散華へのモラトリアム

第一章

その華は拙く演じる 1

都内某所。
夜の光が上品に美しく宝石のように感じられるのは、限られた場所。
オフィスビルが立ち並ぶ区域に、一際高く作られたビルの一角にある華やかなフレンチレストラン。
限られた場所であるその場所は景色を楽しめるようにと、窓際に一部屋ずつ作られた完全個室。
店に流れている微かなクラシックミュージックの音以外は、本当に人が働いているのかと思えるほど、静かすぎる程静か。グラスを傾ければ、出されたシャンパンを飲む音さえ聞かれてしまうような気がする。
ただ美しく可憐に見せるためだけのドレスは動きにくく、わずかに雑な動きをすれば、簡単にドレスのラインを変えてしまう。それでも慣れたものの所作でどこまでも繊細に品良く見せるのが、これを装うものの務めとなる。
柔らかい笑みを向かい合う男性に見せれば、相手の目線にどこか色めいたものを感じるが、気づかない振りをする。
それを対処できるだけの余裕なんてない。

「本当にいつ見ても可愛らしいお嬢さんだ」 

ため息まじりに欲を滲にじませた響き。
その低い掠れた声が胸を刺し、悔しさで心が砕けそうだった。 
仮面を被る様に怒りを胸の中に閉まって、無邪気に微笑んで見せれば、満足げに相手が目を細める。 
熟れすぎた濃い欲がちらつけば、年相応の潔癖さを持ち合わせた瑞華は、跳ねのけたくなるがそれは出来なかった。
許されて、いない。

悔しい。 

無遠慮に自分を所有物と確信している表情に。
テーブルの下に置いた手をぐっと握り締め、ひたすら自分が得た時間を守るためだけに己を律する。 

「貴女を婚約者と発表出来る日が楽しみだ」 
無神経に言い放つ声に頭に血が上ったが、微笑むだけ。 
父親程に歳の離れた、その男性に逆らってはならないのだ。 

そんなことをすれば･･･今すぐに 
大学の卒業も待たずに結婚させられてしまう。 

これは散華へのモラトリアムなのだから。