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第一章 知らない世界
第五話「ケモノの教え」
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幽香の屋敷は、花々の香りに包まれた静かな空間だった。
ケモノはその中で、まるで大きな猫になったかのように、大人しく座り込んでいた。
普段なら森を駆け、牙を剥き、獣としての威容を見せる彼だが――ここは違う。
「ここは強者の檻だ」
本能がそう告げていた。
だから、ケモノは牙を隠し、爪を立てず、ただ静かに息を潜めていた。
幽香はそんな彼の前に、ふと机を用意すると、小さな皿を置いた。
皿の上には色とりどりの焼き菓子。
砂糖の甘い香りがふわりと漂い、ケモノの鼻先をくすぐった。
「ほら、お菓子よ。食べてごらんなさい」
ケモノは皿をじっと見つめ、首をかしげる。
「……?」
菓子というものを知らない。
森で食べるものといえば、獣の肉、木の実、果実、水。
それ以外は、彼の世界には存在しなかった。
恐る恐る指先でツン、と突いてみる。
カサリと崩れるような音。
次に、鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。
甘い、しかし知らない香り。
やがて彼はおもむろに一口――かじった。
「……!」
瞳がわずかに見開かれる。
口いっぱいに広がる柔らかな甘みと香ばしさ。
ケモノはそれを飲み込むと、すぐに残りを手でわしづかみにした。
ボロボロ、ガサガサ。
菓子は粉々になり、皿の上に散らばる。
それでも彼は構わず、獣のように掻き込んで食べた。
皿の端を舌で舐め、落ちた欠片さえも逃さない。
幽香は頬に手を当て、そんな彼をじっと見ていた。
「ふふ……ほんとうに、野生の獣ね」
その声に、ケモノは少し耳を動かしながら、まだお菓子の余韻を楽しむように口をもぐもぐさせていた。
――一方その頃。
霊夢と魔理沙は、依然として痕跡を追っていた。
森を抜け、川を渡り、やがて広大な太陽の畑へと足を踏み入れる。
「うわぁ……やっぱりデカいな、ここ」
魔理沙が目を細め、太陽に照らされる向日葵を見上げる。
「懐かしいわね……でも、嫌な予感しかしない」
霊夢は扇子で額の汗を拭いながら、辺りを警戒する。
畑の中で遊んでいたのは、小さな氷精チルノと、その友達である大妖精だった。
二人は霊夢たちに気づくと、きゃっきゃと駆け寄ってきた。
「ねえねえ! 昨日ね、大きな獣がいたの! 夜にね、幽香に捕まっちゃったんだよ!」
チルノが元気いっぱいに話す。
「本当にね、すっごく大きな人みたいな獣で……でも、幽香さんにひょいって持ち上げられて……」
大妖精が心配そうに付け加える。
霊夢と魔理沙は顔を見合わせる。
「やっぱり、そういうことか」
「フラワーマスターのところか……めんどくせぇなぁ」
二人はため息をつきながら、花畑の奥へ進む決意を固めた。
――場面は戻り。
ケモノは食べ終え、まだ名残惜しそうに指先を舐めていた。
その前に幽香は新たに紅茶を差し出す。
薔薇の香りが立ちのぼる琥珀色の液体。
だがケモノは、どうすればいいのかわからなかった。
小さなカップを持ち上げることもなく、ただ鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
次に――まるで水を飲む獣のように、ぺろぺろと舌を使って紅茶を啜りはじめた。
ぺちゃ、ぺちゃ……。
カップの縁に舌を這わせるその姿は、野生そのもの。
幽香はその様子を眺め、ふっと笑った。
「あなた、本当に何も知らないのね」
そして、そっとケモノの頭に手を伸ばし、やさしく撫でる。
ケモノは一瞬びくりと身を固くするが、その温もりに抗わず、ただ目を細めてじっとしていた。
幽香は微笑みながら、静かに言った。
