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やりすぎは禁物である
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ソファに寝転がりながら本を読む。
あぁ中々興味深いなこれはと、ページをめくろうとしたところで、いつものごとく横に気配を感じた。
「トリック バットー…」
ひとまず怪我のないよう、読みかけの本だけは頭の横に移動させて、
「トリートっ!」
飛び込んできた彼女を、受け止めた。
「随分ご機嫌じゃないか」
「はろうぃーん…」
「そうだな」
起き上がり、クリスティアを膝に乗せ直して、頭を撫でてやる。上機嫌そうに擦りよって来た彼女に、微笑んだ。
十月三十一日、世間で言うハロウィン。甘い菓子が大好きな恋人が乗ってこないなんてないわけで。
毎年、自分のできる範囲になるが彼女に菓子を用意している。
のだが。
「まずは菓子の前にお前の言葉の意味を聞こうか」
今年は断じて聞き逃してはならない言葉をこいつは言った気がする。
「…とりっくばっと、とりーと」
「何故菓子をやってもいたずらをされなければならん」
現代では「or」の部分を変えるのが流行っているらしいというのは聞いたが。
誰に教わったのか(どうせカリナあたりだろうが)、今年は「菓子をくれてもいたずらする」と言ってきやがった。
「かわいい彼女にいたずらされるのよくない…?」
「お前のいたずらは質が悪い」
恋人のスキンシップができない癖に指を噛んできたり首筋舐めてみたりと煽るようなことばかりするからだいぶ困る。
「言い直したら菓子をくれてやる」
「いたずらもしたい恋人の心をくんでくれてもいいんだよ…?」
「かわいいいたずらなら許してやらんこともないが?」
「かわいいじゃん…」
まぁ確かにかわいいんだがそうじゃない。
どうせ向こうも引く気はないだろうと、手早くクッションの後ろに隠しておいた菓子を取り出し、クリスティアの目の前に見せるように持って行った。
瞬間。
「!」
目の色が、変わる。
それも当然。
今年用意したのは、彼女が大層気に入っている店の、大好きなクッキー。
店は街の大通り、しかも人気の名店とあって常に混む。俺が行かない条件を全て満たしているそこは、クリスティアにとって褒美などの特別なときにだけ寄ってくれる貴重な場所で。
加えて本人が一番好きなクッキーの詰め合わせとなれば反応するのも当然だろう。
毎年いたずらを行使しようとする恋人への対策である。
「これ、好きだったよな」
「…」
「ハロウィン限定で取り寄せができたんだ。お前が食べるだろうと思って頼んでみたんだが」
伸ばして来た手をかわすように、菓子を持ち上げる。
「いたずらをしようとする悪い子にはあげられないな?」
「…いじわる…」
一種の正当防衛だろこれは。お前がそのままキスなりなんなりできるなら菓子もくれてやるしいたずらもさせてやるわ。さすがにそれを言うと気負ってしまうので、言葉はぐっと飲み込み、頭を撫でる。
「今言い直すならくれてやる」
「…」
「そのまま続けるのであればカリナかレグナにやるが?」
膝の上の少女は、見なくても眉間にしわが寄っているだろうと想像できる。
「でもっ…」
数秒後に振り返ったその眉間には、やはりしわを寄せていて。恨めしそうに睨んできた。
「わたしが言ったのは、トリックバットトリート…だからお菓子ももらっていたずらもする…」
「本来二つに一つの選択肢のはずなのに、両方とは都合が良すぎじゃないか」
「っ…」
「菓子がないからいたずらを許す、菓子があるからいたずらは免除。そういう条件だろ」
「…」
言い返しができなくなって口を噤む彼女に、微笑んで。
「二度は言わない」
目の前に菓子を持っていき、揺らす。
ぐっと少しだけ泣きそうな顔をして、菓子を見つめるクリスティア。
そんなにいたずらしたいのかお前は。
「クリス」
しかしこちらとしても譲るわけにはいかない。
