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本編
E2 大夜会
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今日は王室主催の夜会がある。
正直、作り笑顔を張り付けて心にもない賛辞と嫌味の応酬をしている時間があるなら、職場である法務局にこもって一枚でも多く書類を処理したいものだ。
とはいえ、王室主催となればそうも行かないので、嫌々ながらも仕方なく出席した。
いや、発想を変えよう。ちょうど、提出されている報告書に不審な点がある貴族もみな参加しているのだ。
彼らの様子を見て不自然に金回りが良くなっていないか、おかしな動きをしていないか、それとなく観察して来ようではないか。
妻をエスコートしてファーストダンスを踊り終えると、次から次へといかにも遊び人風の男どもが彼女にダンスを申し込みに来た。
俺の了解を得ようともせず、次々と相手を変えて得意げに踊る妻に何を言っても無駄なこと。好きにさせておこうと壁際に向かうと、澄んだ夕陽色の瞳が出迎えてくれた。
「ディディ、またこんなところにいたのか。お前もたまには踊ればいいのに」
「ごめん、目立つのはどうにも苦手で」
ディディは法務局長を務める俺の心強い補佐官にして、学生時代からの大切な親友だ。
「全く、俺ばかり道化にしやがって」
「ふふ、お疲れ様。今日もとっても見事だったよ」
ディディがふわりと微笑んでこてんと小首をかしげると、夕陽をとかしこんだように艶やかな赤毛がさらりと揺れた。
俺だけに向けられる信頼の籠った笑顔に、ささくれだった心がほぐれていく。
シャンパンを受け取って、軽く乾杯すると学生時代の友人たちが一人また一人と寄って来た。
「どうだ?うまく尻尾を出してくれそうか?」
「あらかた準備は終わっている。後は粛々と進めるだけだ」
「それは頼もしいことだ。あてにしているぞ」
今ディディと進めている仕事が大詰めを迎えている。
もう少しで仕込みが終わるので、そこから大鉈を振るうことになるだろう。その時は友人たちみんなの力を借りる必要がある。
第二王子のマリウス殿下をはじめ、少年時代からの長い付き合いの友人たちは、たまに羽目を外して馬鹿な戯れにふけることはあるものの、ここぞという時は信頼できる有能な者ばかりだ。
気の置けない友人たちに囲まれて、お互いの仕事の話からいつの間にか最近評判の特産品に話が移り、天候の話から今年の作物の出来具合まで。今年は飛蝗の変異が起きているので、もしかすると蝗害が発生するかもしれない。
雑談に興じながらも目をつけていた貴族たちの様子をうかがって、ある程度の目星がついた頃、妻がホール中央からこちらに来た。どうやら踊り疲れたらしい。
我々に話しかけてくるかと思いきや、俺を一瞥するとフンっと鼻を鳴らしてそのまま男とバルコニーの方に出て行く。
あまりに傲慢で人を馬鹿にした態度に唖然とするほかない。
「疲れたので風にあたってきます」の一言くらい言って行けば良いのに。
……いや、もはやどうでもいいか。
結婚前も結婚後も、彼女の頭にあることは男をはべらせ傅かせ、チヤホヤともてはやされる事だけなのだろう。
政略結婚の相手と信頼関係を築き、穏やかな家庭を守ろうという気持ちは残念ながらないらしい。
「……いいのか?」
「別に構いませんよ。お互い割り切った政略結婚ですし」
気まずそうに訊いてくる友人に吐き棄てるように答えてしまう。
「……今のイプノティスモ家の次男だよね? あまり深入りするのはちょっと危ないような……」
ディディがおずおずと言い出した。イプノティスモ家と言えば、今ちょうど疑惑の真っただ中にある。
さすがに好き勝手させすぎたかと思い直したが、今から追いかけてもお楽しみ中だろう。お互いに気まずいだけなので、帰宅してから話をする事にしよう。
夜会は夜通し行われるが、明日も勤務のある俺たちは一晩中遊んでいるわけにもいかない。
一通り義理を通さねばならない人に挨拶を終えると、夜も更けぬうちに帰宅することにした。
王城内の官舎にも部屋があるので、そちらに帰っても良いのだが、今日くらいは屋敷で羽根を伸ばしたい。何しろここ二週間ほど休む間もなく書類とにらめっこしていたのだ。たまには身の回りの事を使用人たちに任せて、ゆっくり風呂にでも入りたいものだ。
妻にはそろそろ退出すると伝えたのだが、彼女は王宮に用意された当家の控室に宿泊すると言う。仕方がないので、夜通し夜会で遊ぶつもりの妻をそのまま会場に残し、後は侍女や侍従たちに任せる事にした。
俺たちは明日も朝早くから勤務があるのだ。義理は果たしたのだからもうこれで失礼させていただこう。
「ディディ、今日も泊って行くだろう?」
「でも夫人がいらっしゃらないのにお邪魔したらご迷惑でしょ?」
「どうせいたところで差配するのは家令と家政長だ、いない方が思い付きで邪魔をしないだけマシなはずだ」
「さすがに、そんなことはないと思うけど……」
「お前、官舎に帰ったらまた徹夜で仕事するつもりだろう? たまにはちゃんと休まんと……倒れられたらこちらが困る」
「それじゃ、お言葉に甘えるね」
遠慮するディディを一緒の馬車に半ば押し込ぬようにして帰る。
政務が立て込み自宅に仕事を持ち帰った時のために、ディディの部屋もタウンハウスに用意があるのだ。
個人の屋敷内に職務上の補佐官の私室を置くのは異例だが、「新婚なのに毎日王城の官舎に泊まり込む羽目になるよりはマシだろう?」と妻を納得させた。
