また逢う日まで 単話短編まとめ

澪ナギ

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夢で逢えたら、あなたに笑顔で話をしよう

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「獏って自分の夢も操れたりすんの?」

 後輩の疑問に、そっちに顔を向けた。
 オッドアイのその子は、特段興味なさそうに。ゲームに目を落としながらあたしの回答を待ってるようだった。それはもう何度目かもわからないから、慣れてしまっていて。

「そんなことないわよぉ」

 あたしも自分の手元のマニキュアに目を落としながら答えた。


 あったかくて眠たくなるような春の陽気。
 ぽかぽかしてて、まぶたはいつも以上に重くなる。

 それでもやり遂げたいマニキュアの実験のために、この後輩にアドバイスを聞きたくてやって来た。いつも通りアポなしには呆れた顔されたけど、それももう慣れっこだから部屋に入れてもらって。
 向こうがゲームしてる横で、あたしはたまにアドバイスを聞きながらマニキュアの実験を進めていく。

 その合間に、会話も。


「なんで急にぃ?」
「んや、ほんとにふとした疑問」

 蓮はカチカチゲームを操作しながら、もっかい言った。

「夢を操れる獏って、自分の夢はどうなんだろうなぁって。操れたりすんのか疑問に思っただけ」

 それに、一度「ふうん」と返して。


 笑う。


「なに?」
「ん-ん」

 向こうも笑ったのが聞こえて、この笑いはあんたの疑問に対してじゃないという意味で首を横に振って。


「操れたらどんだけよかったか」


 そう、小さくこぼした。




 夢を操ることができる獏の家系は、別に万能じゃない。
 相手の意識に干渉して、相手の夢を操れるっていうだけ。それには当然魔術が必要なわけで。


 自分の意識になんて魔術は使えないから、獏は自分自身の夢を操れるわけじゃない。


 だから。


「……」


 夢は、きっと他の人と同じように。ただただ、そこで起きることを体験することになる。


「お、フィノア姉」
「……はぁい」

 今日も、大好きな親友が目の前に現れてしまった。

 あの頃のように笑ってあたしを呼ぶ春風に、少しだけぎこちなく笑みを返して。


「あのさー」
「んー?」

 始まる、他愛のない会話をよく聞けるように、隣へと腰を下ろした。


「そんでね」
「うん」
「この前陽真がさ、プレゼントくれて」
「よかったじゃなぁい」
「なんだったと思う?」
「春風の好きなものとかぁ?」
「並ばなきゃ買えないお菓子!」

 にっと笑う春風は、本当にこの場に生きているようで。


 あたしの笑う顔に、どうしたって悲しさが混ざるのがわかった。

 けれど気づかない春風は、話を続けていく。


 それがおいしくてね。
 そのあとこんなところに行ったんだ。

 フィノア姉も、今度一緒に行こうよ。


 あの頃、した会話だった。
 夢だから、ほんの少しだけ違う部分もあるけれど。


 陽真と付き合い始めた当時の頃の話。
 それを、楽しそうに話して、同じ場所に、あたしともまた行きたいって言ってくれて。
 そんなこの子を見て、思う。


 ―――あぁ。



 目が覚めたくないなぁ、って。



 夢って、結構早く目覚めたい、なんていうのもあるけれど。怖い夢だったならわかる。


 でもさ。


「ね、フィノア姉!」


 大好きな子に逢える夢だったら、目覚めたくなくない?


