幸福の庭

はつしお衣善

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天の使い

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 夏の暑い日ざしが大地を焦がす。遠くの空には高く立ち上る入道雲に、透き通るような青い空。草木はそよ風になびき、私たちの鼻腔に草いきれを運んでいた。日照りの夏は作物がうまく育たないと、カナは言うが、私はこの極彩色に彩られた世界が好きだ。
 ここは村が一望できる、小高い丘だ。私たちは洗濯を終え、この丘で舞踊の練習をしにきていた。
 クジラの調査は一時中断だ。足場の悪い体内はどうしても危険を伴う。あの大穴から胃袋へは、縄ばしごや階段を作って、安全面を確保しなければならない。奥へ続いていた通路は、そこが改善されるまでお預けである。ドームに関してもそうだ。いま一度、装備を見直して万全の態勢で調査しなければ、新たな発見は望めないだろう。
 そんなわけで、私たちは調査の仕事はお休みして、日々迫る日食祭に向けて本腰を入れることにした。
「さあさ。みんな、完成した衣装のお披露目だよ」
 各々が毎日、夜なべをして作り上げた衣装を取り出す。
「チェックはあとにして、ちょっと着替えてみようか」
 みんな草むらに隠れて着替え始めた。ひとりでは着られない衣装もあるので、そこはお互い手伝いながら着替える。
「お、サイズぴったりだ。マリアが測ってくれたおかげだね」
 一番に着替え終えたのはカナだ。カナの衣装は赤を基調としたもので、太陽の妖精をイメージしている。中性的な彼女がスカートを履くと、女の子らしさが際立って大変かわいいのだが、なんの意地か、最後までスカートをいやがっていた。説得するのに三日はかかっただろう。
「うん。似合ってるよ、カナ」
「そ、そんなことないって。私にはかわいすぎるよ、この衣装」
 手を振って否定するカナだった。……しかし、恥ずかしながらもちょっとうれしそうな彼女の様子を見ると、まんざらでもなさそうだ。
「ほら、エルフリーデ。恥ずかしがっていないで、行きましょう」
 次に出てきたのは、リディとエルフリーデである。
 リディのイメージは水の妖精だ。青を基調としたドレスは、ウエストの部分をしぼってあるので、彼女のきれいなスタイルが一際目立つ。左右非対称の裾のイレギュラーヘムスカートは、大人の女性の色香をかもし出していた。
 一方、リディの影に隠れるエルフリーデの衣装は、対称的に少女的なかわいらしさだ。大気の妖精をイメージした緑色の衣装は、レースとフリルがこしらえてある。胸の大きなリボンも彼女の雰囲気にぴったりだ。
「ふふ、本物の妖精さんみたい。かわいいよ、エルフリーデ」
「ほんと? えへへ、ありがとう」
 髪をくるくるいじりながら、リディの背後から出てくる。
 そして、最後は私の衣装だ。黒と白の折衷とも言える衣装は、いちおう夜空に浮かぶ月の妖精をイメージしたものだ。背中に三日月の刺繍をし、意匠を凝らしてみたものの白のアンダースカートを履いたり、アームウォーマーを作ってみたりと歯止めが利かなくなってしまった。結果、夏だというのに厚着になってしまい、ちょっと暑い。
「おー。みんなそろうと圧巻だね。がんばって作った甲斐があったなー」
 カナが満足気に漏らす。
「毎日やってて、手に豆ができそうだったもんね。でも、衣装作りってこんなに楽しいとは思わなかったなぁ」
 エルフリーデも達成感で満たされた顔つきになっている。
「みなさん、とてもお似合いです。これもマリアさんのご教授の賜物でしょう」
 リディが私を褒めてくれる。なんだか気恥ずかしかった。
「みんな、これで終わったつもりになってない? 本番はまだ先なんだから。それに踊りの練習もまだまだしなきゃね」
 浮ついた空気を引き締めた、というわけではない。私だって、衣装の完成はうれしい。心だって浮つくものだ。私たちはお互いの衣装をあれこれと褒め合い、くるりと回ったりして、しばしファッションショーを楽しんだ。
 それから昼食をとり、舞踊の練習に打ち込んだ。伝統の舞踊だが、せっかくこの四人でやるので、ちょっとアレンジすることにした。一人ひとりの見せ場を作ったり、ふたり組みや全員での振りつけを加えたりと、工夫を凝らす。
 みんなの息はぴったりで、どんどん練習したことを吸収していった。これなら本番は村の人たちの目を奪うような踊りができるだろう。
 練習で疲れたところで誰からともなく、私たちは丘のやわらかい草原の上に寝転がった。目の前に広がる一面の青い空に目を奪われる。優しい風が全身をくすぐる。寝そべったこの大地は、ユユのイメージだ。
