幻影たるノスタルジア ━ ━最底辺のはずの俺に、この世界は怯えていた

斎藤海月

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第0章 始まりか、終わりか、

1.とある少年の決意

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 目を覚ました先にあるのはいつもと変わらない真白な天井。

(変な夢だったな……。疲れてるのだろうか)

 そう思いながら少年、シオンはもう一度ベッドの中で目を瞑る。
 既に十分な睡眠をとっているためそれは寝るためでは無い。
 思い浮かべるのはつい先程まで見ていた夢の内容。魔法のない世界で生きた1人の少年のおよそ17年間の人生だ。
――『夢』と呼んだが、シオンは薄々と気づいていた。
 アレは夢ではなく実際にあった出来事であり、あの少年は間違いなくシオンであったということを。

(異世界憑依、とやらか?いや少し違うな。俺は俺。シオンのままだ。だとすれば、ただ前世の記憶を思い出した、というか見せられたのが正しいな。アレは確かに俺だが、出来事を見ただけで感覚や感情は分からなかった。何はともあれ、所謂、異世界転生というものらしい。まぁチート能力、だっけか?とやらは悲しいことに俺には無いらしいけどな)

 前世と思わしき夢で見た漫画、というものを思い出しながら思考を重ねる。
 なにか大事な違和感が頭をよぎるが、それに気づかない振りをして。

(アルカナの地、か……。あの黒月?とかいう女が連れていったあの場所は一体何だったんだろうか。……それにしてもあの屋敷、何処かで見覚えがあるような、なかったような?まぁ、気のせいだろうか)

 未だ眩い夕日に照らされた空が、瞬きをする間に天満星の夜空にすり変わっていた。
 あまりにも幻想的で、神秘的で、夢幻的なあの場所は、確かにシオンの来訪を歓迎し、歓喜し、祝福ていた。
 忘れられないほどのあの高揚感。恍惚としたあの浮き立つような熱狂。
 それらへの余韻を噛み締めた後、おもむろに何かを思い出したようにシオンは目を開いてベッドから立ち上がる。
 向かう先は真白の部屋に似合う真白の机。椅子に座って引き出しから紙を1枚とり、羽根ペンにインクをつけて書き走る。
 もうじき忘れてしまうであろうこれを自分の中で失くしてしまわないように。

 コンコンッ

 一定のリズムでノックが鳴り響く。
 シオンは壁にかかっていた時計をちらりと見た。朝食の時間にはまだ時間がある。

「何用だ?」

 扉の外側に聞こえるように芯の通った声で問いかける。

「ご当主様がお呼びですわ」

「父上が?わかった。今行く」

 バジル・ユースティア。
 それがシオンの父にて、ユースティア公爵家現当主の名だ。
 千年前にここ、フォルモーント王国が生まれた時から王族を支えてきた由緒正しき四大名家のうちの一角を担う一族の17代目である。
 シオンは彼に会ったことがあまりない。
 記憶に新しいのはおよそ7年前の10歳の誕生日の時だろう。
 それは単にバジルが多忙である、というだけでは無いのだ。
 まぁ何れにせよバジルは多忙であろうから、シオンもなるべく早く支度を済ませる。
 鏡に映る自分の黒い短髪は前世の夢と少し似ていた気がした。たがやはり顔立ちや雰囲気は違うようで同一人物とは言い難い。
 そして決定的な違いが瞳の色だ。
 前世のシオンは黒目だったが、今では輝くような金の瞳である。
 可能性は0に近いとわかってはいたが、異世界転移の可能性は確実に無くなった。
 そこまで考えたところで、シオンはようやく立ち上がって、扉を開ける。

「行くぞ、オレイアス」

「承知しました。坊ちゃん♡」

 その特徴的な裏声で、片目をウインクさせながら話す長い耳が特徴的な執事の名はオレイアスという。
 彼はシオンが物心ついた時からシオンに仕えている。
 だというのに一向に見た目が歳を取らないのは彼がエルフ族だからだろう。
 あの夢の中の世界とは違い、ここには人と同じ姿をしながら人間族では無い種族が数多存在しており、エルフ族は長命種に数えられる。五百年は軽く生きるのだとか。
 藍色の切りそろえられた髪に茜色の瞳の、それなりに美麗な見た目をしたその執事は一見するとシオンと同じかそれより少し年上の二十歳前後の見た目であるが、実際はそれ以上は生きているのだろう。
 そう。前世を思い出してわかったことだが、彼は他の人間よりも遥かに、美麗な、俗に言うイケメンの部類に入る見た目をしている。人に会う機会もあまり無かったから気にしたことは無かったのだが。
 だがやはり、それにしても中身が相当な乙女ならしく、残念なイケメンだなと嘆息せざるを得ない男だ。

