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第0章 始まりか、終わりか、
2.屋敷の禁忌
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「……っひぁ!」
使用人の制服を着た少女が掃除用具を手に持って、廊下を駆け抜けたその先――
黒の短髪に金の瞳、美しい貴族の装いに身を包んだ少年の姿が視界に飛び込み、少女は短く悲鳴を上げた。
「っ失礼します、坊ちゃん」
シオンの斜め前に立っていたオレイアスは即座に反応し、少女の視線を遮るようにシオンの腕を掴み、自身の背後へと引き寄せる。その手には、いつもよりわずかに強い力が込められていた。
そして、向き直ると鋭い視線で相手を睨みつける。
そこにいたのは、シオンと同じか、それよりもやや幼いと思われる少女。
「今日は予めシオン様がバジル様の元へいらっしゃると申し上げていたであろう?何故使用人風情がここにいる」
その声は、いつものどこか飄々とした裏声ではなかった。
シオンでさえ聞いたことのないほど低く、威圧感を帯びた声。
その声音に圧倒され、少女は言葉を失い、小刻みに震えてしまう。
やがて、少女が現れた廊下の奥から、バタバタと足音が近づいてきた。姿を現したのは、血相を変えた恰幅のいい中年の女性使用人。
荒い息を吐きながら、彼女は勢いよく土下座せんばかりに頭を深く下げる。
「も、申し訳ありません。ご容赦ください。我々の伝達がちゃんと行き渡っていなかったようで」
「見苦しい言い訳は不要だ。かの四大名家の使用人ともあろう者がこのような失態を犯すとは……恥を知れ」
オレイアスの放つ圧は、背後のシオンにも感じられるほどだった。
そっと顔を覗かせると、かばいに来た女性使用人までもが深く頭を下げ、震えているのが見えた。
「オレイアス。もういい、止まれ」
「ッですが坊ちゃん」
シオンが一歩前に出て、使用人たちの前に立った。
オレイアスは思わず動揺を見せる。
「彼女達が怯えているのが見えないか?」
「それは……この場では関係のないことですわ」
「いや、関係ある。俺が不快だ」
「……っ、それは、申し訳ございませんでした」
「分かればいい」
オレイアスは可能な限りシオンの望みを果たそうとする。
それはシオンが物心ついた時からそうだった。
だからこのような、オレイアスがシオンの意志とは関係なしに動いた時、どう対処するかは熟知していた。
「お前達も気をつけろ。次はないと思え」
「は、はいっ」
「本当に申し訳ございませんでした。シオン様」
使用人達は口々にそう言い残し、やって来た廊下を早足でまた引き返す。
「行くぞオレイアス」
シオンは一言だけ告げて、歩き出す。
オレイアスも従いながら、その背に思うところがあった。
――実のところ、あの少女が犯した過ちは、重い。
当主であるバジルがこのことを知ったならば、彼女ら、または伝達ミスという名目で連帯責任として他にも数人の使用人が罰を受けることは間違いないだろう。
オレイアスを除いて、使用人達がシオンの姿を見ることは禁止されている。
それは『忌み子』として生まれたという事実を葬り去るため、そして――
ある重大な秘密を隠すためでもあった。
「……あれで、よろしかったのですか?ご当主様に申し上げたら、彼らは死罪にでもなっていたでしょうに」
「それを俺が望まぬことなどお前ならとうにわかっているだろう?」
「冗談がすぎましたね。申し訳ございません」
使用人を罰する権限は雇い主にある。だが、流石に命を奪うことまではこの国において許されることでは無い。王宮に報告すれば、その雇い主はすぐに罰を受けることになるだろう。
……それにもかかわらず、知る者は今となっては少ないが、以前この屋敷で使用人が死罪になったことが実際にあった。
――そしてその死刑のきっかけが他の誰でもないシオンであったことを、オレイアスは知っている。
使用人の制服を着た少女が掃除用具を手に持って、廊下を駆け抜けたその先――
黒の短髪に金の瞳、美しい貴族の装いに身を包んだ少年の姿が視界に飛び込み、少女は短く悲鳴を上げた。
「っ失礼します、坊ちゃん」
シオンの斜め前に立っていたオレイアスは即座に反応し、少女の視線を遮るようにシオンの腕を掴み、自身の背後へと引き寄せる。その手には、いつもよりわずかに強い力が込められていた。
そして、向き直ると鋭い視線で相手を睨みつける。
そこにいたのは、シオンと同じか、それよりもやや幼いと思われる少女。
「今日は予めシオン様がバジル様の元へいらっしゃると申し上げていたであろう?何故使用人風情がここにいる」
その声は、いつものどこか飄々とした裏声ではなかった。
シオンでさえ聞いたことのないほど低く、威圧感を帯びた声。
その声音に圧倒され、少女は言葉を失い、小刻みに震えてしまう。
やがて、少女が現れた廊下の奥から、バタバタと足音が近づいてきた。姿を現したのは、血相を変えた恰幅のいい中年の女性使用人。
荒い息を吐きながら、彼女は勢いよく土下座せんばかりに頭を深く下げる。
「も、申し訳ありません。ご容赦ください。我々の伝達がちゃんと行き渡っていなかったようで」
「見苦しい言い訳は不要だ。かの四大名家の使用人ともあろう者がこのような失態を犯すとは……恥を知れ」
オレイアスの放つ圧は、背後のシオンにも感じられるほどだった。
そっと顔を覗かせると、かばいに来た女性使用人までもが深く頭を下げ、震えているのが見えた。
「オレイアス。もういい、止まれ」
「ッですが坊ちゃん」
シオンが一歩前に出て、使用人たちの前に立った。
オレイアスは思わず動揺を見せる。
「彼女達が怯えているのが見えないか?」
「それは……この場では関係のないことですわ」
「いや、関係ある。俺が不快だ」
「……っ、それは、申し訳ございませんでした」
「分かればいい」
オレイアスは可能な限りシオンの望みを果たそうとする。
それはシオンが物心ついた時からそうだった。
だからこのような、オレイアスがシオンの意志とは関係なしに動いた時、どう対処するかは熟知していた。
「お前達も気をつけろ。次はないと思え」
「は、はいっ」
「本当に申し訳ございませんでした。シオン様」
使用人達は口々にそう言い残し、やって来た廊下を早足でまた引き返す。
「行くぞオレイアス」
シオンは一言だけ告げて、歩き出す。
オレイアスも従いながら、その背に思うところがあった。
――実のところ、あの少女が犯した過ちは、重い。
当主であるバジルがこのことを知ったならば、彼女ら、または伝達ミスという名目で連帯責任として他にも数人の使用人が罰を受けることは間違いないだろう。
オレイアスを除いて、使用人達がシオンの姿を見ることは禁止されている。
それは『忌み子』として生まれたという事実を葬り去るため、そして――
ある重大な秘密を隠すためでもあった。
「……あれで、よろしかったのですか?ご当主様に申し上げたら、彼らは死罪にでもなっていたでしょうに」
「それを俺が望まぬことなどお前ならとうにわかっているだろう?」
「冗談がすぎましたね。申し訳ございません」
使用人を罰する権限は雇い主にある。だが、流石に命を奪うことまではこの国において許されることでは無い。王宮に報告すれば、その雇い主はすぐに罰を受けることになるだろう。
……それにもかかわらず、知る者は今となっては少ないが、以前この屋敷で使用人が死罪になったことが実際にあった。
――そしてその死刑のきっかけが他の誰でもないシオンであったことを、オレイアスは知っている。
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