新人魔導士と過保護な先輩

トキどき

文字の大きさ
19 / 114

18.洗礼

しおりを挟む
「やっと…おわっ…」

 リントは、壁に手をついたまま、ずるずるとその場に座り込んだ。
 すべてが終わったのは、日が暮れる寸前だった。
 遠くの空が赤く染まり始めている。

 今日ほど日頃の運動不足を呪った日はないだろう。
 話そうにも、息がとぎれとぎれになってしまう。
 この後、同じだけの距離を歩いて帰らなければいけないかと思うと、憂鬱でしかない。

「はい、お疲れ様。頑張ったね」
「すみませ…ん」

 ユールが手渡してくれた飲み物をこくこくと、喉へ一気に流し込んだ。
 ふわりと甘い香りが口の中を満たすとともに、体が軽くなるのを感じる。

「これ、回復薬ですか?」
「そ。俺のお手製。甘くて美味しいでしょ?」
「はい。果実水みたいでした。普通はもっと苦いですよね?」

 実習で作った回復薬は、なかなかの苦さだったと記憶している。

「あの味嫌いだったから、改良したんだ」

 あっさり言うが、そんな簡単に改良できるならすでに製品化しているのではなかろうか。
 疑問に思って聞いてみると、『薬は苦いほうが良いんだよ』と返ってきた。
 飲みたくない味の方が、気軽に頼らなくなるし、製造工程が増えるとただでさえ高い価格が更に吊り上がってしまうからだという。
 口には出さなかったが、後半はともかく、前半の説明からすると、ユールはそれなりに使用頻度が高そうな気がして、少し心配になってしまった。

「先輩って優秀なんですね」
「リントに褒められるなら、頑張った甲斐があったな」

 お世辞ではなく、素直にそう思う。
 ユールは少し照れつつも破顔した。

「じゃぁ、ついでに第2問。1人の担当が10㎞だとすると、全部の壁に充填するには、何人必要でしょうか?」
「200人ですね」

 簡単な計算だ。リントは即座に答えた。

「で、現在の魔導士の数は?」
「300人弱だったかと…」

 専科の授業で聞いた気がするが、正直うろ覚えだった。

「正確には296人。うち魔導士庁に籍を置いているのが254人。役職が上の人間は基本現場には出ないし、研究中心の奴らも同じ。だからこの仕事をしている人間はもっと少ない。結構ぎりぎりの人数で回してる」

 言われてみれば尤もな話だが、そこまで気にしたことがなかった。

「もちろん、登録している魔導士や魔法使いで補填することもある。でも、急遽倍の量頼まれることなんてざらだし、身内の恥だからあんまり言いたくないんだけど、適当な仕事してる奴もいる。そいう奴の後に入るといつもよりたくさん魔力使わないといけなくなるから、回復薬は常備。市販品は高いから、自分で作る。材料は庁舎でも育ててるけど、この辺りは自生しているから、それ使ったりもしてるね。そのうちリントにも教えるけど、しばらくは俺のを使って。慣れるまでは壁に集中ね」
「あの、お支払いはどうすればいいですか」
「いらないよ。原料は全部魔導士庁のものだし、回復薬を作るのも仕事のうちだから」
「でも」
「じゃあ作れるようになったら返して。とびきり美味しいの」

 それまでは借りておけということか。
 新人なので仕方がないが、人に借りを作るのは正直苦手だ。

「ちなみに、明日からはもう少し楽になると思うよ。ペガサスで移動するから」
「ペガサスで移動…?」

 リントは聞き捨てならない言葉を拾って聞き返した。

「そう。専科で実習あったから乗れるでしょ?」

 乗れる。
 でも、今聞きたいことはそれじゃない。

「だったらなんで今日は歩きだったんですか?」

 その言葉を待っていたかのように、ユールは晴れやかに笑った。

「伝統行事。新人への洗礼ってやつだね」
「!!」

 言葉にしたいが、言葉にならない。
 このもどかしさをどこにぶつければいいのだろう。

「ごめんね。その代わり帰りはペガサスで帰るから」
 
 ユールの指先を辿ると、少し先の木陰に隊員とペガサスが2頭待っているのが見えた。
 今日はもう歩かなくていいという事実に、リントは心の底から安堵したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...