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コールオブホーリーガール

危険な人探し

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振り返るとそこには、金髪碧眼の少女。 三つ編みにされた長い髪にそばかすのある顔は、いかにも年頃の少女といった感じであり……とてもではないが冒険者ギルドには似つかわしくない風貌であり、ふるふると怯えながらも、しかしまっすぐとトンディとクレールたちを見つめている。

 とうぜん二人には面識はない。

「えと……あなただぁれ?」

 トンディの質問にびくりと少女は体を震わせると、二、三度どもりながらも絞り出すように言葉を発する。

「あ、あの。 S ランクパーティーのトンディさんと、クレールさんですよね」

「え、あぁ、そうだけど」

「あの、私この街で鐘守りをしています。 アイシャと申します」

「鐘……あぁ、いつもゴンゴンやってる」

「はい」

「それで、その鐘守りが私たちになにか御用?」

「え、えと……森の魔物を退治したお方だと聞いて、少しお話を聞いていただけたくて……この街にはきっと、おふたり以外には依頼できる人がいないから」

「……依頼?」

 依頼という言葉にトンディとクレールは首を傾げ、キリサメはきっと鋭い眼光で少女を睨む。

「依頼ならギルドを通せ。 個人間での依頼のやり取りは秩序の乱れにつながる。 子供といえど、このギルド内ではその規則は絶対のルールだ」

「ひっ……あの、その、私」

 びくりと体を震わせて怯える少女。
 
 いまにも逃げ出してしまいそうなほど気の弱そうな彼女であったが。
 それでも瞳に涙を浮かべながらその場に踏みとどまる。

 ……気弱な年端もいかない少女をそこまでさせる何かがある。
 いたずらや酔狂で二人に声をかけた訳ではないことはそれだけで理解ができ。

 その姿を床で倒れながら見ていたヤッコは、鼻から血を流した状態で身を起こすと、キリサメに声をかける。

「キリサメさん、あなたの言い分は正しいですがひとつだけ誤りがあります。 Sランク冒険者には、教会の人間の立会いのもと、個人の依頼を引き受ける権利があるはず」

「むっ……聖女さま。 しかし」

 ヤッコの言葉に、キリサメは困ったような表情を浮かべ反論をしようとするが。

「話だけでも聞いてあげようぜ? キリサメ、私たちは別に構わないし何より」

「困ってる人を助けるのは、冒険者なら当たり前」

 ヤッコ、トンディ、クレール三人の満場一致。

 その姿にキリサメは口を尖らせて眉間にしわをよせるが。
 結局反論が浮かばなかったのか、ため息をひとつ漏らして、クエスト帳をとじるのであった。



 冒険者ギルドの待合室にて、ギルド副会長であるキリサメと、アリアン教会聖女ナグリヤッコ・シャトー・マルゴーの立会いのもと、話は進められる。

「それで、依頼というのは?」

「えと……その、行方不明になった父を探して欲しいのです」

「父、というと?」

「父の名前はガイアス。 鐘守りの仕事を私にひきついでからは、外れの地区で独り何でも屋をひらいていました」

「なんでもや……あぁ、利用したことある。 探し物専門の何でも屋……クレールの【ダネル】探してくれた」

「そうなの?」

「私も存じていますねぇ。 何でも屋ガイアス……何でも屋とは名乗っていますが、基本はもの探しや人探し、果ては事件の捜査など探偵に近い仕事を多くこなしてきた方ですね。 腕は一流で、たしか王都の【小波館連続殺人事件】を見事解決に導いたことで一躍有名になって……第二王女暗殺計画を水際で食い止めたとか」

「第二王女暗殺……あー‼︎‼︎ あの時のおっさんか‼︎ 一緒に仕事したことあるな‼︎ まさかこんなところに住んでたなんて、世間って随分狭いもんだな」

「……クレールさん、第二王女暗殺計画の時現場にいらしたんですか?」

「え? あぁまぁ……一時期その、護衛として雇われてたこともあって。私、魔物よりも人相手の方が得意だからさ」

「なるほど、あの身のこなしは只者ではないと思っていましたが。納得です」

 一人納得をするヤッコに、クレールは複雑そうな表情をしながらも、アイシャの方へと視線を戻す。

「それで、あの何でも屋が行方不明っていうのはどういうことだ? あいつ一人でもSランク冒険者ぐらいの実力はあったはずだけど」

「……仕事がながびいているだけなんじゃないか?」

「えぇ、仕事に余計な首を突っ込んで長引いてしまう。 というのはいつものことなので、一ヶ月音沙汰がなくても、私もさして気にはしてなかったんですが。 昨日……父の使うハトからこれが届きまして」

 そう言って差し出されたのは一枚の手紙。
 羊皮紙には赤黒いインクで

【この手紙をギルドに、クロノアに渡せ。ウスの異本に近づき、私を見つけてくれ】

 と書かれている。
 震える文字は、とてもまともな状態で書かれたものではないことを物語っており。
 ヤッコは顔をしかめ。

 クレールとトンディは目を見開いて互いに顔を見合わせた。

「ウスの異本……」

「これは……血で書かれている。なるほど、ギルドに緊急で駆け込むのも納得だ」
 
 キリサメは羊皮紙の匂いを嗅いで表情を歪める。 

「はい……何かに巻き込まれた可能性があります。 父は仕事のことについてはいつも何も教えてくれませんでしたが。この依頼の準備をしている時、どこか緊張しているようにも感じました」

