お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
12 / 94
本編

C5 清らかな涙

しおりを挟む
 ふと気が付くと、寮のエリィの私室で、彼のベッドに並んで座っていた。

 しばらく黙って座っていたけれども、沈黙に耐えられなくて、ぽつりぽつりと今まであった事を告白した。義母上のこと、師匠のこと。

 思いつくままに言葉にした、まとまりのない話を、エリィは相槌をうちながら静かに辛抱強く聞いてくれた。けれども先輩方に呼び出された時の話を始めると「もういい!」と急に大きな声で遮られた。

 仕方がない。
 誰だってこんな恥ずかしい話は聞きたくないし、こんな汚れた人間とは関わりたくないに決まっている。
きっと彼ももう、僕を友とは呼んでくれないだろう。絶望的な気持ちで顔を上げると、不思議な事に彼の澄んだ蒼い瞳からはとめどもなく涙が溢れていた。

「……どうしてエリィが泣くの……?」

 思わず手を伸ばして、指先でその透き通った雫をすくいとった。
 一瞬絶句した彼は、絞り出すような声で意外な答えをくれた。

「……だって悔しいだろ?」

「……え……?」

 軽蔑されると思った。
 そうでないとしても、かわいそうなものとして、憐れまれ、同情されるのが関の山だと。

「……悔しいじゃないか。けがれてるのも卑怯なのも、全部お前を弄んだ奴らだろう!?
 ディディはこんなに綺麗で、どこもけがれてなんかないのに、あんな奴に侮辱されて……」

「……エリィ……」

「俺は悔しい……っディディはどこもかしこも綺麗なのに……っ
 こんなにも優しくて、賢くて、どこもけがれてなんてない……っ」

 こんな僕のために、本気で憤り、心から悔しがってくれている。端正な顔を歪め、ぽろぽろと水晶のような涙を零して絞り出すように言うエリィは誰よりも美しく見えた。

「……綺麗なのはエリィの方だよ……」

 思わず口をついた言葉に彼が顔を上げ、しっかりと目が合った。

「ありがとう、エリィ」

 今こうして君に会えた。それだけで、生きていて良かったと思える。
 彼の涙で濡れた頬に両手を添えると、そのぬくもりで冷たく凍り付いた僕の心が急速に溶けだして、柔らかく息を吹き返した気がした。

 ああ、なんて幸せなんだろう。

 もともと仲が良かった僕たちは、それ以来滅多なことでは離れなくなった。
 親友と言えば聞こえは良いが、実際のところは精神的にとても脆いところのある僕がエリィに依存している状態だったと思う。
 申し訳ない気持ちを抱きながらも、本気で僕のために怒ってくれる人、絶対的に信頼できる人のいる喜びと安心感は、一度知ってしまうともう手放すことなど考えられなかった。

 卒業までの5年間、僕たちはずっと成績一位と二位だったので、寮の部屋も隣同士だった。

 エリィが一緒だとひどいフラッシュバックも起きる事がほとんどないし、万が一パニックを起こしても、彼に優しく抱きしめて背中をさすってもらううちに落ち着くことができるようになった。

 こっそりとどちらかの部屋で空が白むまで語りあかし、いつの間にか一緒に眠ってしまうこともしばしばあった。羽目を外すという事を知らない僕たちにとって、この規律違反はちょっとした冒険だった。

 彼のおかげで良い友人たちにも恵まれた。
 第二王子のマリウス殿下や、財務相コンタビリタ侯爵の嫡男マッテオ様もその仲間だ。彼らとの付き合いは今でもずっと続いている。

 卒業後、僕とエリィは文官試験を受けて法務補佐官となった。半年間の研修を受けて正式な法務官となってからは、監査局でさまざまな組織の不正の取り締まりに携わっている。

 マリウス殿下からはしきりに二人で侍従として仕えてほしいと言われたのだけど、僕たちはそのありがたい申し出を固辞してしまった。

 僕は情けない事に腹芸が苦手で考えている事が顔に出てしまいがちだし、なにより未だに自分の過去の出来事ともきちんと決別できておらず、ふとした拍子にフラッシュバックを起こしてしまうのだ。

 そんな不安定な人間に、王族の侍従が務まる訳がない。そしてエリィは僕とは片時も離れないと言ってくれた。
 彼の出世を潰してしまうことになってしまうと案じたのだけど、彼は僕と共にいる事の方が大事だと言ってくれて、共に法務官としてこの国の秩序を守る役目を担う事にしたのだ。

 側近として近くで支える事はできないけれども、一介の文官として精一杯職務を果たすことで、少しでも殿下の友誼ゆうぎに報いる事が出来ればうれしい。彼も僕にとって大切な友人であることには変わりがないのだから。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜

恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」 命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。 その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。 私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、 隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。 毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。 ……しかし、その手紙は「裏切り」だった。 夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。 身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。 果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。 子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...