促すように、顎の下を指で軽く叩いた。早く言え、というときの合図。
反射的に口を開いた彼女は、そのままもうしばらく葛藤を続けた後。
「…とりっく、おあ、とりーと…」
見事に折れてくれた。
「いい子だ」
「…!」
頭を撫でてやって、菓子を彼女の胸元に持って行く。
器の形にした両手に置いてやると、ぱぁっと雰囲気が明るくなった。
「…♪」
好きな菓子が手に入ったということでさっきのいたずらしたいという思いやできない悔しさはすっぽ抜けたんだろう、俺の元に飛び込んできたときと同じくらい上機嫌そうにがさがさと包みを解き、お目当てのクッキーを取り出して口に含む。
みるみる表情が満足そうになって、こちらも口角が上がった。
「うまいか」
「んっ」
よかったな、と口の端についたクッキーを取ってやる。
次々と嬉しそうに頬張って行く姿は幼い子供のようで、大変可愛らしい。一悶着はあったがチョイスは正解だったな。
「♪」
「……」
それを、髪を撫でながら見つめるときに。
なんとなく、あぁそういえばと思い至った。
「──なぁ」
「ん」
呼びかけて、こちらを向いた彼女の頬を撫でる。
「trick yet treat」
一度止まって。
俺の言葉に、彼女は租借を再開して首を傾げた。こっちの意味は知らないか。まぁお前が絶対的に選ばない言葉だろうしな。
毎年恒例のハロウィン。いらずらを阻止するという一悶着はあれど、菓子をやると彼女はいつも以上に喜んだ。
それが嬉しくて満足し、終わっていたが。
俺はハロウィンに言葉を掛けたことはなかったなと思い出したのである。
まぁ甘いものが苦手なので、渡されても困るし必然的に何もせずにいた。
けれど別に菓子なんて甘いものが全てじゃないし、彼女が変えたように、言葉を変えることも可能となった。
そう思い至って、あの言葉。
意味は──。
「菓子はいらないからいたずらさせろ、だそうだな」
ぱちぱちと瞬きをする少女に続ける。
「元々菓子自体そこまで口にしないからな。菓子の選択肢は自分から捨てるから、もう一つの方を叶えてくれないか?」
髪を掬って、首を傾げて問うてみた。
彼女は口の中のものを嚥下してから、口を開く。
「お菓子を求めない時点でハロウィンの参加資格はない…」
「そうきたか……」
さすがにその返答は予想外だ。
参加資格自体を奪われてしまっては何もできないので、結局。
「なら、trick or treatで」
「参加するの…?」
「たまにはな」
催促をするように、彼女に手を差し出した。
しばらく悩んで。
その手に持っていたクッキーを、俺の手に置く。
ちょっと待て。
「それは今俺がお前にやった奴だろ」
「手に持ってるのはこれしかなかった…」
「進んで食えない上にくれたものを返すのはルール違反だ」
「ルールとかあるの…」
お前参加権自体奪おうとしただろ。
「それ以外で何か」
クッキーは彼女の手に戻し再び手を差し出すと、クリスティアは袋を抱きしめ首を傾げて悩み始めた。
恐らく菓子で、尚且つ俺が口にできるものを考えているんだろう。
だがしかし、俺は知っている。
そんなものはうちにはないと。
クリスティアが好むのは甘い菓子である。
飴やクッキー、チョコレートなどなど。そっちに関しては冷蔵庫や菓子入れに常備しているが、煎餅などの米菓やスナック系はあまり好まないので、めったにうちには置かない。仮にうちにあるとしたら、レグナやカリナが持ってきたものが余った場合のみ(大半処理係は俺)。ただ、俺が菓子類をほとんど口にしないと知っているから余ることもほとんどなく、双子も個包装で食いきれるものを持ってくる。
というわけで、今現在家には俺が食せるような菓子は一切ないのである。
「…」
「クリスティア」
「んー…」
彼女も記憶探りが終わり気づいたのか、こちらを気の進まないと言ったような顔で見た。
「菓子はないと判断しても?」
「なくはないけど…」
どのみちその菓子が自分に回ることはわかったようで。
