地獄を這う

優里

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ここは地獄

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生まれた時から自分はごみだった。
汚れた体、膿んだ傷跡、あばらの浮く体を纏う布。

表には決して出れやしない。
ここから這い上がるのは不可能。

ここは、地獄だ。

引く攣る喉で出す声はしゃがれた老人よう。
下卑た笑い声に混じる甲高い悲鳴。

きっと今日も誰かが死んだ。
その、もとは人間だったものは誰かの貴重な食料になるのだろう。

もしくは、性欲処理の道具で金稼ぎに使われるか。
若い女の声だった。
そっちのほうが可能性は高いだろう。

助けようとか、可哀そうだとかは思わない。
ここはそういうところだから。
この地獄でそんなことを一瞬でも思ってしまったらこちらがやられてしまう。

そのはずだったんだけど。







その日は胸騒ぎがひどかった。
どこか浮ついて、どこもかしこも気持ち悪かった。


太陽が真上に回って、落ちて。
いつもどおりの日々の中に地獄に似合わない天使が堕とされた。


いつもと同じ下卑た声に混ざる悲鳴。
走る音。
荒れた息遣い。
踏み荒らされる領域。


俺の前に現れたのは純粋無垢な天使。
汚れた服に気を留めず、必死に何かから逃げていた。

あまりにも綺麗で、思わずかくまってしまった。
俺の汚い寝どころに天使が一匹。

追いかけていた男どもはこちらには気づかず目の前を過ぎていった。

恐怖で身をすくめる天使に目を合わせるとビクッとして固まった。
それが、小動物のようで笑ってしまった。

するとどうだろう、天使は茫然とこちらを見て目をまん丸にしてしまった。
それがもうかわいくて。




天使が普通に話してくれるまで一週間かかった。
それからはたくさん話をした。
天使の話はどれも天国のような話で、住む世界が違うことを何十回と突き付けられた。
その一か月後、天使に迎えが来た。
俺も一緒に、なんて言われたけど空気ぐらい読める。
そんなことは無理だってバカでもわかることだ。

この世界では大金の金と引き換えに天使は何度も振り返りながら帰っていった。


天使はどうやらこの国の国母となるようだった。
ご丁寧に、保護魔法もかけられているお嬢様だった。
善良で、汚いことなど何一つ知らないお嬢様。

そんなお嬢様がここに来た理由は一つ。
すべての国民の生活が見たい。
そんな願いのためだという。

ここにきて、改めてすべての人に豊かな生活をと決意したらしい。
貧富の差をできるだけなくしてみんなが笑いあえる生活を作りたいのだと言っていた。
きっと、実現させてみるから応援してくださいね。

そんな言葉をかけて天使はいなくなった。










だから、俺は。








この地獄に住むやつらすべてを殺した。
最後には火を放って、俺と一緒にこの街を燃やした。

お姫様は知らないが。
俺たちは人を食う。
道具にする。
自分さえよければ他はどうなってもいいというやつらだ。

お姫様が実現させたい世界に俺たちは必要ない。

だって、ここはどこまで行っても地獄だし。
そもそも、俺たちは人間じゃなくてゴミだから。


本当の地獄で見守るとするよ。
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