お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

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本編

C24 少女の顔をした何か

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 ふと気が付くと、真っ白な、しかし異様にキラキラした空間にいた。
状況がわからない。

 まず全身の状態を把握してみよう。
 どうやら全裸にされているようだが、外傷や臓器の損傷はなさそうだ。薬物を使用された形跡もなく、四肢は問題なく動かせる。
 襲撃される前と外見上はほぼ同じ。ただし、身体がちゃんと治っている。
 襲撃により負傷したところだけでなく、ずっと昔、ただ搾取して優位に立ちたいと言う欲を満たすためだけに蹂躙《じゅうりん》され、壊されたところまで。エリィが愛してくれるなら受け入れる事ができる、ちゃんとした健康な身体。
 死んだ筈なのに、これはいったいどうしたことだろう?

 本音を言えば、生きている時にこんな身体が欲しかったな。そしたら僕も、生きているうちにちゃんと愛してるって伝えられたのに。

 とにかく何があったのかわかる範囲で整理してみよう。
 僕は筋弛緩《きんしかん》作用の強い毒物、おそらく何らかの黒縞蛇の毒を塗ったナイフで傷つけられ、そのせいで死亡した。
 なんとか毒で汚染された血液を外に出して解毒をはかったんだけど血液量が足りず。足りない分を補いたかったんだけど、魔法の代償にする生命力が足りなかった。

 あろうことか、間近にいた襲撃犯たちの臓器まで代償に使ったが、やはり他人のものだったせいか、それとも充分に身体感覚を同期していなかったせいか、あまりうまく代償として機能しないまま魔法を練り上げてしまって術は大した効果を得られなかった。
 今更だけど、毒を受けた部分だけ肉体を分解して再構築すれば何とかなったかもしれない……と思いつつ、代償が足りなかっただろうと思う。血清が手に入れば手っ取り早かったんだけど、そういうものを取り寄せられる状況じゃなかったからね。
 結局、残ったのは僕が最期の最期で、治癒魔法術師として越えてはならない一線を越えてしまった、という事実だけだ。それで結局力及ばず死んでしまったのだから、滑稽《こっけい》なことこの上ない。
 僕は差し出す側から奪う側に回ってしまったんだ。

 いつの間にか、目の前にこれまたキラキラというか……むしろギラギラした少女の姿をしたモノが立っていた。髪は虹色のグラデーションになっており、瞳はプリズムのように角度によって違う色の光を放っている。
 着ているものはシンプルな白いワンピースだが、これも光の当たる角度でオーロラのように色を変えている。

 あきらかに人間ではない存在。とてつもない力を内包しているのを感じるけれども……なんとなく、この子の本質ではないような気がする。
 その莫大な力はほとんどが誰かの借り物のような、そんな違和感がどこかに漂っているのだ。

「あんた面白いじゃない!!いっつも健気で従順で……てっきり彼氏のためなら生命くらい平気で差し出すかと思ってたんだけど。
 最期の最期までとことん悪あがきしたあげく、彼氏に一目会いたい一心で、他人を生贄《いけにえ》にしてまで自分が助かろうとするなんてね。
 あんた気に入ったから、ずっと彼氏といられるようにしてあげる。だからあたしのものになりなさい」

「君が誰だか知らないけど、それは無理だよ」

 くすくす笑いながら上機嫌にわけのわからないことをまくし立てられ、挙句に自分のものになれとか言い出されたので、迷うことなく即答する。
 この類の存在は、相手が自分の思い通りにならないとすぐに癇癪《かんしゃく》を起して馬脚をあらわしてくれるものだが、さてこいつはどうなるか。

「そんな事言っちゃっていいのかなぁ?あんたもう死んだのよ?このままじゃどうやたって彼氏にはもう二度と逢えないの。さっさと諦めてあたしのものになりなさい」

 粘着質にニヤニヤ笑いながらさらに言ってくる女の子(仮)は、おそらく自分の優位を信じて疑っていないのだろう。こう言えば僕がおとなしく言いなりになると嵩《たか》をくくっているのが見え透いていて、かえって笑えてくる。
 他者が自分の思い通りに動いて当然と思っているのだろう。誰がお前なんかの言いなりになるもんか。

「駄目だよ。僕は身も心も魂も、全部エリィのものだから。君にあげられるものは髪の毛一本たりともない」

 もちろん迷うまでもない。僕は隅から隅まで、すべてエリィのもの。もう二度と、誰にも差し出したりしない。
 たとえ目の前の存在が神や悪魔だとしてもね。

「あのねぇ、死人の分際で何言っちゃってんの?まさかあのゾンビが助けにくるとか思 ってる?あいつが救うのは自ら自分自身を生贄と捧げて他人を救おうとするような頭のおかしな奴だけよ。
 自分が生き延びるために迷わず他人を生贄にしたあんたなんか、相手にするわけないでしょ」

「ゾンビ?何のこと?」

 焦れたように言われるが……はて、今の会話にいきなりゾンビが出てくる余地があっただろうか?さっぱり訳が分からない。少なくとも僕にはゾンビの知り合いはいない。

「あ……えっと……し、知らないならそれでいいのよ、それで。
 とにかく、あんたを今救ってやれるのはあたしだけってこと。あんたが眷属になってくれれば、あんたが彼氏とずっと一緒にいられる空間を作ってあげるわよ。ね、迷う事なんかないでしょ?」

 露骨に狼狽《うろた》え、顔を真っ赤にして口ごもりながらもしつこく眷属になれと言ってくる女の子(仮)。鬱陶《うっとう》しい事この上ない。

「そうだね。迷うまでもなく、エリィに断りもなく君の眷属になったりしないよ」

 また即答すると、目の前の何かはわかりやすく逆上した。ずいぶんと忙しい奴だ。
 これで頭に血が上ったこいつが本性をあらわにしてくれれば良いのだけれども。 
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