それを俺が無効だと判断すれば、結局のところいたずら一択になるのも予想ができたらしい。
「なら、いたずらだな?」
「なにするのー…」
諦めた彼女は、クッキーをテーブルに置いて、再び俺に向き直る。
問われてから、言ってみたものの内容は決めていなかったなと気づき、思考に落ちた。
彼女にできるいたずら。
まぁやろうと思えばなんでもできはするはず。いたずらに乗じて迫ってみてもいい。ハロウィンという”戯れ”と言い聞かせれば、多少は許されるだろう。
けれど女にとって大事である(らしい)キスなどを戯れに乗っかってやるのは少々頂けない。今日までにスキンシップができていたのであればそれなりのこともしていただろうが、互いにまだ未経験である。少しずつ恐怖心は抜けてきたとは言えど、まだ直接”そういうこと”をするのは難しい。いきなりがっついてスタート地点に戻されるのはごめんである。
となると個人的にそこは除外。
それで”いたずら”と言えるようなもので残るのは──、
「──」
「っ!」
触れた瞬間、彼女の体が跳ねた。
中々新鮮な反応に、自然と口角が上がる。
「なに…」
「いたずらには最適だろう?」
そう、言って。その方向を見やる。
ワンピースからさらけ出された膝。
現在、彼女の膝頭を撫でている。
くすぐるような、けれどほんの少しだけ、戯れだけじゃない意味を含めた、触り方で。
「っ、ふふっ…」
「くすぐったいか」
「、ったいけど、…っ」
「けど?」
「!」
耳元で囁いてやれば、更に体は跳ねた。
悪戯心が大きくなっていくのを感じる。指先だけを、膝裏を掠めるように撫でた。
「ねっ、待って」
「どうした」
「や、らしいっ!」
「くすぐってるだけだろ」
「そうだけ、どっ、っ」
俺の服の裾を強く掴んで見上げてきた目には、涙が溜まっていた。
ただそれは恐怖ではなく、羞恥であることがよくわかる。
頬をほんのり紅く染めて、困ったように眉根を下げて。膝を撫でたことに反応して体を跳ねさせて。
扇状的な姿に、自分の欲も沸き上がってくる。
彼女のいたずらが質が悪いと言っていた癖に、自分からきつい状況に持って行く俺は愚かだろうか。
けれど、
トラウマで普段なかなか触れることができない彼女に、それを思い出させることもなくここまで追い込んでいることに、言い得もしない充足感と、背筋にぞくぞくとした感覚が走る。
無意識に、舌なめずりをした。
「り、あす、さまっ」
「っ……」
もし、先へ進めたなら。
お前はこんな風になるんだろうか。今よりももっと、愛らしい姿を見せるのだろうか。
進みたい、すべてが欲しい。
まだ許されていない部分まで、全部──。
「っ…あ…」
ただ今はこれ以上は、と。
衝動が抑えきれなくなる前にそっと、膝から手を離した。直後、くったりと俺に身を預けてくるクリスティア。
それすら愛おしくて堪らない。
思いをぶつけるように抱きしめて、擦りよった。
背中に回された手に、強く叩かれる。
「っ…いじわる…!」
「言ったろ、いたずらだ」
「やらしかった!」
「普通にくすぐっただけだろう?」
それとも、と。
身を離して、未だ少し涙目の少女にいたずらっぽく笑う。
「そういう方向に勘違いでもしたか?」
「~~っ!」
ぶわっと顔を真っ赤にした彼女の新鮮な表情に、喉を鳴らした。
反応全てが愛おしい。再び抱きしめて、頭を撫でてやる。
「冗談だ。少しやりすぎたな。悪かった」
「…」
腕の中でむくれているんだろう。また後で違う菓子でもやるかと、なだめながら考えていたとき。
「悪い子…」
「ん? ──おっと」
ばっと体を離されて、思わず目を見開く。思った通りむくれてはいたが、先ほどの羞恥はもう見えず、拗ねたように俺を睨んでいた。
あぁしまったと思った頃には、もう遅い。
「いたずらする悪い子は…」
「クリス」
「今日一緒に寝てあげない!」
「待ってくれそれは俺が困る!」
「知らないっ!」
するりと腕の中から逃げていった彼女を引き留めようとした手は空を掴み。
