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その箱庭にも隙間はある――救いはある。
もしもエリーゼに子ができなかったら?
その時は――血統の存続のために側妃を娶ることを推奨される。
それは帝国こそが許している制度だ。
その逃げ道に気が付き、ユリアンは憔悴していた顔の中、瞳を輝かせた。
「白い結婚をすれば……」
「いや、それは駄目だ」
白い結婚は――性行をしないわけにはいかない。
「でも私は、あんな女を抱きたくない!」
それではエリーゼを怒らせ、その後ろ盾もまた怒らせる。
女として蔑ろにされるというのはどれほどの恨みを募らせるか。
――彼らは今まさにガブリエーレが燻らせているとは思いもしないで。
「暗がりにして、顔を見なくても良い。薬を使ってもいい……」
そう提案した。
――かつて妻と父に頼んだように。
そうしてユリアンは愛するひととではなく、帝国から押し付けられた娘と結婚しなければならなくなった。
帝国の王弟の娘と。
しかし、本人は。そして国王と王子以外は、その真の血筋を知らず。知らされず。
帝国からの指示で明かされることは許されず。
娘が見初められたことを喜んでいるなら、それを叶えてやりたい父親の――それは弱小国への脅しとなるのに。
王弟ヴォルフラムはエリーゼが王子であるユリアンに見初められたと喜んでいたのを、勘違いだと知らなかったのだと――後に、兄であり王であるディートリヒに明かされたのだが、後の祭り。
ユリアンはせめて愛するガブリエーレには打ち明けたかった。けれどもそれも許されず。
そうして、すれ違った。
世間は、身分低い娘を見初めた、それは真の愛――と。美談となった。
初夜は恙無く終られた。
小さな灯りすらなく。
見届け人たちも不便ながらも、無事に。
ある意味で無知ではあったが無垢でもあった娘は――それは王弟の配した守役がいたからもあろう――ユリアンが寝室を分けたことも、閨が月に一度であることも、それが当たり前なのだと受け入れていたのが、複雑にも彼女にも幸せであったろうか。
王妃の特別な寝室は、帝国からの秘密の援助もあり、とてつもなく豪奢にあつらわれたから。
彼女はそれがユリアンからの「愛」だと満足して。
箱入な彼女は王家の閨事は……夫婦の関係は、そういうものだと最期まで思っていたようだ。
王家からも――王家の周囲からも避妊薬を盛られていた彼女は……。
思えば彼女も気の毒に――と、ユリアンはたまに思わなくもない。
表は笑顔を貼り付けて、上にも下にも置かないよう、大事にして。それを愛と勘違いされ続けるようにして。
もしも帝国のごたごたがなければ王弟の娘として――いや、その母親の身分の低さから、どうなっていただろうか。
むしろこの国だからこそ、こうして……。
けれども、彼女が身の丈にあった相手に恋をしてくれたら良かったのに。
本当に、そればかりだ。
やがて、三年。
子ができないことを誰もがそわそわとしはじめて。
ユリアンが耐えた三年間――最愛のガブリエーレも自分を愛してくれていたからか、新たな婚約を結ばずにいてくれたことが嬉しかった。
父親がそれとなく、側妃となるよう、公爵家に働きかけてくれたと聞いて――父親からの愛にも感謝した。
父は王ではあるが、息子のことも大切にしてくださっているのだと。
エリーゼははじめは嫌がった。
自分以外の妃を。
しかもそれはユリアンの元の婚約者――自分より愛される存在が許せないから。
けれども子ができなければユリアンがいつまでも王位を継げない問題と、そうなるとエリーゼも王妃になれない問題を、丁寧に丁寧に、子供をあやすように説明した。
「私の妻は、産後の肥立ちが悪くてね……」
「ひだち……?」
「ああ、ユリアンを産んだことによって、ね……」
ヨハンが言葉少なく切なく語る。
その言葉の少なさが、さすがのエリーゼにも色々と考えさせらせた。
言葉が少ないのは、ヨハンがいまだ悔恨に囚われているからだ。
けれども愛する息子のために、ヨハンもエリーゼの説得に力をかした。
出産とは命かけ。
今さらながらに、そのことに。
エリーゼは、彼女も悩んだ末に、側妃を娶ることを許した。
本来、彼女などの許可がいるとは思いもしないで。彼女から「おじさん」へ出される手紙に何を書かれるかを、皆が、恐れているだけだ。
「正妃は、わたしなんだもの。ユリアン様に一番愛される……」
「そうだ。君が正妃だよ……」
実際、高位成績クラスであったのもうなずけるよう、エリーゼも書類仕事などは上手いほうだ。学力だけはたかく。
正妃としても珍しいほどに、育ちがあるからか下級貴族への対応も上手い。が、学力と同じく、その身分差をどうして学んでくれなかったのかと――その後ろが強すぎて、男爵家にても強く言われて躾けられぬお姫様扱いだったのを悔やむ。
やがてガブリエーレが城に上がった。
その閨が自分と同じように月に一度と聞いて、エリーゼはやっぱりそういうものなのだと納得もした。三日続けてなのは、仕事だから、と言われたから。
無知で無垢な、箱庭のお姫様は。孕みやすい時期があるのを存じ上げなかった。
自分の閨の日は、さらに念の為にそれを避けられていることも。
――思えば彼女も気の毒に……。
ガブリエーレも自分に恭しく接してくる。ユリアンにも、まず正妃な自分を立ててから、一歩引いて接している。
何だ。ユリアンの昔の婚約者だって聞いて心配したけど、きちんとわきまえたひとじゃない。
やっぱり政略結婚な相手だから、こうしてお仕事として子供を産みにきたのね、と。
ガブリエーレの立ち回りもあり、それらは静かに時の針を進めていった。
やがて半年後。
ガブリエーレが身籠り――そして待望の王子が。
そのことにより自分が正妃として、新たな王妃となったと、彼女は嬉しそうに「おじさん」に手紙を出していた。
ガブリエーレが悪阻に苦しみ、難産で死にかけたと聞いて。
「何だ。やっぱりわたしは子ができなくても良かったわ。ヨアヒムもユリアンに似て可愛いし」
王妃の椅子に座りながら、彼女はそう言ったという。
「次は女の子なんてどうかしら? ガブリエーレさまも美人だし、女の子ならどっちに似ても可愛い子になりそうよね?」
次の子供を――予備を。
「またユリアン様と閨をしてもらいましょうよ。その間くらいはユリアン様を貸してあげるわ」
彼女は良かれと思って言ったのだ。
それが、ガブリエーレをどれほど怒らせるか知りもしないで。
哀れな――思えば彼女も気の毒に……。
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