お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
64 / 94
本編

D19 火中の栗を拾う

しおりを挟む
 朝目覚めると、身体の重苦しさもかなり楽になっていた。
 昨日は身を引きずるようにしなければ全く動くことができなかったが、今日はいつも通り……とまでは行かないものの、短時間ならいつも通り動けそうだ。

 今朝も一緒に軽く身体を動かすと、断腸の思いでエリィを見送ってトリオの相手をする。早くまた1日中一緒にいられるようにしたいな。

 今朝もパトリツァ夫人がギラついた目でこちらを見ていたが、特に邪魔をする訳ではないのでなんとか笑顔を作って対応する。
朝食も一緒に食べる事になってしまい、正直食べた気がしなかった。手早く食事を終えて、食後のコーヒーを愉しんでいると、こちらをじっと見つめる夫人の目線がつきささる。いつかのような、嗜虐心に歪んだ賤しくて厭らしい笑顔。本当に気持ち悪い人だ。

「何か良いことでもありましたか?とても嬉しそうですが」

「いえ別に。それより、プルクラ様から久しぶりに孤児院に行かないかとお誘いがありまして。子供たちがどうしてもとわたくしに会いたがっているそうで……もしよろしければディディ様もご一緒しませんか?」

 目が合ってしまったので訊ねると、また孤児院に行きたいと言い出した。
エリィにあれほど近寄るなと言われていたのに……そこまでして子供達を欲望のはけ口にしたいのだろうか。
 しかも僕のことをさらっと愛称呼びしているが、その名はエリィにしか許していない。

「パトリツァ夫人、私は家族でも友人でもございません。愛称呼びはお控えください。
 孤児院の慰問ですが、今は少々物騒な時期ですのでおやめください。
 どうしてもとおっしゃるならば充分な護衛が必要です。ご主人に使いを出して伺ってみましょう」

 ムカムカする感情を抑え込み、まずはエリィにお伺いを立てるように諭すが、護衛など僕一人で充分だろうとうそぶかれる。そりゃまぁ、普段だったらそうかもしれないけど、今は本調子には程遠い上、夫人に使用人扱いされる義理はどこにもないのだ。

「それはできません、せめて侍女と一緒でないと。護衛も私の他にあと2名は必要です。その条件でご主人に外出して良いか伺います」

「そんな、お忙しい旦那様を煩わせるなんて……たかが孤児院の慰問くらい、自分で行くかどうか決められないのですか?
それともわたくしへの嫌がらせ!?酷いわ……酷すぎるっ!!」

 うわ……嘘泣きしながら地団太踏んで喚き始めたよ。いったいこの人いくつだったっけ?
 ぎゃあぎゃあうるさくて頭に響くし、気持ち悪いし、勘弁してくれ。

 あまりにやかましくてついに耳鳴りがしてきたので、エリィの許可を待たずに出発する事だけは認め、他に侍女と護衛を一人ずつ伴う事は認めさせた。

 馬車を手配し、タシトゥルヌ家の私兵に後をつけるよう指示を出して随時僕たちの居場所と様子をエリィに伝えるよう手筈を整える。
 いつもの習慣で愛用の槍斧ハルバードを背負い、腰に猫闘刃カッツバルゲルを刺して出かけようとすると、また夫人がぎゃあぎゃあ泣きわめき始めた。
 僕の装備が野蛮で神聖な教会や孤児院にはふさわしくないんだと。
 ああもう煩いし気持ち悪いし面倒くさい。自分では薄幸の美女のつもりらしいけど、いい年齢としをしてワガママを通すために地団太を踏み、ぎゃあぎゃあすさまじい声を上げて泣きわめく姿は醜悪しゅうあくでしかない。

「どうせ誤魔化して、外出そのものをできなくするつもりなのでしょう?そうやってわたくしを監禁してお家を乗っ取る陰謀なのですわ!!今すぐ出発しなさい!!!」

 馬車の前ですっさまじい大声でぎゃんぎゃん喚いているから、敷地の外にまで聞こえるんじゃないかと冷や冷やする。この人、恥ずかしいとかみっともないって概念ないのだろうか?
 仕方がないので装備を替えてこようとしたのだが、赤子みたいに地団太踏んで泣きわめき、槍斧ハルバードだけをこの場に置いて行けと叫ぶ。門番にも「今すぐ下品で無粋な武器を取り上げろ」と怒鳴り散らす始末で、門番も途方に暮れている。
 これ以上押し問答しても屋敷の外まで騒ぎが聞こえてタシトゥルヌ侯爵家の恥になるだけだろう。できれば近接戦用にマインゴーシュかソードブレイカーを持ってきたかったんだけど、仕方がない。
 諦めて猫闘刃カッツバルゲルだけを携え、槍斧ハルバードは門番にあずかってもらう事にした。
 ああもう、ただでさえ身体がしんどいのに耳元で泣き喚かれたのでズキズキ痛んで頭がまともに働かない。
 エリィに出した使いが間に合ってくれると良いのだけど。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...