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コールオブホーリーガール

新たな依頼

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次の日。

「うぅ……頭痛いです」

 快晴の空の下とは対照的に、表情を曇らせるヤッコの表情。
 目の下の隈に加えて充血した瞳は、明らかに二日酔いと寝不足のものであり。
 フラフラとした足取りでギルドへと向かう。

「いくらなんでも飲みすぎだって。 どこの世界にワイン樽で飲み干す聖女がいるんだよ」

「ここにいます、見ればわかるでしょう……。お酒がおいしいのが悪いんですよ」

「反省どころか反論してきやがった」

「ワイン、悪酔いするって言うから。 はいこれ、飲んで」

 そんなヤッコをフォローしつつ、トンディはポケットから一粒、丸薬のようなものを取り出してヤッコに手渡す。

「これは?」

「熊胆。 クマの胆をを取って乾かしたもの。 結構高価だから本当はおいそれと使わないんだけど。 昨日たくさん取れたから……前作ったのあげる」

「熊の胆ですか。 確かに昔、薬として使用されていたと聞きますが……はむ……っ‼︎?んいにっがぁ」
 
 受け取ったものを口に含んだ瞬間、聖女の顔がくしゃりと潰れ、なんとなくこの反応を予想していたクレールが水を手渡してあげるとヤッコは浴びるように水を飲む。

「胆だもの、苦くてあたりまえ。  だけど臓器不全全般に効く」

「なるほど……。うぷ……良薬は口に苦しということですね。えぇ、確かにこのにがさだけでもいい気つけになりそうです」

「それは何より、二日酔いでクエスト失敗しても困るし……でも、あれだけの傷は直せるのに、二日酔いは治せないなんて意外」

「まぁ、言ってしまえばただの脱水症状ですからね。 空腹とおなじです。 回復魔法ではどうにもならないものだってあるんですよ」

「わかってるなら飲み過ぎるなよ……」

「返す言葉もございません……が、でも全部お酒が悪いんです‼︎」

「……だめだこりゃ」

 アルコール中毒者には何を言ってもムダだと判断をした二人は、深いため息をついて冒険者ギルド……アリアン教会の扉を開く。

 と。

「ぴいいいいいいいぃぃぃ‼︎? キリちゃああん‼︎ お願い下ろしてえぇ‼︎ あと、冒険者さんたちあんまりジロジロ見ないで下さああぁい‼︎」

 なかではギルド内で水着姿で縛られ吊るされた状態のマゾ子の姿があった。

「あれ、マゾ子まだ水着で吊るされてんの?」

「つるされてんの? じゃないよぉクーちゃん‼︎ あんまりですーー‼︎」

 泣きながら抗議をするマゾ子、身じろぎをするたびにマゾ子のたわわはぽよんと揺れ、その度に周りでみている冒険者たちから「おぉ」という声が上がる。

「あそこで半日……随分と長く吊るされてますが、助けてあげなくて良いのですか?」

 ヤッコは少し不憫そうな表情をしてそう語るが、マゾ子の代わりにクエストカウンターに座るキリサメは鼻を鳴らして「あぁ」と頷く。

「お前たち出なきゃ最悪死人が出てたミスだからな。 反省を促すためにあのまま吊るしておこうと言うのがギルドマスターの考えだ。 重ね重ねお前たちには迷惑をかける」

「本当だよ……ギルドマスターかマゾ子か、いつか絶対どっちかに殺されそうだよ」

「ヤッコがいなかったら、危うく私の卵も割れるところだった」

 ふんすと鼻を鳴らしながら内側の胸ポケットに収められた金属の卵を見せるトンディ。
 いつの間に改造をしたのか、ポケットには可愛らしい刺繍とワタが詰め込まれている。

「トンディ、まだそれ持ってたの?」

「そろそろ孵る。 名前はマキナ」

「た、卵‼︎? まさかそれは、トンちゃんとクーちゃんの愛の結晶‼︎ しかももう名前まで二人で決めて……こふっ‼︎?」

 初めて卵の存在を見たヤッコは、鼻血を噴出してその場に倒れる。

「……聖女さまはその……元気そうだな」

 その様子を見ながら、反応に困ったのかキリサメはそんな大人の対応をすると。
 
「ちょっと残念だけどね」

「まぁ、本人は楽しそうだからいいんじゃないか?」

「なるほど? よくわからんが、おまえたちがそう言うならそうなのだろう。 それよりも、今日はどうする?」

 深く考えることをやめたキリサメは、いつも通り低ランクのクエスト帳を開きそう二人に問いかける。

 いつもクエストカウンターにいながらも、バタバタと忙しないマゾ子とは異なり、こなれた様子で事務をこなすアキに、トンディとクレールは安堵して依頼を受けることにする。

「昨日受けられなかったダンジョン探索を受ける」

「マゾ子が地図を渡し間違えたやつだな……いいだろう、ちょっとまて……これだな」

 そう言うとキリサメはごそごそとカウンター内を漁り、一枚の地図を取り出してトンディたちに手渡す。

 受け取った地図を見ると、そこには渡された地図と真反対の場所が描かれている。

「地図……反対方向」

「よくこれで間違えられたな……まぁマゾ子だからもう驚かないけど」

 呆れたように吊るされたマゾ子を見ると、冒険者に眺められながら未だにミノムシのように揺れている。

「……面目無い。 内容はいつも通り、ダンジョンの脅威レベルを測ること……。可能であれば簡単なマップの作成をして……脅威があれば」

「可能な限り排除……だろ?」

 聞きなれた言葉にクレールは退屈気味にそう言うと、キリサメは満足げに嘆息して頷く。

「そのとおりだ。 ギルドの先遣隊の情報では、周囲には特段危険物は見つからなかったが、いくつか罠の痕跡……それも魔法によるものが見つかっているらしく、我々ギルドはこのダンジョンを【魔道士のダンジョン】と名付けることにした」

「安直だな」

「意外とネーミングセンス、ない」

「う、うるさい‼︎ 知ってると思うが魔法の痕跡があると言うことは、中にスケルトンメイジやオークウイザードみたいな魔法を操る魔物が潜んでいる可能性が高い。十分注意してくれ」

「はいよ……了解」

 脅すような言葉を告げるキリサメであるが、スケルトンメイジもオークウイザードもcらランクの魔物であり、クレールとトンディ……そしてヤッコの敵ではない。

そのため、クレールはキリサメの言葉に軽く返事を返し、トンディはクエスト受注のために判子をもらおうと手を伸ばすが。

「……ま、まってください‼︎」

「ん?」

 そのクエストの受付を、ひとりの少女の声が遮ったのであった。


 振り返るとそこには、金髪碧眼の少女。 三つ編みにされた長い髪にそばかすのある顔は、いかにも年頃の少女といった感じであり……とてもではないが冒険者ギルドには似つかわしくない風貌であり、ふるふると怯えながらも、しかしまっすぐとトンディとクレールたちを見つめている。

 とうぜん二人には面識はない。

「えと……あなただぁれ?」

 トンディの質問にびくりと少女は体を震わせると、二、三度どもりながらも絞り出すように言葉を発する。

「あ、あの。 S ランクパーティーのトンディさんと、クレールさんですよね」

 そう恐る恐る尋ねてくる少女に二人は顔を見合わせた。
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