「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ

文字の大きさ
6 / 37
「こりゃあきまへんわ。現実みよ」

04


「この世界、デザインは最の高よねぇ……作画設定画の先生、お見事です……」
 スピカは目の前の景色にうっとりとして――スケッチブックに猛然とペンを走らせていた。

 スピカの趣味。
 死因に、すらなったもの。

 それは「絵」だ。

 前世では。
 ひっそりと、イラスト描きとして活動していたのだ。
 といっても本業ではなく同人であったが。
 就職して初めての給料……では足りなくて、三ヶ月ほど貯めて買ったのが液タブでした。
 初めての給料では有名な、裸で馬に乗った女性がシンボルのチョコレートを買って、姉と食べたのです。姉には感謝の気持ちばかり。

 好き作品の推しを描く楽しい日々。
 漫画も少々描いていたが、どちらかというとイラストの方が主だった活動だっただろうか。
 SNSや投稿サイトでファンもついてきたところ。
 本当に楽しい日々だった。

 ――そして。

 あれも、夏のあの祭典に向けて徹夜で作品を仕上げていて――それが悪かった。死因の過労、本当に、それ。
 SNSでできた同好の士の友人にも「売り子」を頼んで有休を取ってもらっていたというのに。

「睡眠大事!」

 今でこそ、本当に、姉と職場に脳内でスライディングで土下座するほどに、思う。
 なので今世では、ほどほど。
 ほどほど、に。

 趣味を満喫していた。

 スピカが描いているのは、少し離れたところにいる、同級生のお嬢様たち――ではなく。
 その服、だ。
 参考にさせてもらいつつ、ざっかざっかと脳内に浮かぶデザインをスケッチブックに描き殴る。
 スケッチブックにはもちろん、野に咲く小花などもある、そうした地道なスケッチも大切だ。

 スピカは漫画やゲームの、特にファンタジーものや歴史物が好きだった。
 さらに付け加えるならドレスが。そのきらびやかな衣装が。

 今生もウェディングドレスが見たいがために、たまに教会に奉仕活動に行っているのは、家族には目的は内緒。信心深いのは良いと思われている誤解は解いてない。

 前世、もしも生活にゆとりがあったらデザイン方面に進みたかったが……さすがに就職した。姉は専門学校に行っても良いと言ってくれたが。
 けれども、趣味は趣味、そうして良かったのだと、就職しても思ったり。
 好きな作品の、キャラやその衣装を描くことのなんと楽しいことか。しがらみも何もなく、ただ好きなキャラだけを、描ける。
 そのキャラに自分がデザインしたオリジナル衣装を着せたりするのが楽しかった。同人ならそうしたことも許された。ファンアートととして。
 それもすべて本職のイラストレーターさんやデザイナーの方々への尊敬あればこそ。自分がなれなかった道をしっかと通られた方々のご苦労を理解し。
 本棚には衣装デザインや、世界各国の民族衣装の本が詰まっていたりした。始めは図書館で借りていたが、給料でまた少しずつ。
 デザインを仕事にしてしまったら、楽しむ前に苦しんだ――かもしれないのだから。

 ちなみにこのゲームも推しデザイナーさんがキャラデザをしていたからプレイした、程度なスピカであった。
 内容はテンプレで、スピカが高位貴族な方々と――だったけれども。
 だから内容はあまり覚えて……だから、現実見て良かったとも、改めて。

 プロローグからぶっちしているスピカだ。

 確かに出会いはあったが――あれはノーカンで良いだろう。
「王太子と連れションイベントではなかったのだし」
 いや、連れションて乙女ゲームでどうなんだろと、やはりここは現実と、改めてスピカは現状をしっかり見ることにもなった。


 引っ越しが多かったせいで中々友達が出来ず、漫画やアニメが時間つぶしになった始まりはあるが、それでもその世界が好きになったのだ。
「ヲタになったのは後悔はないんだなぁ」
 そのおかげで世界は広がったし、SNSのおかげで同好の士というつながりで友人もできた。

 そして今日も授業が終わった昼休み。
 お気に入りの木陰で持参したスケッチブックにひたすらデッサンを。
 スケッチブックは祖父母が買ってくれた。祖父母もスピカの趣味が絵であることは別に駄目とも言わない。普段の良い子の姿勢が功を奏すというべきか。
 この世界、紙は作られる技術がある世界で良かったとしみじみに。スケッチブック、そこまで高価でなくて良かった良かった。
 人間、趣味の一つくらいないと。
 スピカは女の子らしくちゃんと詩作や刺繍もしているし、むしろ刺繍の図案を自分で描いているのは良いと祖母からも褒められた。スケッチブックにはそうしたことも。
「ってもこの世界、展覧会とかしかないのよね……」

 液タブが欲しいと思うが。
 そしてSNSがない。
 描いてすぐ載せれる場所もなく。

「いやいや承認欲求、駄目よね」

 まぁ、見てくれる相手がいないのがさみしいのだ。

「同好の士が欲しい~……友達欲しい~……」

 と、スピカが悩む日が入学して数日。
 何故か今世でも同好の士が……できた。
 

「君、すごいね?」

 そう、話しかけられて。


 そしてスピカの日々は平穏……とは、ちょっと言い辛くなった。


あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?

にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。 「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。 否定はしない。 けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。 婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。 「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」 ──存じません。私はもう、ただの無職ですので。

婚約破棄? ありがとうございます。やっと本当の人生が始まります

たくわん
恋愛
婚約破棄された令嬢がすべきことといえば、泣くか、喚くか、復讐を誓うか——らしい。 リーナ・フォスター公爵令嬢がしたことは、荷造りだった。 「冷たくて人を愛せない」と王太子に切り捨てられた夜、リーナは一度も振り返らずに王城を出た。向かった先は辺境の荒れ地。目的は薬草の栽培と薬品事業の立ち上げ。前世の記憶から温めてきた、誰にも言えなかった計画の実行だ。 リーナはそこで不器用だが誠実な騎士ヴァルターと出会う。一方、残された王太子とその新しい婚約者は、少しずつ、静かに、取り返しのつかない方向へと歩んでいたーー。

第一王子様が最後に選んだのは、妹ではなく私だったようです

睡蓮
恋愛
姉であるオルシナと、妹のマリーシア。マリーシアは小さな時から周囲の人物を次々と味方につけ、オルシナの事を孤立させていった。マリーシアに対しては誰もがちやほやと接してくるのに、オルシナに対しては冷たい態度を取る者がほとんどで、それがこれから先も続くものと思われていた。そんな中、二人のもとに一通の手紙が届く。差出人はフォルグ第一王子であり、二人のうちのいずれかを婚約者として迎え入れるということが書かれていた…。

ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ

ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。 スピーナ子爵家の次女。 どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。 ウィオラはいつも『じゃない方』 認められない、 選ばれない… そんなウィオラは―― 中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。 よろしくお願いします。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。