お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
5 / 94
本編

E2 大夜会

しおりを挟む
 今日は王室主催の夜会がある。

 正直、作り笑顔を張り付けて心にもない賛辞と嫌味の応酬おうしゅうをしている時間があるなら、職場である法務局にこもって一枚でも多く書類を処理したいものだ。
 とはいえ、王室主催となればそうも行かないので、嫌々ながらも仕方なく出席した。

 いや、発想を変えよう。ちょうど、提出されている報告書に不審な点がある貴族もみな参加しているのだ。
 彼らの様子を見て不自然に金回りが良くなっていないか、おかしな動きをしていないか、それとなく観察して来ようではないか。


 妻をエスコートしてファーストダンスを踊り終えると、次から次へといかにも遊び人風の男どもが彼女にダンスを申し込みに来た。
 俺の了解を得ようともせず、次々と相手を変えて得意げに踊る妻に何を言っても無駄なこと。好きにさせておこうと壁際に向かうと、澄んだ夕陽色の瞳が出迎えてくれた。

「ディディ、またこんなところにいたのか。お前もたまには踊ればいいのに」


「ごめん、目立つのはどうにも苦手で」

 ディディは法務局長を務める俺の心強い補佐官にして、学生時代からの大切な親友だ。

「全く、俺ばかり道化にしやがって」


「ふふ、お疲れ様。今日もとっても見事だったよ」


 ディディがふわりと微笑んでこてんと小首をかしげると、夕陽をとかしこんだようにつややかな赤毛がさらりと揺れた。
 俺だけに向けられる信頼の籠った笑顔に、ささくれだった心がほぐれていく。

 シャンパンを受け取って、軽く乾杯すると学生時代の友人たちが一人また一人と寄って来た。


「どうだ?うまく尻尾を出してくれそうか?」


「あらかた準備は終わっている。後は粛々しゅくしゅくと進めるだけだ」


「それは頼もしいことだ。あてにしているぞ」


 今ディディと進めている仕事が大詰めを迎えている。

 もう少しで仕込みが終わるので、そこから大鉈おおなたを振るうことになるだろう。その時は友人たちみんなの力を借りる必要がある。

 第二王子のマリウス殿下をはじめ、少年時代からの長い付き合いの友人たちは、たまに羽目を外して馬鹿なたわむれにふけることはあるものの、ここぞという時は信頼できる有能な者ばかりだ。


 気の置けない友人たちに囲まれて、お互いの仕事の話からいつの間にか最近評判の特産品に話が移り、天候の話から今年の作物の出来具合まで。今年は飛蝗ひこうの変異が起きているので、もしかすると蝗害こうがいが発生するかもしれない。

 雑談に興じながらも目をつけていた貴族たちの様子をうかがって、ある程度の目星がついた頃、妻がホール中央からこちらに来た。どうやら踊り疲れたらしい。

 我々に話しかけてくるかと思いきや、俺を一瞥いちべつするとフンっと鼻を鳴らしてそのまま男とバルコニーの方に出て行く。
 あまりに傲慢ごうまんで人を馬鹿にした態度に唖然とするほかない。
 「疲れたので風にあたってきます」の一言くらい言って行けば良いのに。
 ……いや、もはやどうでもいいか。

 結婚前も結婚後も、彼女の頭にあることは男をはべらせかしずかせ、チヤホヤともてはやされる事だけなのだろう。
 政略結婚の相手と信頼関係を築き、穏やかな家庭を守ろうという気持ちは残念ながらないらしい。


「……いいのか?」


「別に構いませんよ。お互い割り切った政略結婚ですし」


 気まずそうに訊いてくる友人に吐き棄てるように答えてしまう。


「……今のイプノティスモ家の次男だよね? あまり深入りするのはちょっと危ないような……」


 ディディがおずおずと言い出した。イプノティスモ家と言えば、今ちょうど疑惑の真っただ中にある。
 さすがに好き勝手させすぎたかと思い直したが、今から追いかけてもお楽しみ中だろう。お互いに気まずいだけなので、帰宅してから話をする事にしよう。


 夜会は夜通し行われるが、明日も勤務のある俺たちは一晩中遊んでいるわけにもいかない。
 一通り義理を通さねばならない人に挨拶を終えると、夜も更けぬうちに帰宅することにした。

 王城内の官舎にも部屋があるので、そちらに帰っても良いのだが、今日くらいは屋敷で羽根を伸ばしたい。何しろここ二週間ほど休む間もなく書類とにらめっこしていたのだ。たまには身の回りの事を使用人たちに任せて、ゆっくり風呂にでも入りたいものだ。


 妻にはそろそろ退出すると伝えたのだが、彼女は王宮に用意された当家の控室に宿泊すると言う。仕方がないので、夜通し夜会で遊ぶつもりの妻をそのまま会場に残し、後は侍女や侍従たちに任せる事にした。

 俺たちは明日も朝早くから勤務があるのだ。義理は果たしたのだからもうこれで失礼させていただこう。


「ディディ、今日も泊って行くだろう?」


「でも夫人がいらっしゃらないのにお邪魔したらご迷惑でしょ?」


「どうせいたところで差配するのは家令と家政長だ、いない方が思い付きで邪魔をしないだけマシなはずだ」

「さすがに、そんなことはないと思うけど……」


「お前、官舎に帰ったらまた徹夜で仕事するつもりだろう? たまにはちゃんと休まんと……倒れられたらこちらが困る」


「それじゃ、お言葉に甘えるね」


 遠慮するディディを一緒の馬車に半ば押し込ぬようにして帰る。
 政務が立て込み自宅に仕事を持ち帰った時のために、ディディの部屋もタウンハウスに用意があるのだ。

 個人の屋敷内に職務上の補佐官の私室を置くのは異例だが、「新婚なのに毎日王城の官舎に泊まり込む羽目になるよりはマシだろう?」と妻を納得させた。
 ディディには今夜もそちらに泊まってもらうことにしよう。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜

恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」 命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。 その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。 私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、 隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。 毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。 ……しかし、その手紙は「裏切り」だった。 夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。 身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。 果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。 子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...