お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
22 / 94
本編

E10 黒い疑惑

しおりを挟む
 翌朝になるとディディは起き上がれるまでに回復して、少量ではあるが温かなヨーグルト粥を食べる事も出来るようになった。心なしか顔色もだいぶよくなっている。

「ぐっすり眠ったらすごく楽になったよ。なんか、ずっとエリィの夢見てたな」

 にこにこ笑いながら嬉しそうに言っていた。
 ふと昨夜のことを思い出して赤面しそうになるのを必死にこらえる。俺のしたことを万が一知られでもしたら、間違いなくトラウマを刺激して彼に恐ろしい思いをさせてしまうだろう。
 やましい心からではなかったとはいえ……いやだからこそ、彼に余計な負担をかけるような事実は知らせないに限る。

 さすがに今日は仕事を休んで俺の留守中は自室から出ないようにと重々言い置き、使用人たちにもしっかり看護するよう指示しておいた。
 後ろ髪を引かれる思いで登庁すると、わき目も降らずに職務に没頭した。定時になったらすぐ帰宅できるようにしなければ。
 幸いなことに『妻』もここ数日はおとなしくしてくれている。適当に機嫌をとりつつ、ディディに余計なちょっかいをかけないようにさせなければ。

 結局、ディディが休んでくれたのはたったの二日だけだった。
 翌日には朝誰よりも早く起きて軽く鍛錬して、汗を拭いて朝食を摂ったらトリオの相手。それでももう一日休んでくれただけ良しとしなければならないのかもしれない。

「うちに一人でいても、つい身体動かしちゃったりしてかえって休まらないし。
一緒にいちゃ、だめ?」

 こう上目遣いで言われては連れて行くしかない。
 ディディが横にいた方が職務の進み方も早いしな。

 根負けして連れて行った形だが、やはり仕事の早さ、正確さが他の者とは段違いだ。
 特に何も言わなくても欲しい資料がちゃんと揃っているし、照合しながら不審に思っているところがあると「これじゃない?」と該当する場所を教えてくれる。
 補佐官として、文句なしに優秀。
 おかげで仕事がはかどること、はかどること。

 一緒にいれば無理をしすぎないうちに連れ帰ることもできるので、かえって身体を休められるかもしれない。

「やっぱりイプノティスモ家とティコス家は真っ黒だね。あちこちから口減らしの子供を安値で買いたたいて連れてきてる。
 ほとんどは鉱山に売ってるみたいだけど、見目の良い子は王都に連れてきて『躾』をほどこしてから商品にしているようだ」

「なるほど。買い付けがイプノティスモ家、仕込みがティコス家か。まったくクズばかりだな」

「まだ十歳にならないような子まで客を取らせているのか。絶対にゆるさない。二度と同じことができないように、組織の末端まで叩き潰さないと」

 表向きはご立派なふりをして、陰でコソコソ犯罪に手を染めている連中のいかに多いことか。
 他人の人生を踏みにじり、食い物にしておいて、自分たちはそこからうまい汁だけを吸い上げていく。奴らの欲する目先のささやかな利益のために、どれほどの人が生き地獄を味わっている事か。

 着々と奴らの摘発の手筈は整いつつある一方で、『妻』はイプノティスモ家の次男と大っぴらに遊び歩くようになった。
 以前は単なる取り巻きの1人だったのだが、先日の夜会以来、頻繁に外で会っているらしい。侍女からの報告を受けて一応苦言は呈しておいたのだが、やれ妻を疑うなんて酷いの、告げ口した侍女はズルいのと泣き喚くので、終いには付き合いきれなくなって放置してしまっている。

 おそらく男の方は我々の手の内を探りつつ、あの女を共犯に引きずり込むことで摘発の手を緩めさせるつもりだろうが、いざとなったらあの女ごと断罪するのみだ。俺自身は家名など気にしないし、奴らを根こそぎ摘発出来れば派閥の力関係も気にしなくて済む。
 建前上の『妻』であったとしても、さんざんに裏切られ続けた今となっては切り捨てる事に躊躇ちゅうちょはない。

 大々的な摘発になる以上、騎士団を動かさざるを得ないので、それだけにしっかりとした裏付けがいる。一味の取りこぼしがあれば、またどこかで同じ手口で同じことをやりだすに違いない。

 貧困にあえぐこどもたちは元手のいらない商売道具になる。仕込んで価値を上げても良し、使い捨てにしても良し。
 そんな事をさせないために、組織の隅々まで一斉に取り締まらなければ。そのためにも、徹底的な調査あるのみである。

 結局、今夜も退庁できたのは外が完全に宵闇よいやみに包まれた後だった。 
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...