幻想猛獣物語

Alan046Core

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第一章 知らない世界

第三話「ケモノと妖怪」

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月明かりを背に、ケモノは森を歩いていた。
見知らぬ匂いが風に混じっている。
人間でも、獣でもない。だが確かに“生き物”の匂いだった。

鼻を鳴らしながら、四足で駆ける。木々を抜けた先に――視界が一気に開けた。

そこは、一面の向日葵畑だった。
夜の光を浴びた向日葵たちはまるで金色の海のように広がり、その中で二つの小さな影が舞っていた。

「きゃははっ! もっと冷たくして!」
「チルノちゃん、そんなことしたら花が凍っちゃうよ!」

氷の粒を飛ばしながら笑う少女と、その傍で心配そうに見守る少女。
ケモノは骨のお面の奥で目を細めた。
――人間ではない。けれど、獣とも違う。
彼の知らない“生き物”だった。

「……ウゥ……」

低く唸りながら、ケモノは向日葵畑の中に身を隠した。
興味と警戒。
枝葉を踏む音を消し、仔獣のように背を低くして、二人の後を追う。
氷の妖精――チルノと、その友達である大妖精。
二人は無邪気に遊び回り、ケモノの存在にはまったく気付いていなかった。

だが――

「……あら?」

柔らかな声が、夜気を震わせた。
次の瞬間、背中に冷たい影が落ちる。
ケモノが振り返る間もなく、その身体は鷲掴みにされ、ひょいと持ち上げられた。

「…………ッ!?」

まるで猫を掴み上げるような仕草だった。
だが持ち上げた相手の力は、獣の本能が即座に警鐘を鳴らすほど、圧倒的だった。

「こんなところに……妙な子が紛れ込んでるじゃない」

紅の瞳が、じっとケモノを射抜いていた。
夜の向日葵畑に溶け込むような存在――フラワーマスター、風見幽香。

「……ガ、ガルルルッ……!」

ケモノは反射的に威嚇の声を上げた。
爪を立てようとする。
だが、掴まれたその瞬間から、全身の力が抜けてしまったかのように動けなかった。

猫が首を掴まれた時のように、身体がピンと硬直してしまっている。
骨のお面の奥で、月光に光る左目だけが必死に揺れていた。

「ふふ……おとなしいじゃない」
幽香はまるで珍しい花を手にしたかのように、口元を綻ばせる。
「人間でもない、獣でもない……あなた、いったい何かしら?」

「……ウ゛……ウ゛……」
ケモノは声にならない声を漏らし、必死に足をばたつかせる。
だが、幽香の細腕はびくともしなかった。

その様子を見て、向日葵畑の中で遊んでいたチルノが目を丸くする。
「な、なにあれ! 獣? 人間? 変なの捕まえてるー!」
大妖精も息を呑み、小さな声で呟いた。
「……あの人……フラワーマスター……」

――ケモノにとって初めての“妖怪”との邂逅。
それは恐怖と共に、彼の運命を大きく揺り動かす始まりだった。
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