カフェ・ユグドラシル

白雪の雫

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㉚鰻の蒲焼き-2-

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 シュルツベルク伯爵親子がロードクロイツ邸に泊まってから二日目の朝

 美奈子が住む離れの庭園には家主である先代侯爵夫人の美奈子、当主であるランスロットに彼の妻であるエレオノーラ、次期当主のグスタフと妻のアルベルディーナ、シュルツベルクの領主であるアルバートと妻のロスワイゼが集っていた。

 彼等がそこに居る理由は一つ。

 鰻の蒲焼きを、うな丼を食べる為だ。

 国王の為にカステラとアフォガートを作らなければならなくなってしまった紗雪とレイモンドはというと、厨房で美奈子の屋敷で働いている料理人達に『大奥様はワショクとやらに飢えています!サユキ殿、どうか・・・我等に大奥様の故郷の料理の作り方を教えて下さい!』と頭を下げられたので彼等に料理を教えつつ、うな丼の為の白米を炊いたり、味噌汁を作っている最中である。

 ん~っ・・・

 「醤油の香ばしい匂い♡」

 日本を思い出すわ~

 うな丼が食べられる喜びで、美奈子がうっとりとした声を上げる。

 「な、何だ!?俺達が知っている鰻はぶつ切りにするのだが、異世界では開きにして食べるんだな・・・」

 熟練の風格を漂わせている料理人の源次郎が、鰻にタレを付けては焼き、焼いてはタレを付ける。

 それを繰り返していく職人技を目にしているアルバートが声を上げて驚いていた。

 ちなみに鰻を焼いている料理人は紗雪が出した式神で、鰻は厨房で中骨と内臓を取り除いたり、腹部分の開きの血や骨を削ぎ落としたり、背びれと腹びれを切り落として蒸すといった下処理が済んでいるものだ。

 尚、霊感がないはずの彼等が式神を見る事が出来るのは、紗雪が一時的に自身の霊力を与えたからである。

 「皆さん、白米が炊けました」

 厨房で白米を炊いていた紗雪とレイモンド、キッチンワゴンに土鍋と丼、味噌汁が入っている鍋を乗せた料理人達が庭園へとやって来た。

 「紗雪さん!早く!早く!」

 「お祖母様、そんなに慌てなくても・・・」

 キルシュブリューテ王国では平民が食べる事が出来る安い魚で、ゼリー寄せという調理法しかない鰻。

 その鰻を蒲焼きという形で口に出来るなど、異世界に迷い込んでしまった日本人にとって夢のまた夢でしかなかったのだから美奈子が興奮するのも当然だ。

 そんな祖母を宥めながらレイモンドが丼に白米と適当な大きさにカットした鰻を盛り付けていく。

 「う、うな丼様・・・!」





 丼に盛られているのはホカホカと湯気を立てる白米

 炊けた白米にかけるのは鰻を焼く時に使った甘辛いタレ

 その白米の上に乗っているのは焼きたての鰻の蒲焼き






 息子夫婦と孫夫婦だけではなくシュルツベルク伯爵夫妻が目の前に居るにも関わらず、我慢出来なくなった美奈子はうな丼を食べていく。

 「お、美味しい~♡」

 炭火で焼いた鰻の身は慣れ親しんでいる甘辛いタレで味付けをしているからなのか、美奈子の心に懐かしさを思い起こさせ、白米は噛めば噛むほど甘味を舌に感じる。

 「こ、こんなに美味しいうな丼を食べたのは半世紀振りかしら・・・?」

 日本の定番朝食を食べた時のように、うな丼に舌鼓を打っている美奈子が感動の涙を流す。

 「鰻・・・泣くほどに美味いか?」

 「美奈子さんの場合は故郷を思い出してしまったから涙を流したのかと・・・」

 「まぁ、食べてみるか」

 泣くほどではないと思うが、鰻を食べていた時の美奈子が見せた笑みは実に印象的だった。

 という事は、うな丼とやらはゼリー寄せよりも美味い?

 (((((((・・・・・・神よ!!!)))))))

 不味い魚の代表の一つである鰻に対する不安はある。

 だが、うな丼を作ったのは紗雪なのだ。

 例え不味くても最後まで食べるのが、彼女に対する礼儀であり誠意であろう。

 そう思ったアルバート達は、恐る恐る鰻の蒲焼きに口を付ける。






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