「ウスの異本……全ての未来と歴史が記された予言書」

「ゲイト様……トンちゃんのお父様も確か、この予言書を探している最中に行方不明になったとお聞きしましたが」

「うん……今回の件と全く同じ」

 トンディは静かに頷く。
 
 小さく呟いた返事であったが、部屋の空気がピンと張りつめたのを、クレールは感じる。

「依頼主はわかる? アイシャちゃん」

 優しく、だけどどこか殺気のようなものを放ちながらトンディはアイシャに問いかける。
 その瞳は鋭く、アイシャは一瞬息が詰まりそうになったのか小さく嗚咽を漏らし。

「わ、わかりません。 依頼主の情報は……その、ち、父は絶対に漏らさないので」

「まぁそうだろうな……となると、手がかりはこの羊皮紙だけど」

 そういうとクレールは、キリサメが持っていた羊皮紙を取り上げると机の上に広げると、バッグの中からレンズを取り出し羊皮紙を見る。

「な、何を?」

「これが書かれた場所をまず特定する……詳しい場所まではわからないかもしれないけれど、わざわざトンディを頼れって言ってんだ。何か手がかりを残してるはずだ」
 
「それじゃあ、依頼をうけてくださるのですか?」

「もともと私たちの冒険の目的はウスの異本。この依頼を受けない理由はない。いいよねキリサメ?」

「まぁ、ギルドの方針は人命最優先だ……アイシャ、お前の依頼を認めよう」

「あ、ありがとうございます‼︎」

 ため息混じりにキリサメはそういうと、先程からこっそり作成していた。~行方不明になった父親の捜索~と書かれた紙にギルドの蝋印を押す。

「ふふふっ、キリサメさんはなんだかんだ言ってお優しい方なのですね」

 そんなキリサメをからかうように、ヤッコは含み笑いを浮かべてそういうと、キリサメは顔を赤くして口を尖らせる。

「茶化さないでください聖女様、あくまでルールに従ったまでです……判定は甘々で」

 ふてくされるようにそういうと、部屋を出て行くキリサメをヤッコは見送り、視線を再び羊皮紙へと戻す。

 ヤッコにはただの羊皮紙と助けを求める手紙にしか見えないが。
 トンディとクレールはそれだけではない何かを探している。
 それだけはヤッコにも理解ができ、アイシャとともに二人を見守る。

「……トンディ。 血の固まり具合から時間とか判別できない?」

「無理、一時間とかなら乾き具合でいろいろわかるけど、ここまで乾いちゃってると一日以上経過してるってことしか分からない」

「そうだよなぁ……血文字でしかも指で書かれているってことは、かなり閉鎖的な場所で自由がきかない状態ってこと。そして場所を書かないでウスの異本を辿れとしか書かないってことは」

「場所が自分でも分からない……ということでしょうか?」

「そうなるね、ダンジョン探索をしてたらテレポーテーションで飛ばされたって可能性もあるけど」

「テレポートで飛ばされたならそれこそ飛ばされた地点を書くはず。罠を分析すれば飛ばされた座標は割り出せるから」

「となると……誰かに連れ去られて監禁されてる……てのが有力だけど」

「誰に……どこでが分からない」
 
 トンディの言葉に全員が息を吐き、思考するように頭を抱える。

 他の手がかりが見つからないなか、うーんと唸りながらその羊皮紙を見つめていると。
  
「あ、近づきって、もしかして……」

 ヤッコは一人感心したような言葉を呟く。

「何かわかったのか?」

「いえ、ウスの異本に近づき、私を見つけてくれ。一見違和感のある文章ですが。仮にこの部分に意味があると仮定するなら、ウスの異本を見つける必要はない……ウスの異本に近づけば、自ずとむこうからやってきてくれる集団がある、ということなのではないでしょうか?」
 
 そう呟く。

「なるほど……」

 ヤッコの言葉に、トンディは一つ手を打ち。

「だけどそれが本当だとすると、私たちこの一年間ウスの異本に近づけてすらいなかったっていうことだけど」

 クレールは渋い顔をしてそう呟いた。

「ま、まぁあくまで仮定でございますし……」

「近づけてないならそれがわかっただけでも僥倖。 ヤッコの推理は可能性が高い……あとは、この手紙をどこで出したかがわかればいいんだけど」

「そうだなぁ……身動きが取れない状態じゃ、炙り出しみたいな仕込みも無理だろうし……」

 ふぅむと頭を悩ませるクレールに、トンディはなにかがひらめいたように耳をピンと立てると。

「あ、クレール。 ちょっとレンズ貸して」

「え? あ、おい」

「何か? わかったんですか?」

「クロノア……私を頼れということは、私にしか分からないメッセージがあるってこと……そうなれば答えは一つ」

 クレールからレンズを奪い取るとトンディは羊皮紙の血文字の中を入念に見る。

 一文字一文字……文字をなぞるように見つめるトンディ。

 文字の内容ではなく、文字の中身を見つめる彼女はやがて再度耳をピンと立てると。
 ブーツナイフで羊皮紙の文字を……固まった血を削り始める。

「トンディ……なにを?」

「これを見て」

 パラパラと粉のように崩れる血液。 その中からコロンと、1ミリほどの大きさの虫の死骸が転がり落ちる。
 
 血がついているが、その虫をトンディはしばらくレンズ越しに凝視すると。

「……エリンディアナヒメコガネ。 この辺りにしか居ない虫で、夜は森で樹液を吸って昼は暗がりに隠れる虫。この地域のどこか。お父さんは森の近くに捕まってる」

「この近くに……」 

 トンディの言葉に、アイシャの瞳に希望が差し込むように少し光が戻る。

 だが。

「きしゃあぁああああああぁ」

不気味で不快感をくすぐるような声と共に、窓を破って一つの黒い塊がアイシャへと向かい手に持ったナイフを振り下ろした。

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