散華へのモラトリアム

一華

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第四章

華は友愛に力を借りて 1

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ランチタイム時のとあるカフェ。
夜にはジャズ喫茶にもなるレトロな雰囲気が人気のこの店には、ステージがあり、ピアノが設置されている。
平日の昼の時間帯には、近隣の大学生がバイトでピアノ演奏することで人気の店だ。
今も一人、ストレートの長い髪を一つにまとめ、青のワンピースを着た勝気そうな顔の女性が一人ピアノを弾いている。
曲は彼女の好きなショパンのものがほとんどで、細かい波打つような旋律さえ繊細に滑らかに弾きあげていく。
瑞華は久しぶりに聞くその音に穏やかな気持ちを覚えながら、紅茶に一口飲んだ。

ピアニストの名前は安達美沙。
瑞華の幼い頃からの友人で、小中学生時代のピアノの先生の娘だ。
母の誘いで、先生が花宮家に来てくれる際に一緒に来た彼女とは、同い年なこともあって随分仲良くしてる。
勘の良い子で、猫かぶりがほとんど通用しなかったのも驚きだった。
瑞華のそんなところも嫌わないどころかフォローしてくれたり、息抜きに飲みに連れ出したり、変装用にと洋服をプレゼントしてくれたのも彼女だ。

高校に入学し、勉強の忙しさにピアノは辞めてしまおうとした瑞華を引き止め、『私が今まで以上に勉強して教えてあげるから、弾くことは辞めないって約束して』と詰め寄ったのは彼女だった。
その言葉どおりたまに学業の空いた時間には瑞華の家に来て、不器用ながらにピアノの先生をしてくれた。
美沙が音大に入ってからは、コンテストやコンサートがあると、会う機会が激減したのだが、瑞華も指がピアノを忘れないよう弾き続けることを辞めなかったのは彼女の影響だ。

どうしてそんなに瑞華にピアノを弾かせたいのか聞くと、
『瑞華はピアノを自由に弾いてる時が一番自分らしくて綺麗だから、辞めさせたくなかったのよ』
と、言い切ったことは忘れようもない。
瑞華の演奏が上手だから、ということではない。
猫を被って人と付き合う瑞華より、本当の姿が一番好きだと言っているのだ。そのことが分かってしまえば、ピアノは辞めれなくなった。
彼女とは本音と本心で今まで付き合ってきた。今ではそれが幸運なことだと分かる。

その彼女に誘われても、ここ最近の状況を話すのが嫌で、忙しいのを理由に誘われても会う機会を随分作らなかった。だが、タイミング良く、海に行った日の夜の連絡に、思わず久々に会いたくなった。
そうして今日。

待ち合わせなので、カウンターの隅で、食事はとらずに演奏が終わるのを待つ。
その音楽の色は、決して瑞華を待たせて飽きさせることはなく、彼女の内面の感情の豊かさを表現するように、お店の中の雰囲気を巻き込んでいて、それが心地よいくらいである。

ーああ、しかし。
瑞華は、ふとあの海の日のことを思い出して顔を赤らめた。
結局、風人と海に泳ぎに出たものの、興に乗った風人に随分沖の方まで案内されてしまい大変だった。
妹の世話で慣れているのだろうか、こまごまと気を使いながら案内してくれたのは助かるのだけど、やたら距離が近くて動揺を隠せなかった。
相手はそれを自分に対して反抗してるのだと思い込んでいるのだから、ある意味では性質がわるい。
いや、いっそ。それなら少しは放っておいてくれればと思うのに。
『こんなとこで置いていったりしたら、冗談にもならないでしょうが』と一笑されたことも。
その一連の思い出が楽しかったと瑞華の脳にインプットされている。
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