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第一章 4月
お姉さま、事件です ★3★
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一度全員を見渡すと、遥先輩と凛子先輩に、お騒がせしてます、と頭を下げた。
いつもと少し空気が違って、落ち込んでいるようにも見える。
顔を上げた薫は、気遣ったように二人の先輩を見た。
「部屋に入る前に、ちょっと聞こえてましたけど、凛子先輩も間違ってはないですよ。私は今日の今日まで、そのうちなんとかなると思ってたんで、口を挟まれても断ってたと思います」
「それじゃあ、今日はなんともならないと思ったということ?」
遥先輩に聞かれて、薫は困ったように頭をかいた。
ふいに、ふわりとシャンプーの匂いが漂ってきて、薫が既にお風呂を済ませたことに気付く。
部屋着のラフなTシャツとランニングズボン。
そんなに前に帰ってきたわけでもないだろうから、寮に帰ってきてすぐ、ざっくり体を洗ってきたという所か。
それで花奏とすれ違ったのだろう。
夕食は食べてないかも知れない。
何事かあった薫が、まさかのんびりするために入浴タイムを設けたとは考えにくい
そもそものんびりしていたなら、今、ここに来る理由もない。
気持ちを切り替えるためだと思うのが自然だ。
薫、大丈夫なのかな?
心配になりつつ、先輩方の手前、中々口には出ない。
「まあ、今日は流石に」
凛子先輩に座るように促されて、遥先輩が席を譲ると、薫は素直に椅子にかけた。
「聞いたかもしれませんが」
と今日の出来事を話し始めた。
時は少し遡り、陸上部の部室にて。
今日も陸上部としてのトレーニングをまださせてもらっていない薫は、少しばかり状況に呆れてしまっていた。
ここ数日はずっとこんな感じだ。
入学前から薫をメンティにしようと声を掛けてきたのが、2年生の前田光希先輩。
前田先輩は3年の陸上部部長である有沢綾さんを助言者に持っている。
陸上部は代々、部長が次期部長とペアになるのが伝統らしく、薫はいずれ部長になるようにと声を掛けられたらしい。
とは言え、そういったことに薫は興味がない。
最初はのらりくらりと。それでも諦めて貰えないので、理由は言わずにはっきりと断ったのが、結局2年生全員の気に障ったらしい。
2年生一同に陸上部のメニューを断られた時は、確かに困ったが、それでもその時間、自主トレくらいは出来たのでそんなに気にしなかった。
そもそも体が動かせれば良いと思うところが薫にはある。
だが、ここ数日は違う。部長が二年生の話を聞いている時間は、それなりに体を動かすことも出来たが、どちらかと言えば部長は二年生側。薫の説得をするつもりだ。
相手の状況や気持ちを説明して、薫に折れるように説得をしてくる。
納得しないで時間がたち部活動の時間が短くなると、仕方ないとようやく練習に行かせてくれるという繰り返しだった。
しかも今日は自主トレで軽く汗を流した程度の所で、先に話に決着をつけましょうと部室に呼び出され、いつもより体を動かせてもいない。
そのことで少々苛立ち、口が軽くなってしまってたように思う。
いつも通り、前田先輩のペアになるように説得をし始めた有沢部長の話を遮るように口を開いた。
「失礼ですが前田先輩はここ最近、スランプのようにも思えます。元々の記録も私が早いくらいです。私がペアになることで本当にお互いにプラスになると思いますか?」
「......」
「私は、前田先輩とペアになる気はないんですよ。そもそも助言者になる前に、前田先輩は今の自分の問題を解決したほうがいいと思います。そうでなければ、前田先輩も私もお互いで足を引っ張り合うだけです」