「それにしても父上は何用だろうか」

 頭の中で思考を逸らそうとシオンがオレイアスにそう問いかける。
 シオンには屋敷ではなく、屋敷のすぐ側の、屋敷とは渡り廊下で繋がっている離れを与えられており、普段何をするにもバジルや、他の家族にも遭遇することは無い。バジルがシオンに何か用を伝える時は離れの客室までやってくるのが常だった。
 おそらくそれが目的でシオンを端に追いやっているだけあり、シオンも離れを自由に動ける時間は制限されており、屋敷に足を運ぶことは禁じられている。ましてや敷地内から出たことなど古い記憶を探ってもあるかないか怪しい程だろう。
 オレイアスはシオンの斜め前を歩きながら顎に手を当ててうーんと頭を傾ける。

「……確実とは言えませんが、婚約話では無いでしょうか?もう坊ちゃんも明日で17歳を迎えますし」

「……お前は俺のような魔力無しの『忌み子』を婿にしたがる家が本当に存在すると思っているのか?」

「ゴホン。まぁまぁ、そんなにご自分を卑下なさるのは、おやめ下さいな。それに、相手は貴族とは限りませんよ?」

 含みを持たせた様な言い分のオレイアスにシオンは、

「平民か?さすがの父上もユースティア公爵家当主として嫡男を平民の婿にするような真似はしないと思うが……。いや、つまりは爵位剥奪からの追放ということか……?」

 と何やらブツブツと自分の世界に入ってしまい、オレイアスは「しまった」と手を口に当てる。
 シオンが子供の頃から傍にいるオレイアスだからわかるのだが、1度こうなってしまえば長いのだ。
 ……シオンがこんな性格になってしまったのは、四大名家である公爵家の嫡男に産まれたのにも関わらず『忌み子』と呼ばれる存在であったことが深く関わっていることは説明するのだがそれを追及するのは今はやめておこう。

「今のはアタクシが悪かったですから、まぁたそんなにネガティブになるのはおやめ下さい……」

 自らの手を揉みながら俯きながら何かブツブツと呟くシオンのご機嫌を取ろうと立ち回ったところで、

「まぁ、それはおいといてだ」

 何も無かったのようにいきなりシオンが顔を上げたのでオレイアスは、それはそれは驚いた。
 いつもならば最低でも1時間はネガティブな思考から戻って来れないシオンがものの数十秒で帰ってきたため逆になにかの病気なのだろうかと慎重にシオンの出方を伺っているオレイアスを見ながら、シオンは少し思考を巡らせて再び口を開く。

「オレイアス。お前は俺がどうなろうと着いてきてくれるか?」

「……えぇ。アタクシは坊ちゃんの仰せのままに」

 何処か真剣な様子のシオンに応えようとオレイアスも執事らしく胸に手を当て慎重にそう答えを返すと、シオンはその答えに満足したように微笑んだ。

「俺は父上の命がどのようなものであれ、この家を出ようと思う」

「それは正気でございますか?」

 まるで今までのシオンからは考えられないようなその話を聞いてオレイアスは頭の中が白に染まるほどの衝撃を受けた。
 今までのシオンだったなら、そうだな。どんな扱いを受けようとも家から離れようとはしなかっただろう。
 そもそも、仮にも公爵家の嫡男として産まれ、家を出る機会すら与えられなかったシオンにとっては、家の外で生きるという選択が無かっただろうし、それを想像することも難しいことであった。

「あぁ」

「何があったかお伺いしても?」

 あまりにも覚悟があるような様子でシオンが頷くものだからオレイアスは主人に対して失礼だとは承知しておりながらも重ねて質問をする。

「魔法がなくても自由に生きてみたくなった、というか生きれることを証明したくなっただけだ」

「左様でございますか。アタクシはアタクシの可能な限り坊ちゃんのその選択を尊重しますわ」

「はっ。お前らしい無責任な答えだな」

 シオンが思わず声を上げて笑うのをオレイアスは酷く懐かしげに微笑を浮かべた。
 ……その時だった。彼らのすぐ隣にある渡り廊下から掃除用具を抱えた使用人の少女が飛び出してきたのは。
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