「ユユも」
 私はぽろりと彼女の名前を口にした。
「ユユとも、日食祭に行きたかったな」
「何言ってんの。ユユは天に還ったんだから。そんなこと言うと、あの子怒るよ」
 カナがたしなめる。その通りだ。自分勝手なわがままさ加減に反省する。
「十四歳という若さで天に還られたのですから、ユユさんは幸せものですよ」
「ユユちゃん、よかったねって、喜ばないとね」
 リディとエルフリーデは屈託なく笑った。
 ユユは天へ還ったのだ。いまは肉体も解き放ち、お骨さんになるべくユユは中央広場の近くの地下に安置されている。
 きっとユユも幸せだったに違いない。残された私たちは彼女を祝福し、いつか天に還る時を待ち望んで祈ろう。
 それから私たちはしばらく沈黙していた。みんな、ユユのことを思い浮かべているのだろう。そよ風に頬を撫でられて、私はまぶたを閉じた。疲れているのか、睡魔が私を心地よく夢へいざなう。一休みしたら、もっと練習しないといけないんだけど、仕方ないな。このままお昼寝しよう。
 …………。
 …………。
 …………。
 ――遠くから喧騒が聞こえる。どこからだろう? 私はまぶたを開けた。身体を起こすと、みんなはすでに起き上がっていて、丘の向こうを眺めている。みんな無言で、どうやら呆然としているようだ。
「どうしたの?」
「……あれ」
 カナが指さすほうへ視線をやる。村の中央広場に村人が集まって騒いでいる。人々は上空を見上げ、ある人は両手を掲げ、またある人はひざまずいて拝んでいた。空中に目を移す。そこには大樹のようなものが浮遊していた。なんだろう、あれ。
「天使様?」
 エルフリーデがつぶやく。天使様? あれが……。
「嘘……信じられない」
 私は自分の目を疑った。しかし、それ以外考えられない。空を飛べるのは、鳥か天使様でもない限り、不可能なのだから。
「行きましょう」
 リディが硬直していた私たちに呼びかける。そうだ、呆然としている場合ではない。私たちは持ってきた道具を丘に残したまま、急いで村へ向かった。日食祭の準備なんていまはどうでもいい。後回しだ。
 丘から村までは近い。緩やかな下り坂を駆け下りる。ものの数分で、私たちは息を切らすこともなく村へついた。村の中央広場に足を踏み入れる。
 ――――赤い。
 中央広場には村中の人が集まっている。人口の少ない村だ、全員の顔ぐらいちゃんと憶えているから間違いない。お父さんも、お母さんも、大人の人たちはみんな仕事中だっただろうが、それを放り出してでも天使様に導いてほしいのだ。
 村の人たちは口々に祈りの言葉を捧げている。
「天使様、どうか私たちに祝福を」
 空を見上げる。そこにはいままで見たことないぐらい立派な大樹が浮遊していた。枝や木の根を触手のように蠢かしている。
 ――――地面が、家が、人々が、赤く染まる。
 人の形をした上半身が大樹の幹から生えている。女性のお姿だ。あれが天使様のお顔だろうか。ちょっとぎこちない笑顔で、私たちを見下ろしてくれている。
「ああ、天使様、天使様。お導きください。どうか――」
 村人の祈りの言葉がいたるところから聞こえる。誰もが笑顔で、この奇蹟に喜んでいる。
 瞬間、大樹の根が目にもとまらぬ速さで伸びる。鋭い切っ先は、私の隣にいた窯業を営むおじさんの首を貫いた。
 ――――真っ赤な返り血が、私の頬を伝う。
 おじさんの首は、大樹の根の、ものすごい勢いによって引きちぎられ、地面に転がる。天使様が、おじさんを天へお導きしたのだ。本当に、本物の天使様だ。こんなこと、とても人間にできることではない。
「天使様!」
 私もいつの間にか叫んでいた。祈りは心のあり方。言葉は感情の発露。
「天使様、私を天へ還してください。私を、ユユの元へ」
 天使様は次々と触手を伸ばす。血があたりに飛び散り、そのたびに人々は祈りの言葉と、想いを強くした。誰もが上空を見上げ、祈りを捧げる。
 どうか、天使様。天へお還しください。こちらにもお導きを、私にも祝福を、あたしにも慈愛を、私にも幸福を。天使様、天使様、天使様。
 ああ、天使様――――。

   ◆

 その日は連絡係の人が訪れたにもかかわらず、アイちゃんへの手紙を渡せなかった。手紙を書く時間がなかったからだ。時間がなかったのは、残された村の人総出で、天へ還った亡骸を地下へ安置する作業をしていたからだ。作業は夜通し行われた。天へ還った人々はみな、安らかな顔をしていた。
 あーあ、アイちゃん、手紙が来なくて心配してるかな?
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