拝啓、お姉さまへ

一華

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第一章 4月

翼を得た者 ★10★ 陸上部のお姉さま

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「後は全員、連帯責任よ。あぁ、先に聞いておきましょうか。私がこれから指示することに反論する気がある子はいる?」
部員一同を見ると、状況が読めない1年生が恐る恐る手を上げた。
「あ、あの。連帯責任って、どういうお話でしょうか?」
「陸上部は全員で陸上部だと言うことよ。1人が問題を起こせば、全員が責任を取る。少なくとも常葉学園の運動部では常識よ?覚えておきなさい」
それから、ふっと冷たく笑った。
「陸上部スペシャルメニューを1年生はまだやってないのよね?綾と光希以外は本日スペシャルメニューをなさい!」
大きな声で支持されると、明らかに3年生と2年生には動揺が走った。
その様子に「スペシャルメニュー」の内容を知らない1年生が、怯えたような顔をする。
「さぁ、取り掛かりなさい。陸上部顧問にはちゃんと来る前に話を通してあるわ。光希のスランプが解消されるまでは定期的に私がここに来て、全員しごきあげるってね。メニューは全部員が終わるまでは帰れないから覚悟するのね」
「はい!」
条件反射のように3年と2年が返事をする。
出遅れた1年を緋村さんは睨むように見渡してから再度言った。
「覚悟はいいわね?」
「はい!」
今度は全員の声が揃った。
緋村先輩は鬼軍曹のように頷いた。


「話が済んだみたいね」
一部始終を見ていた凛子先輩がふっとため息をついた。
「薫は明日から部活に戻って大丈夫でしょうか?」
「一応、部活が終わってから有沢さんとも話をしてみるわ。と言っても今日は遅くなるでしょうね」
肩をすくめて笑う凛子先輩に幸は小さく頭を下げた。
「すみません。よろしくお願いします」
凛子先輩は、微かに笑ってから頷いた。
「私も色んな人に助けられたもの。微力でも頑張れることは努力するわ」
「ありがとうございます」
「さあ、行きましょう」
凛子先輩に促されて幸は図書室の中にに戻っていった。


一方。
陸上部員が練習に移るために走っていく中、緋村さんは有沢部長の腕をガッチリ掴んだ。
最後に聞いておきたいことがあったのだ。
「綾。あなた、光希に『お姉さま』と呼ばせてるの?」
「え?あ、いえ」
何かとてつもなくもの言いたげな緋村さんの形相に、有沢部長は凍りついて青ざめた。

「その。楓さんが、以前に私に『呼びたいならお姉さまと呼んでもいい』と言ったのを聞いていたみたいで、たまに。あの、辞めさせます、すぐに」
「…いいのよ」
理由が自分だと分かってどこか悔しそうな顔をしてから許可すると、緋村さんは有沢部長を見た。
「あなたは私のことを『お姉さま』って呼ばないのね?」
「はい」
当然のように、有沢部長は頷いてから、緋村さんの不機嫌そうに変わった顔に困惑したような顔を浮かべた。
「い、いけなかったでしょうか?」
「いけなくはないわ。私が『お姉さま』なんておかしいものね」
「あ、いえ」
有沢部長は、そんなことは考えなかったという風に首を振った。
それから少し恥ずかしそうに顔を伏せて小さく呟いた。
「私、楓さんの名前が好きなんです」
「は?」
意味が分からず聞き返すと、有沢部長は決意を決めたように顔を上げて真面目な顔で言った。

「『楓』って、風って書くでしょう。木の葉とかが、風でばっと飛んでいく感じじゃないですか。楓さんってどの陸上競技も風のようにこなすから、ずっとぴったりだと思ってました」
予想外の言葉を言われて、緋村さんは言葉を目を見開いた。
「それに楓さん、楓の花言葉を知ってますか?」
「知らないわ」
「『美しい変化』って言葉があるんです。楓さんのメンティになってから、ずっと背中を追いかけていて、成長したくて。だから私が楓さんを楓さんと呼ぶのは、陸上部に置いての自分の目標をいつでも明確にするためなんです」
「そうなの」
「はい」
有沢部長の迷いのない返事を聞いて、緋村さんは照れたように遠くを一回見た。
『美しい変化』
どうにも自分の柄でもない、と思うが、相手は大真面目だ。
謙遜して否定する気にはなれなかった。

緋村さんは深呼吸してから機嫌良さそうに伸びをする。
「よし、綾が風になれように、今日はとびきりハードな練習にしてあげるわ」
「ええ!?」
「あなたなら大丈夫。ついてこれるわよ」
にっこり笑って、緋村さんはもう一度有沢部長の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

そうか、私はもう片方の翼を、この綾にもらっていたんだった。
心の中だけでこっそり、そんなことを思っていた。
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