お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
35 / 94
本編

P12 運命的な再会

しおりを挟む
 本日はプルクラ様と今話題の芝居を見物に参ります。
 プルクラ様はボックス席をご用意くださったので、他の観客に煩わされることなくゆったりと見物できますわね。

 本日のプルクラ様は渋みのある赤地に東方風の花柄を捺染なっせんしたエキゾチックなラウンドガウンをお召しです。極限まで薄く織られた木綿をふんだんに使ったハイウエストのワンピースドレスは優雅なドレープが美しく、プルクラ様の動きに合わせて軽やかに動きます。座った時など、スカートのドレープがなまめかしい脚の形をあらわになぞり、なんともつやっぽいお姿でございます。

 わたくしは若草色と深緑の細いストライプの綿紗リノンと呼ばれる冷感のある生地をふんだんに使ったエンパイアドレスを選びました。初夏らしく爽やかなだけでなく、涼しくて今の季節の外出にはぴったりの一着ですの。

 今日の芝居は巷で人気の恋愛小説を基にしたもの。わたくしも事前に原作を読み通してまいりました。
 ストーリーは夫にないがしろにされた高位貴族の妻が、自らを真摯しんしに慕う若き騎士の助けを借りて、不実な夫の悪事を暴いて追放するという物語。そして最後には真実の愛を勝ち取り、永遠の幸せを手にするのです。
 ここ数年、巷で流行っている「ざまぁ物」というジャンルらしゅうございます。
 わたくしも一時は旦那様の愛を疑って毎日寂しく退屈な日々を過ごしておりましたので、とても他人事とは思えません。もっとも、プルクラ様と親しくおつきあいするよう になった今は、旦那様との会話も増えて、とても楽しい日々を過ごしておりますが。

 わざわざイオニアから招かれた劇団だけあって、異国情緒漂う舞台に美しい役者たち、素晴らしい音楽の数々が紡ぎ出す物語はまるで夢のよう。見る者を幻想の世界へといざない、自分が物語の登場人物の一人であるかのように錯覚させます。
 わたくしもすっかり夢の世界にのめりこんで、まるで自身がヒロインになったかのような心地で真実の愛の物語を味わっておりました。
 不実な夫が賤しい愛人とともに罰を受けて没落し追放されるシーンでは、放逐ほうちくされる赤毛の美貌だけがとりえの性悪女の惨めな姿に胸のすく思いでした。そして代わりに彼らの悪事を暴いた若者がその地位を受け継いでヒロインを妻に迎え入れるシーンでは、感動のあまりつい涙ぐんでしまったものですわ。

 お芝居が終わり、まだ余韻がさめやらぬまま、ほうっと舞台をみやっておりますと、お隣のボックスから聞き覚えのある声がします。思わずそちらに目をやりますと、なんとエスピーア様が年配の女性とご一緒にいらっしゃるではありませんか。

「あら?エスピーア様もいらしてたんですの?」

「これはタシトゥルヌ侯爵夫人、お隣のボックスにいらっしゃったとは今まで気付きませんでした。こちらは母です。
 今日は巷で話題の芝居を見たいとお供をさせられまして。母上、こちらはタシトゥルヌ侯爵夫人パトリツァ様です」

「タシトゥルヌ家のパトリツァですわ。よろしくお見知りおきを、イプノティスモ子爵婦人。こちらはティコス男爵家のプルクラ様ですの。
 最近お友達になりまして、よく教会にご一緒しますのよ」

 こんな偶然もあるのですね。さきほどのお芝居の内容が内容でしたので、なんだか運命を感じてしまいます。

「素敵なお友達をご紹介くださってありがとうございます。パトリツァ様もお元気そうで何よりです。
 そのご様子だと、お心の曇りは晴れたようですね。そんなにご利益があるなら、私も教会にご一緒してみようかな?」

「ええ、是非に。近々バザーがございますの。お母様もご一緒にいかがでしょうか?」

 エスピーア様のお母様やプルクラ様も交えてお話がはずみます。すっかり意気投合したわたくしたちは、外宮近くのカフェに席を移しておしゃべりを愉しみました。
 教会のバザーや炊き出しなどの奉仕活動のこと、孤児院のこと。
 エスピーア様も、わたくしたちの活動にすっかり興味を持ってくださって、来週炊き出しにご一緒することになりました。炊き出しの日は大勢の人が集まりますので、殿方がいらっしゃると心強いです。

 わたくしは来週またエスピーア様、プルクラ様にお目にかかれるのが楽しみでたまりません。

 今日は素晴らしいお芝居を堪能できただけでとても喜ばしい1日でしたのに、また新たな楽しみができてしまいました。プルクラ様に出会ってから、わたくしは万事良い方向に進んでいるようでございます。

 プルクラ様はわたくしの幸運の女神ですわ。今日も旦那様がお帰りになったら、さっそくお話しなくては。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...