書斎の方へと行ってしまったクリスティアの背を見届けて、
「……やりすぎた……」
行き場のなくなった手で、自分の顔を覆った。
『やりすぎは禁物である/2018ハロウィン・リアス』
あぁ中々興味深いなこれはと、ページをめくろうとしたところで、いつものごとく横に気配を感じた。
「トリック バットー…」
ひとまず怪我のないよう、読みかけの本だけは頭の横に移動させて、
「トリートっ!」
飛び込んできた彼女を、受け止めた。
「随分ご機嫌じゃないか」
「はろうぃーん…」
「そうだな」
起き上がり、クリスティアを膝に乗せ直して、頭を撫でてやる。上機嫌そうに擦りよって来た彼女に、微笑んだ。
十月三十一日、世間で言うハロウィン。甘い菓子が大好きな恋人が乗ってこないなんてないわけで。
毎年、自分のできる範囲になるが彼女に菓子を用意している。
のだが。
「まずは菓子の前にお前の言葉の意味を聞こうか」
今年は断じて聞き逃してはならない言葉をこいつは言った気がする。
「…とりっくばっと、とりーと」
「何故菓子をやってもいたずらをされなければならん」
現代では「or」の部分を変えるのが流行っているらしいというのは聞いたが。
誰に教わったのか(どうせカリナあたりだろうが)、今年は「菓子をくれてもいたずらする」と言ってきやがった。
「かわいい彼女にいたずらされるのよくない…?」
「お前のいたずらは質が悪い」
恋人のスキンシップができない癖に指を噛んできたり首筋舐めてみたりと煽るようなことばかりするからだいぶ困る。
「言い直したら菓子をくれてやる」
「いたずらもしたい恋人の心をくんでくれてもいいんだよ…?」
「かわいいいたずらなら許してやらんこともないが?」
「かわいいじゃん…」
まぁ確かにかわいいんだがそうじゃない。
どうせ向こうも引く気はないだろうと、手早くクッションの後ろに隠しておいた菓子を取り出し、クリスティアの目の前に見せるように持って行った。
瞬間。
「!」
目の色が、変わる。
それも当然。
今年用意したのは、彼女が大層気に入っている店の、大好きなクッキー。
店は街の大通り、しかも人気の名店とあって常に混む。俺が行かない条件を全て満たしているそこは、クリスティアにとって褒美などの特別なときにだけ寄ってくれる貴重な場所で。
加えて本人が一番好きなクッキーの詰め合わせとなれば反応するのも当然だろう。
毎年いたずらを行使しようとする恋人への対策である。
「これ、好きだったよな」
「…」
「ハロウィン限定で取り寄せができたんだ。お前が食べるだろうと思って頼んでみたんだが」
伸ばして来た手をかわすように、菓子を持ち上げる。
「いたずらをしようとする悪い子にはあげられないな?」
「…いじわる…」
一種の正当防衛だろこれは。お前がそのままキスなりなんなりできるなら菓子もくれてやるしいたずらもさせてやるわ。さすがにそれを言うと気負ってしまうので、言葉はぐっと飲み込み、頭を撫でる。
「今言い直すならくれてやる」
「…」
「そのまま続けるのであればカリナかレグナにやるが?」
膝の上の少女は、見なくても眉間にしわが寄っているだろうと想像できる。
「でもっ…」
数秒後に振り返ったその眉間には、やはりしわを寄せていて。恨めしそうに睨んできた。
「わたしが言ったのは、トリックバットトリート…だからお菓子ももらっていたずらもする…」
「本来二つに一つの選択肢のはずなのに、両方とは都合が良すぎじゃないか」
「っ…」
「菓子がないからいたずらを許す、菓子があるからいたずらは免除。そういう条件だろ」
「…」
言い返しができなくなって口を噤む彼女に、微笑んで。
「二度は言わない」
目の前に菓子を持っていき、揺らす。
ぐっと少しだけ泣きそうな顔をして、菓子を見つめるクリスティア。
そんなにいたずらしたいのかお前は。
「クリス」
しかしこちらとしても譲るわけにはいかない。
促すように、顎の下を指で軽く叩いた。早く言え、というときの合図。
