「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ

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「あなたのために頑張ったんじゃあないです」

04

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「なんですねん、鏡見ろやて……糞野郎がッ!」

 キリキリキリキリキリ――……。

 美少女からしちゃいけない歯軋りの音が。そして罵倒が。
 怒髪天をついている人間を見たことがなかったリーシャは、まさしく箱入りの貴族令嬢であり。
 けれどもその怒りが自分のためであるとわかって。内心では胸が、熱くなっていた。
「リーシャ! 何でもっとはよ言わんかったんや!」
 本当に。
 自分でもそう思うし、後ろに控えたミリアムもしっかりとうなずいている。
 
「でも……私が地味なのは、確かだし……」

 スピカにしてみたら――元日本人にしてみたら。
 黒髪に黒目は当たり前すぎて。
 むしろ親しみが湧きまくり、その悩みにまったく気がついてやれていなかったことに――心の中で自分にハリセンを振り下ろしていた。

「リーシャ、そういうことは我慢したらあきまへん。まわりに相談しなくちゃ」

 スピカは、しっかりとリーシャの目を見て。その細い瞳の向こう。黒い瞳にかつての自分を思い出しながら。
 家族に心配かけたくなくて、我慢していた自分を。

「うん、私に相談してくれてありがとう」

 それでもリーシャは勇気を出して相談してくれた。打ち明けてくれた。
 そうするようにと提案してくれたミリアムにも、スピカはしっかりとうなずいた。頼りになる侍女のお姉さんもまた、スピカにうなずき返す。感謝を込めて。
 リーシャが親に相談し難い気持ちは、婚約者を親が気に入っているからだ。
 ならばこの親友になら愚痴を――相談をしやすいのでは。
 この伯爵令嬢のことは、同じく気に入られているのだから。
 お姉さんは小さく拳を握った。自分グッジョブ。
「ありがとう、リーシャ」
 愚痴を言ったのに、御礼を言われた。
 その細い瞳を、びっくりで丸く開けたリーシャは――ゆっくりと潤ませた。
 ポロポロと涙がこぼれる。

「打ち明けてくれて、ありがとうな……」

 抱き締められて、ぽんぽんと背中を優しくたたかれる。
「なんでこんなに手慣れてるのよぅ……」
 思わず不思議になるほど。スピカは自分と同い年で、下の弟妹もいなかったはず。
 なのに、なんでこんなに優しい。
 それは小さく自分もしてもらったからだと、スピカはかつての姉を思い出し……思わずもらい泣きをしていた。

 数分後。
 使用人に冷やしたタオルをもらい目を冷やすリーシャたちだった。

 スピカに優しく背中をたたかれるうちに。リーシャも不思議と落ち着いて。

「……涙と一緒に、なんか流れたみたい」
「それは良ござんした」

 親友と侍女にしっかりと頷かれた。

「まったくです」

 そこに同意の声が続く。
 騒ぎに、帰宅したセオドアに使用人が連絡してしまったのだ。
 主人とそのご友人がおいおいと泣いていたら、そら皆さんもおろおろとされるわけで。ちなみにミリアムさんももらい泣きをしてしまい冷やしタオル仲間。

 セオドアは帰宅したら使用人たちに「助けてー!」とばかりにスピカたちの部屋に連れてこられたのだ。

 セオドアはスピカの婚約者として、王都に新たに用意されたレトラン家で同居中だった。と、言ってもまだまだ色気以前の二人であるし、寝室もまったく別に。二人ともまだ学生でもあるのだから。
 しかも今日は留守であるがセオドアの母のクラリスも同居で。若い二人の責任者であり監督役である。そしてスピカの教師でもあり。
 侯爵家の御出身であり、その高位貴族の礼儀作法が完璧なクラリスはスピカだけでなく他にも生徒を持っている。今日はそちらの授業日でお出かけ中なのだ。
 これはレティシアを更生できなくて凹んでいた彼女を「外に出したほうがいいかも」とセオドアとスピカが提案したのもあり。世の中にはクラリスのような優秀な教師を求めるものはたくさんいる。レティシアは勿体ないことをしたと、教えてもらうスピカは度々思うのだった。

 スピカの父母はクラリスに娘をお願いして、レトラン領の管理のためにそちらに移った。父母は社交界にはもう戻れない。それが兄を管理できなかったマーロウ男爵家の罰でもあるのだから。
 例外は、数年後に迎えるスピカとセオドアの結婚式だろう――。

「それで……と、その前に――」
 何があったのか落ち着いたなら話を聞こうか。そうして二人を待っていたセオドアだったが、彼自身も待っていてもらっていた。

「スピカに紹介しようと思って連れて来ていたんですが……」
「……うん、日を改めるべきかな?」

 セオドアは友人を連れて帰宅していたのであった。
 なし崩しに巻き込まれたご友人さんも、律儀に二人と侍女が落ち着くのを待ってくれていたのだ。
 良い人の友人は良い人なんだなと、スピカとリーシャはこっそりと思った。
 ふと、その琥珀色の瞳に既視感を感じ……。

「ルイス・ハーコートです」

 そして聞いた名前に平伏した。
「ひらにひらにご容赦をー!」
 それはハーコート公爵家の三男さんであったからだ。
 琥珀色の瞳は彼女らも良く知る、王太子殿下の婚約者様――エステル様に。

「君たちのことは従兄妹のランディとエステルからもよく聞いているから」

 
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