林檎と令嬢 ~ 失意の令嬢を支えたのは優しい幼馴染でした ~

桃千あかり

文字の大きさ
2 / 12

02. 望まれた縁談

しおりを挟む
 セシリアはウィンクル伯爵の娘として誕生した。伯爵には三人の子供がいる。第一子の長女アルマ、第二子の長男リチャード、そして末っ子が次女セシリアである。

 勝ち気で機知にとんだ姉と、快活で行動的な兄。しかし、セシリアはというと、大人しい気質の物静かな少女だった。

「セシリアを、ボルカ卿の次男と婚約させようと思うんだ」

 そう言い出したのは父だ。

「まあ。いい縁談じゃないですか。ボルカ子爵ご夫妻なら、きっとセシリアを可愛がってくださいますよ」

 母は手放しで賛成した。ボルカ子爵は、学生時代からの父の友人だ。互いの領地もそれほど離れていない。遠方の貴族より、地元の人間にセシリアを嫁がせたいというのが、両親の強い希望だった。
 また、母もボルカ夫人と馬が合い、茶会に呼んだり呼ばれたりと懇意にしている。子爵夫妻とは気心の知れた関係で、結婚後、内気な末娘が舅や姑にいびられる危険は低かった。

「次男って言うと、ジェイムズの弟ですよね、父上。確か、サイラスって名前だ。セシリアより二つ年下だったかな」
「二、三歳くらいなら、妻が年上だって構わないだろ」
「そうですね。弟の方はあまり知らないけど、兄のジェイムズは良い奴ですよ。年上にも年下にも、男女問わず親切なんです。あいつの弟なら、きっとセシリアを大事にしてくれるんじゃないでしょうか」

 兄のリチャードも、笑顔を浮かべた。
 かつての伯爵とボルカ子爵のように、ウィンクル伯爵家の嫡子リチャードとボルカ子爵家の嫡子ジェイムズは、同じ学校で学んだ親しい友人である。
 弟サイラスについては名前を知っている程度だが、ジェイムズの弟なら間違いないと、太鼓判を押してくれた。

「でも、子爵家の次男でしょ? 結婚後のセシリアの暮らしはどうなるのよ。生活の保証は?」

 眉をひそめたのは姉のアルマだ。勝ち気で華やかなアルマは、セシリアと正反対の性格で、物怖じせず発言する。
 誰かと喧嘩になると、辛辣にやり込めるところはあるが、口下手な妹には攻撃的にならなかった。むしろ、セシリアが困っているとき、真っ先に気付いて庇ってくれるのが姉のアルマだ。

「ボルカ卿は子爵位の他に、男爵位も持っておられてね。その男爵位と領地を、結婚を機にサイラス君に譲るつもりでいる」
「へえ。それで、その領地は問題なく運営されているの?」
「ああ。土地が痩せているとか、そういった不都合は無いよ。結婚した後、セシリアが借財を背負わされるなんてことにはならないから、安心しなさい、アルマ」
「ふうん、ならいいけど。だけど、男爵家ねぇ……」

 たとえ貴族家の生まれだろうと、嫡男以外は平民になるのが普通だ。勉強して一代限りの法衣貴族になるか、親から爵位を譲ってもらうしか貴族の身分は維持できない。

「確かに家格は下がるが、ボルカ子爵家の分家になるわけだし、条件は悪くないんだぞ」
「そうよ。こんなにうちの希望に添う縁談は、今後あるかどうか分からないんだから。わたくしは賛成ですよ」
「姉さんは、文句ばっかりだな」
「当然でしょ。セシリアの未来がかかっているのだから、多少しつこく条件確認したっていいじゃないの」

 苦笑する両親、呆れる兄、唇を尖らせる姉。和やかな朝の光景だった。

 妹の将来が、男爵夫人というのが、姉は物足りない様子である。しかし、そこまで貧しくもない経済規模で、懇意にしているボルカ家ならいいかと、アルマも渋々納得した。

「どうだい、セシリア。この縁談を進めてみても大丈夫かな?」

 父に問われたセシリアは、眉尻を下げて俯いた。

 ボルカ夫妻なら知っているし、優しく接して貰っていた。また、ジェイムズも兄リチャードの友達として、何度か泊まりに来たことがある。ジェイムズは、物知りな話上手で、感じが良い少年だった。

 だが、サイラスには、会ったことがない。いくら家族が善良でも、その少年の人柄とは無関係ではないだろうか。慎重なセシリアは、会ったことのない相手を、あまり信用できなかった。
 けれど、父の信じきった笑顔を見てしまうと、自分の意見が言い出せず、曖昧に微笑んだ。

「わたし、縁談なんて……よくわからないわ」
「ははは、そうだな。まだ子供だもの、わからなくて当然だ」
「……わたしには、まだ婚約は、早すぎはしないかしら?」
「いやいや。本当に良い条件なんだよ。みんなも賛成みたいだし、このまま話をすすめるぞ」

 きっとサイラス君となら、仲の良い夫婦になれるよ────そんな明るい言葉をかけられる。父だけではなく、ウィンクル家の全員に共通する意見だった。

 返事が出来ないセシリアだけが、居心地悪く下を向いていた。



 セシリアとサイラスの縁談は、順調に進んでいった。たった数日で条件の調整が終わる。正式に婚約が結ばれたのは、セシリアが十二歳、サイラス十歳のときだった。

 この国の成人は男女ともに十六歳だ。サイラスが成人し、セシリアが十八歳になったら結婚する予定となる。

 最初の顔合わせは、聖レオーナの祭日にしようと提案された。両家の親密さの証拠だろう。
 どうせなら縁起のいい日に。良い思い出になるようロマンチックに。せっかくだから、結婚式も聖レオーナの祭日にしよう。そんな、本気交じりの冗談まで出たほどだ。

 将来の伴侶になる少年は、いったいどんな人だろうか?

