそう言い聞かせているクリュライムネストラの顔は、ここで生きていくという決意をしている母にして妻、そして女のものだった。

 「母様は二度と故郷には戻れない。だけど、ヴェルナードが大人になったら・・・母様の代わりにお祖母様に会って・・・伝えて欲しいの」





 ──・・・





 「約束してくれるかしら?」

 「はいっ!ぼくがかあさまとのやくそくをはたします」

 そう答えたヴェルナードの瞳には涙が浮かんでいたが、顔は晴れ晴れとしたものだった。







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