 このまま起きることなんてなければいいのに。

 このまま、この子と思い出話をして。
 たくさん笑って。


 あの頃のように、たくさんたくさん、いろんなところに行ければいいのに。


 それができないと知ってるから。


「フィノア姉?」
「なんでもなぁい」

 こんなに、涙があふれてくるよ。


「なんで泣いてんだよ」
「目にゴミが入っちゃってぇ」
「ここそんなに風強いか?」
「風が吹かなくてもたまに目にゴミなんて入るでしょぉ」
「まぁそうだけど」

 ゴミが入ったとは思えないほど涙は出てくる。けれど不思議そうな春風には、何度もゴミが入ったと主張して。

 それでも、目だけはまっすぐにあんたを見て。


「春風」
「んー?」
「だぁいすきよ」

 その言葉に、一度きょとんとしてから。


 また、大好きな顔で笑って。


「あたしも!」


 そう、抱きしめてくれる。


 ぬくもりなんてない。
 そう、これは夢だから。

 けれど今ではもうできない、あんたとのハグをかみしめるように、背に腕を回す。


 抱きしめられる。
 夢だから。


「……このままずっと一緒にいれたらいいのにねぇ」
「? あたしたちはずっと一緒だろ?」


 そうだねって返せたらよかったのにね。


 夢だから痛くならないはずなのに、どうしてか喉が痛い。
 ぽろぽろと流れてくる涙を見せないように、強く強く抱きしめて。


「フィノア姉」
「うん、ごめんね」
「フィノア――」
「春風、このまま」

 ずっと一緒にいたかったと、伝えようとしていたら。


「――ノア先輩」
「……?」
「フィノア先輩」

 ゆすられながら、名前を呼ばれる。

 けれどさっきまでと違って声は低くて、呼び方も違った。そっと、暗闇から抜け出すように目を開ければ。


「……あれぇ」
「……おはよ」

 あきれたような顔の、後輩。
 いつの間にか抱きしめてたクッションにもたれながら。

「……寝てたぁ?」
「そりゃもうぐっすりと」
「えぇ、ごめぇん」

 ぽかぽかしてたからつい。そう言うと、蓮は笑った。

 そうして、少しだけ困ったような顔をして。

「その割には悲しそうな夢みたいだったけど?」
「……」

 言われて、ちょっと微笑んでみる。
 それを肯定と受け取った蓮は、肩を竦めて立ち上がった。

「紅茶でいい?」
「あらぁ、やっさしぃ」
「知ってる」

 なんておどけて言う蓮に一度お礼を言ってから。ご子息じきじきに淹れてくれる紅茶を待ちつつ、自分の涙をぬぐってその背中に声をかけた。

「さっそく実証しちゃったかしらぁ」
「んー?」
「夢、操れないってさ」
「あぁ」

 ふわっといいにおいの紅茶をかいで、少しだけほっとして息を吐く。クッションをまた少しだけ強く抱きしめて。

「幸せで、悲しい夢なの」
「……」
「でもやっぱり幸せでね」


 起きたくなくなっちゃうよ。


 そう、こぼせば。


 かちゃり、目の前にあったかい紅茶が置かれた。それにお礼を言って、両手でカップを持って口をつける。
 ほどよくあったかくて甘い紅茶に、またほっと息を吐いてから。

「夢をさ、操れたら」
「うん」
「見なくできるのにねぇ」

 こんなに悲しくて、こんなに幸せな夢を。

 起きたくなくなるような、そんな、すべてを投げ捨ててあの日に留まっていたくなるような。前に進むことを諦めたくなる、そんな夢。


 それを、見なくできたのなら。


「こんなに苦しい気持ちなんてなかったのにねぇ」


 まるで恋してるときに言うみたいなセリフに、ちょっと笑って。
 また紅茶を飲む。

 その、甘さを堪能していたら。


「……夢でしか」
「ん?」


 小さくつぶやかれた言葉を、一度聞き返す。
 目の前のソファに座った後輩は、あたしと視線を合わせることはない。そうして、また。

 ぽつりとこぼしていく。

「夢でしか、逢えないヒトもいるよね」

 その言葉に、少しだけ目を見開いた。けれど言葉は発さぬまま、紅茶をまた一口飲んだ。

「夢でしか逢えないとか、夢でしか、向き合って話せないヒトとかさ」


 夢でなら名前を呼べるのに。

 そう呟かれた言葉に、あぁこの後輩も、そんなヒトがいたのかと納得して。続きを聞く。


「すごく悲しいし、悔しいこととか、いろんな想いが出るけどさ」
「……」
「カリナがね」
「華凜ちゃん?」
「うん。カリナも前に、泣きながら。幸せな夢を見たって話してて。その夢を、しばらく後に話してくれたことがあってさ」
「うん」
「逢えないヒトの夢を見たんだって」
「……」
「それで、カリナ言うんだよ」


 幸せそうに笑って。



「あのヒトが逢いに来てくれたんだって」


 その言葉に、止まった涙がまた、自然と流れてきた気がした。


「それ聞いてから、俺も。夢の中で聞いてみたんだよね」
「逢いに来たのってぇ?」
「うん。そしたら、頷いてくれる時もあれば、よくわかんない顔されるときもあって、いろいろだけど。気持ちが楽になったよ」

 だから、

「フィノア先輩も、逢いに来たって考えてみたら」


 隣にやってきて、その後輩は頭を優しくなでてくれる。
 それに、また涙はあふれてきてしまった。


 想うのは、もう夢の中でしか会話ができない、ただ見えるだけになってしまった大好きな親友。


 話しに来てくれてたの。あの日から、ときどき。

 そう考えたら。

 そう、考えることが、できたなら。


「……それなら、夢で逢ったらちゃんと笑顔で話せそうだわぁ」
「カリナにお礼言っときなよ」
「あんたにもねぇ」

 涙にぬれた顔で笑って言えば、肩を竦めて答えられた。それにはまた笑って、今度は言葉でお礼を言って。


「ま、寝るのは今度は自分の家にしてほしいけど」
「善処するわぁ」
「それしないやつじゃん」

 互いに笑って。

 止まった涙のあとを拭き。


「さぁ、続き! やるわよぉ!」


 次に逢えたら、自分の話もしようと心に決意して。
 途中になっていた実験に、また手を付けた。


『夢で逢えたら、あなたに笑顔で話をしよう』/フィノア

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