やれやれ、といった感じでそう付け加えると 、陸上部部長である3年生、有沢先輩は眉を顰めて黙り込んでしまった。
真面目で、争い事を好まない穏やかな性格の有沢部長は、2年生の言い分を聞いてから、やんわりと前田先輩とペアになるように薫に勧め続けていた。
そうすれば2年生との関係は、有沢部長が改善出来るようにするからどうかと。
その言い方は、押しつけることもなく、本当にそれが一番良いのだと思っている口振りだ。
前田先輩のメンティーになる必要性を全く感じていない薫は、有沢部長の言い分が理解出来ず、その少し的外れに見える様子に、つい判断を誤った。
これは相手側には言ってはならないと思っていたことを、理由として口にしてしまったのだ。
『自分より記録の出ない人に教わることはない』
これは本心ではあったが、有沢部長の表情を見ると、やはり言うべきことではなかった。
薫がペアになるのを断った前田光希さんは、他でもない有沢部長のメンティーである。
可愛がっているペアの後輩が、こんな言われ方をすれば機嫌が悪くなるのは当たり前の話だ。
これは有沢部長からも叱られるなと覚悟を決めた。その時。
「そう。そうね。分かったわ」
有沢部長は、そう言って深く頷いた。
その眼差しの深い色に、薫がぎょっとして何が分かったのか聞き返そうとすると、その前にさっと部室を出ていってしまった。
どうしたのかと後を追うと、様子を伺っていた2年生の中から、前田先輩を呼んだところだった。
小走りで前田先輩が有沢部長の前に立つと、有沢部長は難しい顔をしたまま、少し考え込んでから口を開いた。
「光希。私のバッチを返しなさい」
「え」
有沢部長とは全く違う、気の強そうな目をした前田先輩は、意味が分からないといった顔をしている。
「あなたとのペアは解消します」
「待ってください、お姉さま」
慌てたように前田先輩は有沢部長の手を取った。
「高村さんを練習に参加させなかったことを怒っていらっしゃるんですか?」
「そうではないわ」
落ち着いて首を振った有沢部長は、どこか淡々とした口調で続けた。
「あなたは、高村さんが陸上部のエースになると思って、自分のペアにしようと思ったんでしょう?」
「それは、そうです」
「私も高村さんはもっと実力を伸ばせると思うの」
そう言って有沢部長は言葉を途切れさせた。迷うように一瞬考えてから、口を開く。
「だから、あなたが彼女の助言者になれないのなら、私がなるのがベストだと思うの」
「え」
「あなたとのペアを解消して、高村さんの助言者になると言っているの」
いつもと少し空気が違って、落ち込んでいるようにも見える。
顔を上げた薫は、気遣ったように二人の先輩を見た。
「部屋に入る前に、ちょっと聞こえてましたけど、凛子先輩も間違ってはないですよ。私は今日の今日まで、そのうちなんとかなると思ってたんで、口を挟まれても断ってたと思います」
「それじゃあ、今日はなんともならないと思ったということ?」
遥先輩に聞かれて、薫は困ったように頭をかいた。
ふいに、ふわりとシャンプーの匂いが漂ってきて、薫が既にお風呂を済ませたことに気付く。
部屋着のラフなTシャツとランニングズボン。
そんなに前に帰ってきたわけでもないだろうから、寮に帰ってきてすぐ、ざっくり体を洗ってきたという所か。
それで花奏とすれ違ったのだろう。
夕食は食べてないかも知れない。
何事かあった薫が、まさかのんびりするために入浴タイムを設けたとは考えにくい
そもそものんびりしていたなら、今、ここに来る理由もない。
気持ちを切り替えるためだと思うのが自然だ。
薫、大丈夫なのかな?