反射的に口を開いた彼女は、そのままもうしばらく葛藤を続けた後。
「…とりっく、おあ、とりーと…」
見事に折れてくれた。
「いい子だ」
「…!」
頭を撫でてやって、菓子を彼女の胸元に持って行く。
器の形にした両手に置いてやると、ぱぁっと雰囲気が明るくなった。
「…♪」
好きな菓子が手に入ったということでさっきのいたずらしたいという思いやできない悔しさはすっぽ抜けたんだろう、俺の元に飛び込んできたときと同じくらい上機嫌そうにがさがさと包みを解き、お目当てのクッキーを取り出して口に含む。
みるみる表情が満足そうになって、こちらも口角が上がった。
「うまいか」
「んっ」
よかったな、と口の端についたクッキーを取ってやる。
次々と嬉しそうに頬張って行く姿は幼い子供のようで、大変可愛らしい。一悶着はあったがチョイスは正解だったな。
「♪」
「……」
それを、髪を撫でながら見つめるときに。
なんとなく、あぁそういえばと思い至った。
「──なぁ」
「ん」
呼びかけて、こちらを向いた彼女の頬を撫でる。
「trick yet treat」
一度止まって。
俺の言葉に、彼女は租借を再開して首を傾げた。こっちの意味は知らないか。まぁお前が絶対的に選ばない言葉だろうしな。
毎年恒例のハロウィン。いらずらを阻止するという一悶着はあれど、菓子をやると彼女はいつも以上に喜んだ。
それが嬉しくて満足し、終わっていたが。
俺はハロウィンに言葉を掛けたことはなかったなと思い出したのである。
まぁ甘いものが苦手なので、渡されても困るし必然的に何もせずにいた。
けれど別に菓子なんて甘いものが全てじゃないし、彼女が変えたように、言葉を変えることも可能となった。
そう思い至って、あの言葉。
意味は──。
「菓子はいらないからいたずらさせろ、だそうだな」
ぱちぱちと瞬きをする少女に続ける。
「元々菓子自体そこまで口にしないからな。菓子の選択肢は自分から捨てるから、もう一つの方を叶えてくれないか?」
髪を掬って、首を傾げて問うてみた。
彼女は口の中のものを嚥下してから、口を開く。
「お菓子を求めない時点でハロウィンの参加資格はない…」
「そうきたか……」
さすがにその返答は予想外だ。
参加資格自体を奪われてしまっては何もできないので、結局。
「なら、trick or treatで」
「参加するの…?」
「たまにはな」
催促をするように、彼女に手を差し出した。
しばらく悩んで。
その手に持っていたクッキーを、俺の手に置く。
ちょっと待て。
「それは今俺がお前にやった奴だろ」
「手に持ってるのはこれしかなかった…」
「進んで食えない上にくれたものを返すのはルール違反だ」
「ルールとかあるの…」
お前参加権自体奪おうとしただろ。
「それ以外で何か」
クッキーは彼女の手に戻し再び手を差し出すと、クリスティアは袋を抱きしめ首を傾げて悩み始めた。
恐らく菓子で、尚且つ俺が口にできるものを考えているんだろう。
だがしかし、俺は知っている。
そんなものはうちにはないと。
クリスティアが好むのは甘い菓子である。
飴やクッキー、チョコレートなどなど。そっちに関しては冷蔵庫や菓子入れに常備しているが、煎餅などの米菓やスナック系はあまり好まないので、めったにうちには置かない。仮にうちにあるとしたら、レグナやカリナが持ってきたものが余った場合のみ(大半処理係は俺)。ただ、俺が菓子類をほとんど口にしないと知っているから余ることもほとんどなく、双子も個包装で食いきれるものを持ってくる。
というわけで、今現在家には俺が食せるような菓子は一切ないのである。
「…」
「クリスティア」
「んー…」
彼女も記憶探りが終わり気づいたのか、こちらを気の進まないと言ったような顔で見た。
「菓子はないと判断しても?」
「なくはないけど…」
どのみちその菓子が自分に回ることはわかったようで。
それを俺が無効だと判断すれば、結局のところいたずら一択になるのも予想ができたらしい。
「なら、いたずらだな?」
