カフェ・ユグドラシル

白雪の雫

文字の大きさ
28 / 465

⑪豚の角煮-2-

しおりを挟む










 冷蔵庫に保存していた豚肉を使おうと思ったのだが、それは侯爵家の夕食に使うので駄目だと言われた紗雪は豚バラブロック肉をはじめとする食材をネットショップで購入する事にした。

 豚の角煮はサンドイッチの具材にもなるが、紗雪にとってご飯と味噌汁と一緒に食べる料理である。

 まずはご飯を炊く為、米を洗う。

 『紗雪殿?昨日は米から出てくる白い水を捨てていたが、今回は捨てないのか?』

 別の鍋にとぎ汁を注いだ紗雪にレイモンドが問いかける。

 『ええ。米のとぎ汁は豚のバラ肉と大根を下茹でする時に使うの』

 米のとぎ汁で下茹でしたらアクや臭み、苦みが取り除ける事を母親から教えて貰ったのだと、紗雪がレイモンドに話す。

 『私が作る料理は全て母から教えて貰ったわ』

 『家庭の味という奴だな』

 だから紗雪が作る料理は、どこか温もりを感じたのだと、彼女が作った料理を口にした事があるレイモンドは納得していた。

 研いだ米を水に浸けている間、紗雪は皮を剥いた大根を輪切り、その後は面取りした大根を半月切り、豚バラブロック肉を食べ応えのある大きさに切っていく。

 『紗雪殿、一つ聞いてもいいだろうか?何故、豚肉を下茹でするのだ?』

 子供の頃、ミルク粥しか作れない美奈子が豚肉と野菜を煮込んだ料理を作ってくれたのだが、それは非常に不味いものだった。一言で言えば、どこをどうすればこうなってしまうの?!という疑問が浮かんでしまうエロイムエッサイム的な物体で、今でもランスロットのトラウマとなっている。

 母親と紗雪が作る料理の違いはどこなのか?

 豚バラ肉を茹でている鍋の表面にアクが出て来たのでお玉で掬い取っている紗雪にランスロットが尋ねる。

 『肉は下茹でしていないと、アクと臭みが出て料理が不味くなってしまうからです』

 これは私の想像なのですが・・・恐らく大奥様は豚肉を下茹でしていなかったのでは?

 下茹でが終わった豚バラ肉と大根を取り出して水にさらす。

 『今回は時間短縮で圧力鍋を使った方がいいわね』

 豚バラブロック肉と一緒に購入した圧力鍋に水・醤油・砂糖・酒といった調味料、下茹でした豚バラ肉と大根、臭い消しのネギと生姜を入れると蓋をしてコンロに火を点ける。

 その間に紗雪は三つのコンロを使ってご飯と味噌汁、ゆで卵作りに取り掛かる。

 『紗雪殿?味噌汁を作る時は煮干しというものを使うのではないのか?』

 『昨日の味噌汁は美奈子さんが半世紀以上振りに日本食を口にするから煮干しを使ったけど、こっちの方が楽なのよ』

 鍋の一つに入れた粉が入っている袋───某メーカーの顆粒出汁を見せる。

 『異世界には便利なものがあるのだな』

 これだけで出汁が取れるという事実に、レイモンドは感心の声を上げて驚く。

 『紗雪殿。昨日のミソシルはトーフだったが、今回の具材は何なのだ?』

 『今日の味噌汁の具材は・・・キャベツです』

 キャベツとミソシルは合うのか?という疑問を抱いたランスロットとレイモンドであったが、異世界の料理に関しては紗雪の方が知っているので自分達は何も口出ししない方がいいだろうと思った二人は、彼女が作っていくところを黙って見る事にした。

 圧力鍋の錘が沸騰した事を知らせたので弱火にしてニ十分煮込んでいる間に、水に浸けて冷ましておいたゆで卵の皮を剥いていく。

 ニ十分後

 火を止め、圧力鍋の蓋を開けると臭い消しの為に入れていたネギを取り出し、ゆで卵を入れる。

 『これでブタノカクニとやらが完成したのか?』

 『タレがゆで卵に染み込んだら完成よ』

 ゆで卵に味が染み込むのを待っている間に、白菜の浅漬けを切って皿に盛り付ける。

 『ショーユというのは、玉子卵焼きだけではなく煮込み料理にも使えるのだな』

 『隠し味としてだけではなく、クッキーのように甘い焼き菓子にも使えますよ』

 醤油を使った甘い焼き菓子が想像できないランスロットとレイモンドは首を傾げるしかない。

 『ところで紗雪殿。ショーユの作り方をロードクロイツに広めてくれないだろうか?』

 半分はロードクロイツ家の食卓を豊かにしたいという個人的な思いだが、もう半分は醤油という調味料が新たな産業になると踏んだのだろう。

 ランスロットは紗雪に醤油の作り方を教えて欲しいと頼むのだが、紗雪は自分が醤油の作り方を知らない事と、醤油作りにおける問題点を挙げる。





 キルシュブリューテ王国は原料となる大豆の栽培をしていないと聞いた

 ならば、近隣諸国から輸入になるのだが、大豆を栽培している国があるのか?





 『温暖で雨が少なく乾燥している気候というのも、醤油作りの条件の一つらしいですよ』

 キルシュブリューテ王国及び近隣諸国では大豆の栽培をしていないので、仮に紗雪が醤油の作り方を知っていたとしてもロードクロイツでは不可能という訳だ。

 紗雪の言葉にランスロットは静かに落ち込む。

 『紗雪殿。キルシュブリューテ王国には醤油に似た魚醤というものがあるのだが、これを使った料理を広める事は出来ないのか?』

 レイモンドが紗雪に見せたのは、醤油に似た液体が入っている一本の瓶だった。

 元の世界でも名前は耳にした事があっても、どのような味をしているのか知らない紗雪は、瓶に入っている魚醤を少しだけ皿に注いで味見をしてみる。

(に、臭いがきつい!それに辛い?いや、辛いと言うよりしょっぱい?)

 醤油よりも濃い塩分に紗雪は顔を顰める。

 『ゴメンなさい、レイモンドさん。実は私、魚醤を使って料理を作った事がないの』

 市場で魚醤を売っているのを見た事があるが、高かったので買わなかったのだ。

 『レイモンドさん、ロードクロイツ家では魚醤をどのように使っているの?』

 照り焼きチキンのように火を通しているのか、冷奴のようにそのままかけて食べているのか分からない紗雪が尋ねる。

 『そうだな・・・肉や魚や野菜といった食材のソースとして使っているかな?』

 実家にいた頃は何とか口にしていたが、魚醤のクセの強さと塩辛さがレイモンドは苦手なのだ。

 『もしかして・・・侯爵家、というよりキルシュブリューテ王国では火を通さずに魚醤をそのまま使っているの?』

 『ああ。そのままソースとして使ったり、肉を焼く時に魚醤を大量に使う事があるな』

 要は、塩や胡椒といった香辛料をふんだんに使った料理は高価で当然という感覚である。

 『魚醤って隠し味として少しだけ使った方がいいと聞いた事があるわ。それを大量に使った料理は・・・さぞかし塩辛いのでしょうね』

 貴族の息子も大変だと、紗雪は心の中でレイモンドに同情していた。

 『紗雪さん、今は魚醤よりも豚の角煮を優先しないといけないのではないかしら?』

 美奈子の言葉に、そういえば自分は豚の角煮を作っている最中だった事を思い出した紗雪は皿に料理を盛り付けていく。






しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

処理中です...