 消せない不安を残しつつも、セシリアだって女の子だ、素敵な結婚に憧れていた。婚約が結ばれてしまうと、無垢な少女らしく、期待に胸を高鳴らせる。
 両親やボルカ子爵夫妻のように、円満な家庭をつくりたい。そんな夢を見ていたのである。

 そして、顔合わせの前日。

 こっそりしのばせた贈り物でポケットを膨らませたセシリアは、散歩してくると言って家を出た。農地ばかりの田舎だ。治安がよく、領地内での行動制限は緩い。

 気を付けるよう言い含められたセシリアは、親友に会うため、待ち合わせ場所へ向かった。明日の婚約者との顔合わせについて、相談しようと思っていた。

 けれど、正確な行き先と、親友に会うという目的について、誰にも話さず出かけたのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

世界観制約で罵倒しかできない悪役令嬢なのに、なぜか婚約者が溺愛してくる

杓子ねこ
恋愛
前世の記憶を取り戻した悪役令嬢ヴェスカは、王太子との婚約を回避し、学園でもおとなしくすごすつもりだった。 なのに聖女セノリィの入学とともに口からは罵倒の言葉しか出なくなり、周囲からは冷たい目で見られる――ただ一人を除いては。 なぜか婚約者に収まっている侯爵令息ロアン。 彼だけはヴェスカの言動にひるまない。むしろ溺愛してくる。本当になんで? 「ヴェスカ嬢、君は美しいな」 「ロアン様はお可哀想に。今さら気づくなんて、目がお悪いのね」 「そうかもしれない、本当の君はもっと輝いているのかも」 これは侯爵令息が一途に悪役令嬢を思い、ついでにざまあするお話。 悪役令嬢が意外と無自覚にシナリオ改変を起こしまくっていた話でもある。 ※小説家になろうで先行掲載中

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

公爵令嬢の異世界旅行記 ―婚約破棄されたので旅に出ます。何があっても呼び戻さないでください

ふわふわ
恋愛
大公爵家の令嬢――オルフェアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を言い渡される。 その瞬間、彼女の人生は静かな終わりではなく、新たな旅の始まりとなった。 “ここに留まってはいけない。” そう直感した彼女は、広大な領地でただ形式だけに触れてきた日常から抜け出し、外の世界へと足を踏み出す。 護衛の騎士と忠実なメイドを従え、覚悟も目的もないまま始まった旅は、やがて異世界の光景――青に染まる夜空、風に揺れる草原、川辺のささやき、森の静けさ――そのすべてを五感で刻む旅へと変わっていく。 王都で巻き起こる噂や騒動は、彼女には遠い世界の出来事に過ぎない。 『戻れ』という声を受け取らず、ただ彼女は歩き続ける。丘を越え、森を抜け、名もない村の空気に触れ、知らない人々の生活を垣間見ながら――。 彼女は知る。 世界は広く、日常は多層的であり、 旅は目的地ではなく、問いを生み、心を形づくるものなのだと。 � Reddit 領都へ一度戻った後も、再び世界へ歩を進める決意を固めた令嬢の心境の変化は、他者との関わり、内面の成長、そして自分だけの色で描かれる恋と日常の交錯として深く紡がれる。 戦いや陰謀ではなく、風と色と音と空気を感じる旅の物語。 これは、異世界を巡りながら真実の自分を見つけていく、一人の令嬢の恋愛旅記である。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

夫婦の恋は結婚のあとに 〜二度目の初夜とクリスマスの贈り物〜

出 万璃玲
恋愛
「エーミル、今年はサンタさんに何をお願いするの?」 「あのね、僕、弟か妹が欲しい!」 四歳の息子の純真無垢な願いを聞いて、アマーリアは固まった。愛のない結婚をした夫と関係を持ったのは、初夜の一度きり。弟か妹が生まれる可能性は皆無。だが、彼女は息子を何よりも愛していた。 「愛するエーミルの願いを無下にするなんてできない」。そう決意したアマーリアは、サンタ……もとい、夫ヴィンフリートに直談判する。 仕事人間でほとんど家にいない無愛想な夫ヴィンフリート、はじめから結婚に期待のなかった妻アマーリア。 不器用な夫婦それぞれの想いの行方は、果たして……? ――政略結婚からすれ違い続けた夫婦の、静かな「恋のやり直し」。 しっとりとした大人の恋愛と、あたたかな家族愛の物語です。 (おまけSS含め、約10000字の短編です。他サイト掲載あり。表紙はcanvaを使用。)

処理中です...