心配になりつつ、先輩方の手前、中々口には出ない。
「まあ、今日は流石に」
凛子先輩に座るように促されて、遥先輩が席を譲ると、薫は素直に椅子にかけた。
「聞いたかもしれませんが」
と今日の出来事を話し始めた。
時は少し遡り、陸上部の部室にて。
今日も陸上部としてのトレーニングをまださせてもらっていない薫は、少しばかり状況に呆れてしまっていた。
ここ数日はずっとこんな感じだ。
入学前から薫をメンティにしようと声を掛けてきたのが、2年生の前田光希先輩。
前田先輩は3年の陸上部部長である有沢綾さんを助言者に持っている。
陸上部は代々、部長が次期部長とペアになるのが伝統らしく、薫はいずれ部長になるようにと声を掛けられたらしい。
とは言え、そういったことに薫は興味がない。
最初はのらりくらりと。それでも諦めて貰えないので、理由は言わずにはっきりと断ったのが、結局2年生全員の気に障ったらしい。
2年生一同に陸上部のメニューを断られた時は、確かに困ったが、それでもその時間、自主トレくらいは出来たのでそんなに気にしなかった。
そもそも体が動かせれば良いと思うところが薫にはある。
だが、ここ数日は違う。部長が二年生の話を聞いている時間は、それなりに体を動かすことも出来たが、どちらかと言えば部長は二年生側。薫の説得をするつもりだ。
相手の状況や気持ちを説明して、薫に折れるように説得をしてくる。
納得しないで時間がたち部活動の時間が短くなると、仕方ないとようやく練習に行かせてくれるという繰り返しだった。
しかも今日は自主トレで軽く汗を流した程度の所で、先に話に決着をつけましょうと部室に呼び出され、いつもより体を動かせてもいない。
そのことで少々苛立ち、口が軽くなってしまってたように思う。
いつも通り、前田先輩のペアになるように説得をし始めた有沢部長の話を遮るように口を開いた。
「失礼ですが前田先輩はここ最近、スランプのようにも思えます。元々の記録も私が早いくらいです。私がペアになることで本当にお互いにプラスになると思いますか?」
「......」
「私は、前田先輩とペアになる気はないんですよ。そもそも助言者になる前に、前田先輩は今の自分の問題を解決したほうがいいと思います。そうでなければ、前田先輩も私もお互いで足を引っ張り合うだけです」
やれやれ、といった感じでそう付け加えると 、陸上部部長である3年生、有沢先輩は眉を顰めて黙り込んでしまった。
真面目で、争い事を好まない穏やかな性格の有沢部長は、2年生の言い分を聞いてから、やんわりと前田先輩とペアになるように薫に勧め続けていた。
そうすれば2年生との関係は、有沢部長が改善出来るようにするからどうかと。
その言い方は、押しつけることもなく、本当にそれが一番良いのだと思っている口振りだ。
前田先輩のメンティーになる必要性を全く感じていない薫は、有沢部長の言い分が理解出来ず、その少し的外れに見える様子に、つい判断を誤った。
これは相手側には言ってはならないと思っていたことを、理由として口にしてしまったのだ。
『自分より記録の出ない人に教わることはない』
これは本心ではあったが、有沢部長の表情を見ると、やはり言うべきことではなかった。
薫がペアになるのを断った前田光希さんは、他でもない有沢部長のメンティーである。
可愛がっているペアの後輩が、こんな言われ方をすれば機嫌が悪くなるのは当たり前の話だ。
これは有沢部長からも叱られるなと覚悟を決めた。その時。
「そう。そうね。分かったわ」
有沢部長は、そう言って深く頷いた。
その眼差しの深い色に、薫がぎょっとして何が分かったのか聞き返そうとすると、その前にさっと部室を出ていってしまった。
どうしたのかと後を追うと、様子を伺っていた2年生の中から、前田先輩を呼んだところだった。
小走りで前田先輩が有沢部長の前に立つと、有沢部長は難しい顔をしたまま、少し考え込んでから口を開いた。
「光希。私のバッチを返しなさい」
「え」
有沢部長とは全く違う、気の強そうな目をした前田先輩は、意味が分からないといった顔をしている。
「あなたとのペアは解消します」
「待ってください、お姉さま」
慌てたように前田先輩は有沢部長の手を取った。
「高村さんを練習に参加させなかったことを怒っていらっしゃるんですか?」
「そうではないわ」
落ち着いて首を振った有沢部長は、どこか淡々とした口調で続けた。
「あなたは、高村さんが陸上部のエースになると思って、自分のペアにしようと思ったんでしょう?」
「それは、そうです」
「私も高村さんはもっと実力を伸ばせると思うの」
そう言って有沢部長は言葉を途切れさせた。迷うように一瞬考えてから、口を開く。
「だから、あなたが彼女の助言者になれないのなら、私がなるのがベストだと思うの」
「え」
「あなたとのペアを解消して、高村さんの助言者になると言っているの」
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