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⑦紗雪の告白-2-
しおりを挟む翌朝
(んっ・・・)
小鳥の囀りと差し込んでくる太陽の光に朝の訪れを感じた紗雪が目を覚ます。
「スノー殿、おはよう・・・」
(!?)
「おはようございます、レイモンドさん。レイモンドさん?」
端正な顔に驚愕の色を浮かべているレイモンドを紗雪が不思議そうに見つめる。
「スノー殿、その瞳は一体・・・」
レイモンドが驚くのも無理はない。
依頼人であるスノーの瞳の色が青から黒になっていたからだ。
「スノー殿・・・貴女は異世界から来た人間・・・日本人、なのか?!」
「キルシュブリューテ王国の人間であるレイモンドさんが何故、日本人という言葉を知っているだけではなく、正確な発音が出来るのですか?!」
自分の祖母が黒髪黒目の異世界人・・・つまり、日本人である事をレイモンドが紗雪に教える。
「昨日のスノー殿が使っていた二口コンロは俺の祖母・・・美奈子が発明、正確に言えば祖母の一言で生まれたものなんだ」
「成る程・・・。道理で文明が中世から近代ヨーロッパを彷彿とさせる異世界に冷蔵ボックスや冷凍ボックスがあるのかがようやく理解出来ました」
同時に紗雪はキルシュブリューテ王国のインフラが現代日本並みに整っていた事にも納得していた。
「レイモンドさんのお祖母様が日本人である事を、ベスティーさんとヴィヴィアンさんは知っておられるのでしょうか?」
「いや、あの二人は俺の祖母が日本人である事を知らない。そもそも、スノー殿の瞳が黒色でなければ俺は貴女が日本人である事に気付かなかった」
スノー殿、貴女はどうやって瞳の色を変えていたのだ?
祖母とは異なり紗雪からは魔力が一切感じられない。
それなのに紗雪はどうやって黒い瞳を青い瞳にしていたのだろうか?
「レイモンドさん、貴方の疑問に対する答えはこれです」
紗雪が服のポケットから取り出したケース・・・コンタクトレンズが入っているケースをレイモンドに見せる。
「このカラーコンタクトレンズを着ければ自分の好きな色の瞳にする事が出来るのですよ」
但し、寝る時はコンタクトレンズを外さないと失明するから注意が必要ですけどね
「異世界には、このような道具もあるのだな」
レイモンドが紗雪の掌の上にあるコンタクトレンズを興味深そうに見つめる。
「スノー殿、俺の祖母は自分でも気付かぬうちにこの世界・・・フリューリングに来ていたらしい。【迷い人】という奴だ」
レイモンドの話によると、理屈は分からないが平和な世界からやって来た異世界人・・・日本人は強力な魔法が使えるようになったり、怪力を得るらしく、自分達にはない知識を持つ彼等は国に保護される。
(恐らくだけど、迷い人・・・日本人が強力な魔法を使えるようになるのは、フリューリングで生きて行く為に付与されるのでしょうね。異世界側の配慮って奴ではないかしら?)
だとすれば、ヤリマンの茉莉花に魔法が使えるというのも納得がいく。
その昔、権力者を陰で操り国を乱し争いへと導いた九尾狐を倒した最強の巫女である紗雪には魔法というものが不要な代物だからだ。
或いは、紗雪の中に流れる天女の血が魔力を拒絶したのかも知れないが、こればかりは分からない。
レイモンドの話によると、フリューリングの常識を学んだ後、迷い人は権力者の元に嫁ぐか、技術者や冒険者として生きて行くとの事だ。
「スノー殿、貴女も祖母と同じように迷い人なのか?」
「違います。私はウィスティリア王国の性女・・・ではなく聖女召喚に巻き込まれた一般人です」
レイモンドに対して顔色一つ変える事なく紗雪がしれっと言い放つ。
もし、この場に九尾狐がいたのなら紗雪に対して、こうツッコんでいただろう。
先祖の力を以てしても封印するのが精一杯だった我を消滅させた篁の末裔が一般人を称するでないわ!!!
───と。
「ウィスティリア王国の聖女とは・・・・・・確か一年前に王太子殿下のエドワードと騎士のギルバード殿と共に邪神・サマエルを倒したマリカ殿の事か?」
(あいつ等・・・邪神・サマエルを前にした時、恐怖で漏らしてたのだけど・・・。しかも、サマエルは九尾狐と比べたら遥かに小物だったわよ?あれくらい、剣と魔法の世界で生きている男だったら自分達で倒せよと何度思った事か──・・・)
紗雪は心の中で三人に毒づくが、魔法が付与されただけで実戦経験がない茉莉花はともかく、少しは訓練を積んでいたエドワードとギルバードにとって、邪神・サマエルの討伐が初めての戦いだったのだ。
浄霊や除霊だけではなく、九尾狐に鵺や牛鬼といった格上の妖怪を倒して実戦経験が豊富な紗雪にしてみれば、三人こそが足手纏いの何者でもなかった。
(うん、はっきり言ってあいつ等は邪魔だったわ)
邪神を前にした時の三人の様子を思い出した紗雪はレイモンドに事の真相を話そうかと思ったが、話してしまったら色々と突っ込まれそうなので黙っておくことにした。
「ええ、そのマリカ殿です。性女・・・聖女召喚に巻き込まれた私はマリカ殿に嫉妬しただの、虐めただのと冤罪を被せられただけではなく王太子のエドワードによって国外追放されました」
「何!?フリューリングに迷い込んだ【迷い人】や召喚に巻き込まれた異世界人は保護されるのが法律で決まっているのに、それを一国の王太子が堂々と破るとは!」
エドワードが何を思って紗雪にそう言い放ったのかが分からないレイモンドが毒づく。
「フリューリングから見て私は異世界の人間であるにも関わらず、魔力や怪力というものが一切付与されていませんでした。そんな私は国が保護する価値がないから王太子は国外追放にしたのでしょうね」
邪神・サマエルを倒した聖女として有名になった茉莉花が元の世界では『ヤリマン』や『サセコ』と称されていただけではなく、高校時代に堕胎をし、その後も男遊びに励んでいた。
その報いとして茉莉花は既に梅毒に罹っており、彼女と楽しんでいたエドワードとギルバードもまた同じ病に罹っているという事実は何時かレイモンドに告白するとしても、今の紗雪は自分の能力の事を彼に打ち明けていない。
今のところ、この二つに関しては隠しておいた方がいいだろう。
「スノー殿、貴女は強いのだな」
「え?」
「平和な世界からやって来た貴女には魔物と戦う力などないはず。それなのに、スノー殿はスラムに身を落とす事なく卸しの商人として糧を得ているではないか」
「レイモンドさんは私を買い被っています。カラーコンタクトレンズのように日本・・・つまり、異世界の商品を購入出来るスキルがなければ私はスラムに身を落としていたのかも知れませんわ」
それと・・・私の本当の名前は紗雪。篁 紗雪です
「紗雪・・・」
清らかで凛として美しい彼女に相応しい名前だと思う。
レイモンドはスノーと名乗っている彼女の本当の名前を呟く。
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