新人魔導士と過保護な先輩

トキどき

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19.歓迎会

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『回復薬を飲んだので大丈夫』だとリントは言ったのだが、『慣れない事ばかりで疲れただろうから』とユールが譲らなかった為、帰りはペガサスの手綱も転移魔法もお任せしてしまった。
 精神的に疲弊していたのは事実なので、正直とてもありがたい。

 庁舎の転移室を出ると、窓の外は暗闇に包まれていた。
 今日の予定はこれで終わり。
 あとは帰って寝るだけだ。

 荷物を取りに、朝礼のあった部屋へと戻る。
 ユールは相変わらずのエスコートぶりだった。
 ほんの2日だが、今までの経験から、リントはもう何も言うまいと心に決めていた。

「「「お疲れ様―」」」

 ユールが開けてくれた扉をくぐると、底抜けに明るい声と、たくさんの魔導士達が待ち構えていた。
 机には色とりどりの料理が所狭しと並び、リントの腰ほどの書棚の上には展示品のようにずらりと飲物が並んでいる。

 有名な銘柄から、見たことのないものまで様々だ。
 酒瓶の量が格段に多い気がするのは気のせいだと思いたい。
 呆然と入口に立ち尽していると、課長が近づいてきた。

「現場初日、お疲れ様でした」
「課長」
「ささやかながら、歓迎会です」

『どうぞ』と課長から手渡されたのは、小さめのショットグラスだった。
 緑色の細長い瓶から透明な液体が並々と注がれる。

 リントはお酒に弱い。
 強いお酒をあおれば、確実に倒れる。
 なんと言って断れば良いのかと疲れた頭でぐるぐる考えていると、見越したように課長が笑った。

「安心してください。中身は回復薬です。昨日挨拶できなかった方もいますから、顔合わせも兼ねて皆から受けてください」

 回復薬と聞いて安心したリントは、『いただきます』と言って、一気に飲み干した。

 味は、残念ながらリントのよく知る通常の回復薬だった。
 たぶん、この苦い回復薬をたらふく飲まされるまでが『洗礼』なのだろう。
 ユールの美味しい回復薬を知ってしまった後では苦さが倍増だ。

 ちょっぴり恨めしくなってしまい、後ろにいたはずの彼を探したが、すでに宴会の輪に紛れてしまったようで、見つけられなかった。
 昨日の挨拶の際はずっと隣にいてくれたので、なんだか心許ない。

 次に目の前に立った男は、昨日のあいさつ回りでは会わなかった人物だった。
 課長から瓶を受け取り、空いたグラスを満たしてくれる。
 彼は、課長補佐のハリス・ウィリーと名乗った。
 恰幅が良いせいか、課長よりもよほど貫禄がある。
 懐中時計の金鎖が嫌味なほどに光っていた。

 上役らしく労いの言葉をかけてはくれたが、その後の話でリントが一般家庭の出自とわかると、興味を失ったらしい。
 さっさと話しを切り上げて去っていった。
 変に興味を持たれても厄介なだけだ。
 かえってありがたいが、ああいう人はどこにでもいるものだな、とリントは思った。

 代わる代わる挨拶をされ、グラスを空ける。
 必死に特徴を見つけ、名前と顔を一致させていたのだが、同じ作業を30回繰り返したところで、さすがに記憶があいまいになってきた。
 あとでユールに答え合わせをお願いしたほうがいいかもしれない。

 頭と共に、リントのおなかも限界に近かった。
 気を使って、注ぐ量を抑えてくれる人がほとんどだが、縁ぎりぎりまで注いでくる厄介な人もそれなりにいる。

 瓶の中身はようやく3分の1まで減ったところだ。
 回復薬なのだから、摂取した水分も無かったことにしてくれればいいのに、とグラスを見つめながら無茶なことを思ってしまった。

「大丈夫?」

 聞きなれた声に顔を上げる。
 タイミングよく現れたのはユールだった。
 
「たぷたぷしてます」

 周りに聞こえないよう、小声で告げる。
 苦笑しながら、ユールは先ほどから飲み続けている瓶を傾けつつ、口を親指で押さえて中身が出ないようにした。
 代わりに瓶に隠れるように持っていた小瓶からとろりとした液体を注ぐ。

「それ、飲んで。ちょっとは楽になると思うから」

 勧められるままに口にすると、舌にどろりと絡みついたそれは、水あめのように甘かった。
 ほんのり身体が暖かくなり、胃の重さが軽くなった気がする。
 中身を聞きたいところだったが、次が待っているのでそうもいかない。
 リントの様子から効果があったと分かったのか、ユールは『もうちょっとだから頑張ってね』と目くばせをすると、次の人に瓶を渡して踵を返してしまった。

 その背を見つめていると、あっという間に人に囲まれ、頭だけしか見えなくなる。
 囲んでいるのはほとんどが女性だ。
 現場に出ていることの多いユールと長く話せる機会はなかなかないので、ここぞとばかりに自己主張している。

「ユール、優しいだろ?」
「マフィーさん」
「グレイでいいよ」

 ユールの次に注ぎにきてくれたのは、昨日紹介されたユールの同期だ。
 お互いにとても砕けた口調で話していたので、気心知れた仲なのだろうと思って眺めていたのを覚えている。

「そうですね。ちょっと過剰すぎる気もしますが」

 『過剰』の言葉に、グレイが納得の顔をした。

「あいつの母親、元貴族なんだ。隣国じゃあれが普通らしい」
「貴族…」

 リントには縁のない相手だ。
 隣国の貴族を伴侶に迎えるとは、ユールの父親はきっと格式のある家柄なのだろう。

「そう貴族。けど、やっぱり勘違いするよな―普通。学生の時なんてそれでよく揉め事起こしてさ。俺そのたびに仲裁に駆り出されて。ま、ユールのおかげで俺もおこぼれもらってたし、あいつも適当に喰ってたからお互い様なんだろうけど」

「くって…」

 無意識に声が出てしまっていた。

「あ、言い方悪かったな。ごめん。とにかくユールの奴、後輩ができるのを本当に楽しみにしてたんだ。仕事仲間として付き合う分にはすごくいいやつだから仲良くしてやって」

『またね』と陽気に手を振りながら輪の中へ消えていった男は、相当酔っているに違いない。
 勘違いしないように先に釘を刺してくれたのだろうが、ついでに口が滑ったのだろう。
 ユールが女性にもてるだろうことは見ていればわかるし、正直他人を巻き込むいざこざはどうかと思うが、恋愛観は人それぞれだ。

 ただ、ユールがリントに『いい先輩』という自分を見て欲しいと思っているなら、その印象を崩してしまうような事は知ってほしくないだろう。

 どうせ自分には関係のない話だ。さっきの話は聞かなかったことにしよう。
 リントはそう決めたのだった。
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