いつか優しく終わらせてあげるために。

イチイ アキラ

文字の大きさ
7 / 26

07

しおりを挟む


 ――合点がいった。

 何故、王がユリアンとエリーゼの結婚を許したのか。

 それは――脅されたからだ。

 この上たる帝国から。そのいまだ権力のある王弟から。

 この小さな国を、娘の箱庭にするために。




 ユリアンは、その父王のヨハンは、怒りに震えながら……どうしようもできずに、震えるしかできなかった。
「火種にはしたくないから、娘にはその身分を知らせるな、だと……」
 引き取る気もない。
 身分を明かす気もない。

 それは帝国の尊き血がこの国に入ることを、明らかにしないようにと。

 ようやく落ち着いた帝国の玉座に、また混乱を招かないために。
 王弟に身分低い隠し子がいるとなれば、王弟の他の子らにも厄介だ。
 王弟の正式な娘の一人は帝位を継ぐ王子――従兄弟に嫁ぐという。
 この小さな国の王妃と帝国の妃が姉妹では……この国にも、逆に大きすぎる後ろ盾だ。
 もう何年か後ならともかく、今のこの時代では……。

 しかしその代わりに、帝国からの融通は利かせるからと。
 なんて取引――脅し。


 そのために――ユリアンは、愛するガブリエーレと……。





 学園の卒業まであと少し。そんな頃にユリアンは絶望に落とされた。
 卒業したあとは、愛しい婚約者が成長するのを待って、結婚の準備をするはずが。
「……何故、ですか……な……ぜ……」
「ユリアン」
 仕方がないのだと、ヨハンも哀しんだ。ユリアンは愛する妻が残してくれた一粒種だ。そんな大事な子にこんな酷いことを。

 ――実際は、愛する妻に頼み込んで父親と寝てもらい、種を受けてもらった……弟だ。

 しかし自分は愛する妻との子だと、心底から思っていた。

 妻が気を病み、亡くなっても。

 自分には幼い頃の熱病で子種がない。
 弟妹もいたが、彼らもまたその病で亡くなった。もしも彼らも生きていてくれたらと、願わずにはいられなかった。もし生きていてくれたら、こんなことにはならなかった。
 自分は王になんてならなくても良かったし、愛しい妻と二人で静かに暮らせたのに。

 だが、自分は王だ。
 王になったからには。

 ……だから自分には子が、国には跡取りが必要だと――父を説得し、妻に頼み込んで。


 父が寿命を削るようにして妻を抱いてくれた。

 ――帝国から養子をもらうのは嫌だったからだ。

 その頃帝国は、帝位を争って戦火の真最中。養子などという飛び火は、またこの国を燃やしかねなかった。

 落ち着いた十数年後に、そうするべきだったと、彼はさまざまに後悔した。
 産後の肥立ちが悪く、しかしそれが回復しなかったのは、妻が望んだからだ――死を。
 彼女は生きる気力を失っていた。
 もしも生き長らえたとしたら、今度は誰の子種を植え付けられるのかと。

 その願いを叶えるしかなかった。

 もう誰も、彼女に触れさせたくなかった。

 愛していた。だから彼女の子が欲しかった――その独りよがり。

 ――後に、ガブリエーレが妻と同じ目をしていると気がついて。

 ――そして結局、帝国に国は奪われた。それを彼は、墓の下で何を思っただろう。

 ――妻と父を早死にさせたのに。

 仕方がない。
 仕方がないで済ますしかない。
 それを、大事な我が子に言わなくてはならなくなって。

「お前もエリーゼという娘と良い仲だと……」
「ただのクラスメイトです! 男爵家の娘が浮いて、クラスの不和にならぬよう、気にかけていただけです!」

 クラスメイトだから。
 高位成績クラスに男爵令嬢という身分では何かと大変だろうと、王子として常識内で気を遣っていただけだ。

 明るくて前向きな子だと、自分の友人たちも言っていた。彼らはエリーゼのことをそう褒めていた。
 彼らも彼女の身分を気にかけて。たまに身分を傘にした虐めから庇っているのは偉いなぁと、そう思っていた。

 自分は少し馴れ馴れしいなと思っていたが、自分がそう咎めれば――大事になってしまう。
 下級貴族とはこうしたものなのかと勉強にしつつ。
 時折、友人たちにも婚約者がいるのに近すぎるときちんと注意もしていたのに。

 ――それがまさか、牽制と思われていただなんて。エリーゼは自分のもの・・・・・、だと。

 卒業するまでの我慢だと思っていた。男爵令嬢など、学園だけの付き合いになるだろう――と。

 だから自分もエリーゼを中心になりがちなクラスに、仕方がなしに馴染んでいたつもりだった。

 ……つもり、だった。

 それが、まさか。
 自分がエリーゼを見初めたと思われていただなんて。
 そしてエリーゼも、自分を好きだなんて。

 それは勘違いで済ますことはできなかった。
 見初めただなんて、噂話はいつから流されていたのか。
 ガブリエーレの耳にも入っているという。
 幸いは、彼女はまだ学園に入学していないから、そんな不様な姿を見られなかったこと。
 最愛のガブリエーレに、そんな姿を……。

 そして、皆の勘違いを解けなかった。
 自分には最愛の婚約者がいると告げたのに。
 幼い頃決められた長い付き合いの――ずっと好きだった彼女との……。

「政略結婚だなんて、お可哀想に……」

 まさか、だ。
 お前とのことが政略だ。

 ――エリーゼには、恐ろしい後ろ盾があった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹なんだから助けて? お断りします

たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。

妹は病弱アピールで全てを奪い去っていく

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢マチルダには妹がいる。 妹のビヨネッタは幼い頃に病気で何度か生死の境を彷徨った事実がある。 そのために両親は過保護になりビヨネッタばかり可愛がった。 それは成長した今も変わらない。 今はもう健康なくせに病弱アピールで周囲を思い通り操るビヨネッタ。 その魔の手はマチルダに求婚したレオポルドにまで伸びていく。

こうして私は悪魔の誘惑に手を伸ばした

綴つづか
恋愛
何もかも病弱な妹に奪われる。両親の愛も、私がもらった宝物もーー婚約者ですらも。 伯爵家の嫡女であるルリアナは、婚約者の侯爵家次男ゼファーから婚約破棄を告げられる。病弱で天使のような妹のカリスタを抱き寄せながら、真実の愛を貫きたいというのだ。 ルリアナは、それを粛々と受け入れるほかなかった。 ゼファーとカリスタは、侯爵家より譲り受けた子爵領へと移り住み、幸せに暮らしていたらしいのだが。2年後、『病弱』な妹は、出産の際に命を落とす。 ……その訃報にルリアナはひっそりと笑みを溢した。 妹に奪われてきた姉が巻き込まれた企みのお話。 他サイトにも掲載しています。※ジャンルに悩んで恋愛にしていますが、主人公に恋愛要素はありません。

全部私が悪いのです

久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。 姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。 世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。 *全18話完結となっています。 *大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。 *後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。 *この作品は他誌にも掲載中です。

こんな婚約者は貴女にあげる

如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。 初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

侯爵家を守るのは・・・

透明
恋愛
姑に似ているという理由で母親に虐げられる侯爵令嬢クラリス。 母親似の妹エルシーは両親に愛されすべてを奪っていく。 最愛の人まで妹に奪われそうになるが助けてくれたのは・・・

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...