香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫

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最終章 我愛你(ウォーアイニー) すべての謎を解くために

海羅《ハイルゥォ》の流産

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 海羅ハイルゥォは流産してしまう。けれどそれは彼女だけの問題ではなかった。
 海羅ハイルゥォのご懐妊かいにんを知りながら、日課の運動を止めようとしなかった者がいた。

「私はその医者が、ヤブだと思っていたわ。後宮に招かれた医師であるにも関わらず、激しい運動をとめなかったんだもの」

 妊婦といえど、多少は動くことが必要になろう。それは母子ともに健康な体でいるために必要なことだった。しかし医者は、日課の運動をしていいと伝えてしまった。それはなぜか。

「でも違った。初めからヤブを演じていたのよ。海羅ハイルゥォ様の御子を殺すためにね」

「……証拠なんかねーだろ?」

「いいえ。あるわ」

 言いきる彼女の言葉に反応し、男は眉をピクリと動かした。余裕ぶった笑みは消え、憎しみめいた瞳へと変わる。

「あんた、彼女のこと覚えてるわよね?」

 ふっと、妖艶ようえんに微笑んだ。そしてユェを隣に立たせる。
 ユェは礼儀正しく立ち、男を見つめた。

「…………?」

 彼女に見覚えがないのだろうか。肩眉をあげて不思議そうに首を傾げていた。

 香 麗然コウ レイランは無言で立ち上がり、ユェに場をゆずる。

「……覚えておりませんか? 無理もないでしょう。あの頃の私は、今よりもずっと若かったのですし」

「は? 誰が、テメーみてぇなババアを知り合いにするかよ!」

「……海羅ハイルゥォ妃様の侍女、そして医者としての地位もなくした私は、楊周ヤンヂョウ妃様の元で働くことになりました。あれからもう、月日がかなり経っていますからね。無理もありません」

 悪態あくたいしかつかない男を前にしても、ユェの堂々たる姿を崩すことはなかった。それどころか、冷めた視線で男を見据みすええている。

「……? ……海羅ハイルゥォの侍女? それに、医者って…………っ!?」

「その反応、どうやら、覚えがるようですね?」

 余裕しかなかった男の顔色が一気に悪くなった。鉄格子を握りしめながら、いやらしく片口を上げる。

「なぜ私は、今の今まで気づかなかったのでしょうか? 大切な、海羅ハイルゥォ妃様を傷つけた者のことを」

 ユェの瞳には怒りの感情しか浮かんでいなかった。細く、少しだけ年老いた腕が男へと伸びていく。
 けれどその手を香 麗然コウ レイランがとめた。ユェに向かって首を左右にふり、笑顔を見せる。

「ありがとうユェ、辛いことを思い出させてしまってごめんなさい」

「……っ!? いいえ。いいえ! 私がもっと強ければ、海羅ハイルゥォ妃様が、あのような想いをしなくても済んだはずです。金明ジンミンも、孤立せずに済んだはずです」

 ユェの声には涙が混じっていた。何度もごめんなさいと謝り続けながら、唯一事情に巻きこまれた当事者……金明ジンミンを抱きしめる。
 
 金明ジンミンは彼女の苦しみを共用するように、大きな瞳から涙をポロポロこぼした。

 (金明ジンミンも、ユェも、辛かったのは間違いないわ。だからこそ、彼女たちのうれいを晴らすために、私は……)

 本気で立ち向かう。
 そう、決意した眼差しで男を直視した。

「──話を戻しましょうか? あんたは医者を偽って、海羅ハイルゥォ様の御子みこを流産させた。だけどそうなると、そこで一つの疑問がいてくるわ」

「……」

 男は無言を貫くつもりなのだろう。決して、口を割ることはなかった。

 それでも香 麗然コウ レイランは大切な人たち……ここで出会ったかけがえのない人々を想いながら、美しい姿で道筋みちすじを語っていく。

「いくら優秀な医者だったとしても、妃の推薦すいせんがあったとしても、そう簡単には、主治医を変えることはできないはずよ」

 海羅ハイルゥォの元々の主治医はユェだ。その彼女を押し退けてまで、妃のふところに入ることは難しい。なぜならこの後宮という場所が女の園であり、彼女たち妃は絶対的存在だったからだ。
 
「毒味役がいるのが、いい例ね。それは、妃という存在が皇帝と同じぐらいに価値があるという証拠なのよ」

 一般的な家庭、貴族ですら、滅多めったに毒味役などつくことはない。それがついている時点で、このくにになくてはならない存在だと知らしめていた。

「だけどね? 例え、権力の頂点に近い存在だったとしても、それは下の者も同じ。ではないのよ。推薦すいせんされたとしても、そう簡単に違う妃の元へつけるはずがない。だって、他の妃からの贈り物にすら警戒けいかいしなくちゃいけない場所なのよ?」

 香 麗然コウ レイランは特に警戒はしていない。ただそれは、彼女が変わった性格ゆえのことだった。
 しかし他の妃は違う。陰謀いんぼう、そして嫉妬しっとが渦巻くこ後宮では、女同士の争いが耐えなかった。

「だからこそ妃は、他者からの贈り物ほど警戒けいかいしないものはないわ。だけどそうなると、海羅ハイルゥォ様が、警戒けいかいしなきゃいけない妃から紹介された医者を受け入れたのはなぜ?」

「…………」

 男は苦虫を噛み潰したような表情になる。苛立ちや焦りが、鉄格子を握る男の手に現れていた。

「答えは簡単よ。その医者こそが緑の宮の妃、玄塵シュェンチェンだったのよ」

 玄偽シエンイ以外の侍女は驚愕きょうがくする。彼女へ詰めより「どうしてそう思うの?」と、素朴な疑問を投げてきた。

「……緑の宮の妃は、体が弱いと聞くわ。宮からも出ない、ともね。玄塵シュェンチェンを後宮に招いた先帝をのぞいて、現帝の眠曹ミエンツァオ様ですら顔を知らないわ。それは玄塵シュェンチェン妃にとっては、すごく都合がよかった。だって、普通に後宮内を歩いていても、妃とは思われないんだもの」

 その心理を利用し、玄塵シュェンチェンは外から来た医者に成り済ます。そして海羅ハイルゥォふところもぐりこみ、流産にまで追いこませた。

「どう? 何か、間違っているかしら?」

 したり顔で、男を見下ろす。

 男は軽く舌打ちした。
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