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転生者視点・ 転生者交渉中

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 転生者side

「報告内容はは大体わかったよ蜻蛉君。この僕に命令だなんて生意気にもほどがあるけど、君の所のお師匠さんの頼みだからね……了解とだけは言っておくよ」

 まるで自己顕示欲の塊のような場所。

 金銀財宝に、奴隷にしたワーウルフ、ドワーフ、エルーン様々な種族の女性に囲まれた、龍の頭蓋骨で作られた玉
座のような場所で、お頭と呼ばれる男は机に脚をのせてそう客人に対し感謝とは思えない感謝の言葉を漏らす。

 対談中なのだろうが、その机には羊皮紙やメモの代わりに、酒の瓶や星肉など、彼に合わせた嗜好品が散乱しており、口を開けると女性たちは食べ物や酒をその口へとかいがいしく運んで行く。

 一見すると、介護されているようにも見えなくはないが、彼にとってはそれが当たり前であり自らの力を誇示する方法なのだろう。

 どちらにせよ、おおよそ誰かと会話をするような部屋ではないと、一般的には考えられる部屋ではあるが、しかしながら男にとってはこの光景こそ自らにとって理想的な対談の場所であるらしく、目前の客人に遠慮することなく淡々と己の権力を誇示し続ける。

「ご協力に感謝を」

 その玉座と対面にいるのは、槍を持った竜のような装飾をされた鎧を着た男。

 黒色の鎧は刺々しく、松明の光を鈍く反射させている。

 武人然とした喋り方に、恐ろしいほどまっすぐ伸びた背筋。

 なによりこれだけ特殊な歓迎のされ方をしているというのに、不満を一かけらも見せることなく淡々と報告をする
姿はもはや机を隔てて別世界が広がっているのではないかと思わせるほどだ。
 
 そういう意味では机を挟んで語り合う二人は対照的であり、だからこそ対話は円滑に進んでいた。

「礼なんていいさ、エリクサーの人工的な生産はアウグスティヌスでも不可能だったからね。ここならうってつけの工場になるはずさ」

「土壌もエルフの土地に近く、資源も豊富。ここより適した場所はないでしょう」

「しかし、君たちも危篤だよねぇ。国崩しだなんて、国なんて落として何が楽しいんだか」

「人はみな一国一城の主に一度はあこがれるものかと」

「いつの時代の殿様だよ。時代錯誤ってやつ? いやだねえ物騒で、君の所のお師匠様も物騒じゃなきゃ付き合っ
てやってもいいんだけど。やっぱ女の子は従順じゃないと」
そういうと、お頭と呼ばれる男は、近くにいた奉仕用の女の首をまるでペットかのように優しくなでる。

 女は抵抗する様子もおびえる様子もなく、媚びるように喉を鳴らした。

「……悪趣味な」

 ぼそりと、槍を持った男は小さくつぶやいた。

「何か言ったかい?」

「いや、何でもない」

「まぁいい。国崩しには興味はないけど、この穴倉暮らしにも飽きてきたところさ。そろそろ新しい奴隷も欲しかったところだし、ちょうどよかったよ」

「提示した条件でご納得と解釈しても?」

「仮としてはね……実際に動かしてみなきゃこれが正当な報酬か否かは分からないからね。わかるだろう? この
世界で最も悲惨なことは、ケチがたたった裏切りさ」

「ふむ、では今提示した条件は基本報酬。国崩しが滞りなく成功した暁には、上乗せで成果報酬をお渡しするとい
うのでよろしいか?」

「意外と話が分かるじゃないか」

 にやりと笑みを浮かべ、軽薄そうな男は胸元から何やらハンコのようなものを取り出し羊皮紙に押す。

「契約成立……と」

「では、小生はこれで」

 それを確認すると、蜻蛉切は早々に立ち上がった。

「おいおい、飲んでいきなよ。ここまで長旅だったんだろ? 酒の一つや二つのんだって罰は当たらないぜ?」

「交渉を終えたらすぐに戻れと、師匠に言われている」

「そうなの? 随分と人使い荒いよね君のお師匠さんも。同情するよ」

「まぁ、あの方は特別だからな、では」

 そういうと、蜻蛉切は立ち上がるとお頭の部屋を出ようとし、わざとらしく振り返る。

「あぁ、そういえば伝え忘れていたことが一つ」

「なんだい?」

「近くに、白銀の鎧を纏いし、騎士の転生者が現れる……とのうわさを聞きましてな、一応ご忠告を」

「忠告だって? 僕が騎士なんかに後れを取るとでも?」

「いや、しかしその騎士は自らのことを夜の太陽を名乗っているのだとか」

「よくある話さ、どうせナイトさんの伝説にほれ込んでるキッズだろ? もし仮に噛みついてきたとしても現実を教えてやるよ。騎士は初心者でも扱いやすいだけの職業だ。完全上位互換といわれた僕、【忍】の前じゃ手も足も出ないよ。現に僕を含めたワールドランカー上位百人のうち五十三人は【忍】だったんだから、最強のジョブは忍ってわけ。それに比べて騎士は三人しかいないんだ。君だって僕と同じワールドランカーなんだろ、だったら知ってるはずだぜ?」

「そうだな、ソニックムーブ」

「その名前は止めてくれよ、そんなダサいハンドルネームを名乗り続ける必要はないんだ僕たちは選ばれた存在なんだからね」

 にこりと微笑み、悪辣な笑みを浮かべるソニックムーブ。

 それに蜻蛉切は大きくため息を漏らすと。

「忠告はしたぞ?」

 そういって席を立った。

「あぁ、忠告感謝するよ。部下に送らせるよ、それともこっちのペットを一人二人お土産で持たせようか?」

「結構だ。あいにくと某が求めるのは天上に届く槍の業のみ。女などに現を抜かすつもりはない」

「固いなぁ。まぁご自由にって感じだけど、僕は人の思想は尊重するんだ」

「そうか。ではまた国崩しの時に、くれぐれもエルフ族には……」

「わかってるよ、部下には指一本触れさせてない。あいつらバカだから殺しかねないし、奴隷にしちゃうと従順で
可愛いけど、スキルも知能もなくなっちゃうからね、ほんとNPCって不便だよねぇ」

「では、生きていたらまた……」

 そういうと男はちらりと壁際の隅に視線を移し、鼻を鳴らす。

「大げさだな本当に」

 そんな槍兵の態度が気に食わないといわんばかりに隠すことなく男は舌打ちを漏らすと、見送りをすることもなく
再度酒瓶に入った酒を飲み干した

 パタリ……と悪趣味な扉を閉め、蜻蛉切は盗賊のアジトを見回し含み笑いを浮かべる。

「絵に描いた餅などいくらでも上乗せしてやるさ、ソニックムーブ……」

 そう呟く言葉は誰にも届くことはなく。少し歩調を速めに、男は盗賊のアジトを後にするのであった。
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