「なにするのー…」
諦めた彼女は、クッキーをテーブルに置いて、再び俺に向き直る。
問われてから、言ってみたものの内容は決めていなかったなと気づき、思考に落ちた。
彼女にできるいたずら。
まぁやろうと思えばなんでもできはするはず。いたずらに乗じて迫ってみてもいい。ハロウィンという”戯れ”と言い聞かせれば、多少は許されるだろう。
けれど女にとって大事である(らしい)キスなどを戯れに乗っかってやるのは少々頂けない。今日までにスキンシップができていたのであればそれなりのこともしていただろうが、互いにまだ未経験である。少しずつ恐怖心は抜けてきたとは言えど、まだ直接”そういうこと”をするのは難しい。いきなりがっついてスタート地点に戻されるのはごめんである。
となると個人的にそこは除外。
それで”いたずら”と言えるようなもので残るのは──、
「──」
「っ!」
触れた瞬間、彼女の体が跳ねた。
中々新鮮な反応に、自然と口角が上がる。
「なに…」
「いたずらには最適だろう?」
そう、言って。その方向を見やる。
ワンピースからさらけ出された膝。
現在、彼女の膝頭を撫でている。
くすぐるような、けれどほんの少しだけ、戯れだけじゃない意味を含めた、触り方で。
「っ、ふふっ…」
「くすぐったいか」
「、ったいけど、…っ」
「けど?」
「!」
耳元で囁いてやれば、更に体は跳ねた。
悪戯心が大きくなっていくのを感じる。指先だけを、膝裏を掠めるように撫でた。
「ねっ、待って」
「どうした」
「や、らしいっ!」
「くすぐってるだけだろ」
「そうだけ、どっ、っ」
俺の服の裾を強く掴んで見上げてきた目には、涙が溜まっていた。
ただそれは恐怖ではなく、羞恥であることがよくわかる。
頬をほんのり紅く染めて、困ったように眉根を下げて。膝を撫でたことに反応して体を跳ねさせて。
扇状的な姿に、自分の欲も沸き上がってくる。
彼女のいたずらが質が悪いと言っていた癖に、自分からきつい状況に持って行く俺は愚かだろうか。
けれど、
トラウマで普段なかなか触れることができない彼女に、それを思い出させることもなくここまで追い込んでいることに、言い得もしない充足感と、背筋にぞくぞくとした感覚が走る。
無意識に、舌なめずりをした。
「り、あす、さまっ」
「っ……」
もし、先へ進めたなら。
お前はこんな風になるんだろうか。今よりももっと、愛らしい姿を見せるのだろうか。
進みたい、すべてが欲しい。
まだ許されていない部分まで、全部──。
「っ…あ…」
ただ今はこれ以上は、と。
衝動が抑えきれなくなる前にそっと、膝から手を離した。直後、くったりと俺に身を預けてくるクリスティア。
それすら愛おしくて堪らない。
思いをぶつけるように抱きしめて、擦りよった。
背中に回された手に、強く叩かれる。
「っ…いじわる…!」
「言ったろ、いたずらだ」
「やらしかった!」
「普通にくすぐっただけだろう?」
それとも、と。
身を離して、未だ少し涙目の少女にいたずらっぽく笑う。
「そういう方向に勘違いでもしたか?」
「~~っ!」
ぶわっと顔を真っ赤にした彼女の新鮮な表情に、喉を鳴らした。
反応全てが愛おしい。再び抱きしめて、頭を撫でてやる。
「冗談だ。少しやりすぎたな。悪かった」
「…」
腕の中でむくれているんだろう。また後で違う菓子でもやるかと、なだめながら考えていたとき。
「悪い子…」
「ん? ──おっと」
ばっと体を離されて、思わず目を見開く。思った通りむくれてはいたが、先ほどの羞恥はもう見えず、拗ねたように俺を睨んでいた。
あぁしまったと思った頃には、もう遅い。
「いたずらする悪い子は…」
「クリス」
「今日一緒に寝てあげない!」
「待ってくれそれは俺が困る!」
「知らないっ!」
するりと腕の中から逃げていった彼女を引き留めようとした手は空を掴み。
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