ディディには今夜もそちらに泊まってもらうことにしよう。
正直、作り笑顔を張り付けて心にもない賛辞と嫌味の応酬をしている時間があるなら、職場である法務局にこもって一枚でも多く書類を処理したいものだ。
とはいえ、王室主催となればそうも行かないので、嫌々ながらも仕方なく出席した。
いや、発想を変えよう。ちょうど、提出されている報告書に不審な点がある貴族もみな参加しているのだ。
彼らの様子を見て不自然に金回りが良くなっていないか、おかしな動きをしていないか、それとなく観察して来ようではないか。
妻をエスコートしてファーストダンスを踊り終えると、次から次へといかにも遊び人風の男どもが彼女にダンスを申し込みに来た。
俺の了解を得ようともせず、次々と相手を変えて得意げに踊る妻に何を言っても無駄なこと。好きにさせておこうと壁際に向かうと、澄んだ夕陽色の瞳が出迎えてくれた。
「ディディ、またこんなところにいたのか。お前もたまには踊ればいいのに」
「ごめん、目立つのはどうにも苦手で」
ディディは法務局長を務める俺の心強い補佐官にして、学生時代からの大切な親友だ。
「全く、俺ばかり道化にしやがって」
「ふふ、お疲れ様。今日もとっても見事だったよ」
ディディがふわりと微笑んでこてんと小首をかしげると、夕陽をとかしこんだように艶やかな赤毛がさらりと揺れた。
俺だけに向けられる信頼の籠った笑顔に、ささくれだった心がほぐれていく。
シャンパンを受け取って、軽く乾杯すると学生時代の友人たちが一人また一人と寄って来た。
「どうだ?うまく尻尾を出してくれそうか?」
「あらかた準備は終わっている。後は粛々と進めるだけだ」
「それは頼もしいことだ。あてにしているぞ」
今ディディと進めている仕事が大詰めを迎えている。
もう少しで仕込みが終わるので、そこから大鉈を振るうことになるだろう。その時は友人たちみんなの力を借りる必要がある。
第二王子のマリウス殿下をはじめ、少年時代からの長い付き合いの友人たちは、たまに羽目を外して馬鹿な戯れにふけることはあるものの、ここぞという時は信頼できる有能な者ばかりだ。
気の置けない友人たちに囲まれて、お互いの仕事の話からいつの間にか最近評判の特産品に話が移り、天候の話から今年の作物の出来具合まで。今年は飛蝗の変異が起きているので、もしかすると蝗害が発生するかもしれない。
雑談に興じながらも目をつけていた貴族たちの様子をうかがって、ある程度の目星がついた頃、妻がホール中央からこちらに来た。どうやら踊り疲れたらしい。
我々に話しかけてくるかと思いきや、俺を一瞥するとフンっと鼻を鳴らしてそのまま男とバルコニーの方に出て行く。
あまりに傲慢で人を馬鹿にした態度に唖然とするほかない。
「疲れたので風にあたってきます」の一言くらい言って行けば良いのに。
……いや、もはやどうでもいいか。
結婚前も結婚後も、彼女の頭にあることは男をはべらせ傅かせ、チヤホヤともてはやされる事だけなのだろう。
政略結婚の相手と信頼関係を築き、穏やかな家庭を守ろうという気持ちは残念ながらないらしい。
「……いいのか?」
「別に構いませんよ。お互い割り切った政略結婚ですし」
気まずそうに訊いてくる友人に吐き棄てるように答えてしまう。
「……今のイプノティスモ家の次男だよね? あまり深入りするのはちょっと危ないような……」
ディディがおずおずと言い出した。イプノティスモ家と言えば、今ちょうど疑惑の真っただ中にある。
さすがに好き勝手させすぎたかと思い直したが、今から追いかけてもお楽しみ中だろう。お互いに気まずいだけなので、帰宅してから話をする事にしよう。
夜会は夜通し行われるが、明日も勤務のある俺たちは一晩中遊んでいるわけにもいかない。
一通り義理を通さねばならない人に挨拶を終えると、夜も更けぬうちに帰宅することにした。
王城内の官舎にも部屋があるので、そちらに帰っても良いのだが、今日くらいは屋敷で羽根を伸ばしたい。何しろここ二週間ほど休む間もなく書類とにらめっこしていたのだ。たまには身の回りの事を使用人たちに任せて、ゆっくり風呂にでも入りたいものだ。
妻にはそろそろ退出すると伝えたのだが、彼女は王宮に用意された当家の控室に宿泊すると言う。仕方がないので、夜通し夜会で遊ぶつもりの妻をそのまま会場に残し、後は侍女や侍従たちに任せる事にした。
俺たちは明日も朝早くから勤務があるのだ。義理は果たしたのだからもうこれで失礼させていただこう。
「ディディ、今日も泊って行くだろう?」
「でも夫人がいらっしゃらないのにお邪魔したらご迷惑でしょ?」
「どうせいたところで差配するのは家令と家政長だ、いない方が思い付きで邪魔をしないだけマシなはずだ」
「さすがに、そんなことはないと思うけど……」
「お前、官舎に帰ったらまた徹夜で仕事するつもりだろう? たまにはちゃんと休まんと……倒れられたらこちらが困る」
「それじゃ、お言葉に甘えるね」
遠慮するディディを一緒の馬車に半ば押し込ぬようにして帰る。
政務が立て込み自宅に仕事を持ち帰った時のために、ディディの部屋もタウンハウスに用意があるのだ。
個人の屋敷内に職務上の補佐官の私室を置くのは異例だが、「新婚なのに毎日王城の官舎に泊まり込む羽目になるよりはマシだろう?」と妻を納得させた。
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