お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

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本編

D23 ごめん

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 パトリツァ夫人が襲撃犯のエスピーアに協力したせいで、僕は毒が塗られたナイフで腹部を深々と刺されてしまった。夫人が自分では何もできないだろうとたかをくくって油断していた自分の不甲斐なさが口惜しい。
 毒は筋弛緩作用のある厄介なもので、急速に心臓と肺の筋肉が弛緩し、まともに機能しなくなってくる。
 急いで出血して毒を排出するが、心臓の機能が落ちているためほとんど効果が見られない。

 毒の効果というのは、それぞれの物質が持つ定性的な性質も重要だが、何より体内にどの程度の量が存在するか、血液中の濃度はどの程度かといった定量的な問題が重要だ。
 つまり、どんな毒だって充分に血中濃度が下がれば無害になるはず。

 朦朧もうろうとした意識で毒に汚染された血液を体外に排出し、それと同時に流れた血液を代償に肝機能を上げて解毒にかかる。
 しかしいったん体外に出した血液では魔術的代償としての効率が悪く、代償が足りない。咄嗟とっさに手足の爪も代償にしたが、それでも足りずに流れる血液とともに、僕の生命がこぼれていくのを感じる。
 治癒魔法を使うための代償がもう自分の生命しかない。これでは傷をふさいだり毒を分解できたとしても、生命そのものを失って死ぬしかない。

 そうだ、僕の身体だけでは治癒に使う代償が足りないならば、代償にこの女やそこの間男の臓器を使うのはどうだろう。

 腎臓なら片方なくてもどうという事はないはずだ。そうそう、あの女なら子宮と卵巣もいらないだろうね。
 なにしろ無類の男好きで、侯爵夫人だというのに、そこの間男をはじめ、方々で引っかけた男どもと三日とあけずに連れ込み宿に入り浸っているくらいだ。
 それだけでは飽き足らず、毎日のように孤児院で特別な「躾」を受けさせられた子供たちに性的な奉仕を強いていた。

 妊娠の心配がなくなれば、今まで以上に奔放ほんぽうに遊び歩くことができるだろう。むしろ喜んでくれるんじゃないかな?

 なんだか思考がまとまらなくて、どんどん訳の分からない方向に暴走している。

 僕を足蹴にした上に踏みつけてきたパトリツァ夫人の脚を掴んで身体感覚の一部を同調させ、臓器を乗っ取り魔術の代償にする。ごろごろとのたうち回る拍子にぶつかってきたエスピーアも同様だ。

 奴らの臓器を代償にまた血液を作って毒を排出する。
 充分に血中濃度が下がればあるいは今起きている身体の異常もなんとかおさまるかもしれない。
 ダメだ、体内に入った毒の量が多すぎていくら出血しても充分に濃度が下がらない。
 酸素が足りなくて脳がちゃんと動いてくれない。いったいどれだけの毒を塗ったんだか。僕は象じゃないんだぞ。

 どうしよう。まだ生命が零れ落ちていくのが止められない。
 肝臓もいっぱいいっぱいになりながら毒を分解している。新しく作った血液はまた毒を排出するために出血してしまった。
 いったん身体から出してしまった血液は代償にしても能率があまり良くない。
 またあいつらの血液か臓器を代償にすべきか、もう思考にもやがかかってきて正確な術式が描けなくなりそうだ。
 意識を失うことだけは避けないと……心臓も肺もまともに動かないから脳に届く酸素が足りない。
 ああダメだまだ死ねないせめてエリィに一目会ってからじゃないとまだ生命が零れていくのが止まらない

「ディディ!!」

 ああエリィの声が聞こえる。
 冷え切った僕の身体を抱きしめてくれて、ぬくもりがつたわってくる。
 重いまぶたをなんとかして開くと大好きな澄んだ蒼い瞳に涙がいっぱいにたまっている。なんてことだ、君を泣かせてしまった。
 いつも笑っていてほしいのに

「……えりぃ……ごめん……」

 いつも一緒にいてくれてありがとう。
君がぼくのとなりで笑っていてくれれば他はなにもいらなかった。ぼく自身の命だって。

 こんなに泣かせたいわけじゃない
 おねがいだからなかないで

 ああだめだ……もうぼくがぼくであることができない

 しこうがほどけてきえていく

 さんそがたりない


 どんどんいのちがこぼれおちていく どうしてもとめられない


 ごめんねエリィ



 きみだけをあいしてる




 いつまでもずっと 

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