「――アナタに物の使い方を教えないとね」
花畑の屋敷に、風と甘い香りとともに、その声が響いていた。
ケモノはその中で、まるで大きな猫になったかのように、大人しく座り込んでいた。
普段なら森を駆け、牙を剥き、獣としての威容を見せる彼だが――ここは違う。
「ここは強者の檻だ」
本能がそう告げていた。
だから、ケモノは牙を隠し、爪を立てず、ただ静かに息を潜めていた。
幽香はそんな彼の前に、ふと机を用意すると、小さな皿を置いた。
皿の上には色とりどりの焼き菓子。
砂糖の甘い香りがふわりと漂い、ケモノの鼻先をくすぐった。
「ほら、お菓子よ。食べてごらんなさい」
ケモノは皿をじっと見つめ、首をかしげる。
「……?」
菓子というものを知らない。
森で食べるものといえば、獣の肉、木の実、果実、水。
それ以外は、彼の世界には存在しなかった。
恐る恐る指先でツン、と突いてみる。
カサリと崩れるような音。
次に、鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。
甘い、しかし知らない香り。
やがて彼はおもむろに一口――かじった。
「……!」
瞳がわずかに見開かれる。
口いっぱいに広がる柔らかな甘みと香ばしさ。
ケモノはそれを飲み込むと、すぐに残りを手でわしづかみにした。
ボロボロ、ガサガサ。
菓子は粉々になり、皿の上に散らばる。
それでも彼は構わず、獣のように掻き込んで食べた。
皿の端を舌で舐め、落ちた欠片さえも逃さない。
幽香は頬に手を当て、そんな彼をじっと見ていた。
「ふふ……ほんとうに、野生の獣ね」
その声に、ケモノは少し耳を動かしながら、まだお菓子の余韻を楽しむように口をもぐもぐさせていた。
――一方その頃。
霊夢と魔理沙は、依然として痕跡を追っていた。
森を抜け、川を渡り、やがて広大な太陽の畑へと足を踏み入れる。
「うわぁ……やっぱりデカいな、ここ」
魔理沙が目を細め、太陽に照らされる向日葵を見上げる。
「懐かしいわね……でも、嫌な予感しかしない」
霊夢は扇子で額の汗を拭いながら、辺りを警戒する。
畑の中で遊んでいたのは、小さな氷精チルノと、その友達である大妖精だった。
二人は霊夢たちに気づくと、きゃっきゃと駆け寄ってきた。
「ねえねえ! 昨日ね、大きな獣がいたの! 夜にね、幽香に捕まっちゃったんだよ!」
チルノが元気いっぱいに話す。
「本当にね、すっごく大きな人みたいな獣で……でも、幽香さんにひょいって持ち上げられて……」
大妖精が心配そうに付け加える。
霊夢と魔理沙は顔を見合わせる。
「やっぱり、そういうことか」
「フラワーマスターのところか……めんどくせぇなぁ」
二人はため息をつきながら、花畑の奥へ進む決意を固めた。
――場面は戻り。
ケモノは食べ終え、まだ名残惜しそうに指先を舐めていた。
その前に幽香は新たに紅茶を差し出す。
薔薇の香りが立ちのぼる琥珀色の液体。
だがケモノは、どうすればいいのかわからなかった。
小さなカップを持ち上げることもなく、ただ鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
次に――まるで水を飲む獣のように、ぺろぺろと舌を使って紅茶を啜りはじめた。
ぺちゃ、ぺちゃ……。
カップの縁に舌を這わせるその姿は、野生そのもの。
幽香はその様子を眺め、ふっと笑った。
「あなた、本当に何も知らないのね」
そして、そっとケモノの頭に手を伸ばし、やさしく撫でる。
ケモノは一瞬びくりと身を固くするが、その温もりに抗わず、ただ目を細めてじっとしていた。
幽香は微笑みながら、静かに言った。
「――アナタに物の使い方を教えないとね」
花畑の屋敷に、風と甘い香りとともに、その声が響いていた。
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