87 / 282
第二章 5月‐序
オトウサンとのお出かけ ★3★
しおりを挟む
オトウサンの車に乗せてもらうのは、これが二度目になる。
一度目は、春にこの小鳥遊家に引っ越しをしてきたとき。
それまで住んでいたマンションからの荷物を引っ越し業者の人にお願いして見送った後。迎えに来てくれていたオトウサンの車に、お母さんと二人乗せてもらった。
その時は後部座席に乗らせてもらったので、実際、助手席に乗ったのは初めてだ。
車は詳しくないけれど、オトウサンの車は国産の黒の乗用車。
5人乗りの車で、中が広々としている感じ。
お母さんは運転は出来るけど車は持っていないので、柚鈴が今までバスやタクシー以外の車に乗る機会はほとんどなかった。
どういった種類の車なのかはよく分からないが、少なくとも乗ったことがあるタクシーに比べるとスプリングが良いからか座り心地が良く、足元が広く、エンジン音が静かな車だ。
それだけで、随分場違いな所にこれから行くのだと思ったものだ。
いや、今も場違いな場所にいるという感覚は大して変わらないのだけど。
オトウサンが開けてくれたドアから、緊張しながら車に乗り込んで腰を下ろした。
「柚鈴ちゃんはどこか行きたいところある?」
上機嫌のお父さんが、運転席に乗り込みながら聞いてくれるが、この辺りの土地勘が全くない柚鈴には、全く見当もつかなかった。しかも今までなかったオトウサンと二人きりという状況に頭が全く働かない。
困ったようにぎこちなく笑うと、オトウサンが頷いた。
「じゃあ、この辺りの紹介も兼ねて、ぶらっとしようか」
車が動き出し、家の敷地を抜けると、午前中に柚鈴がゆっくりと歩いてきた道もあっという間に過ぎ去っていく。
公共機関の窓から見える景色と、こうした自家用車から見える景色は何か上手く言えないけれど違うようで、新しい空間で見せられる景色は、どこか他人事というか、映画館で映像でも見ているような感覚だ。その慣れない感じに魅せられたように、しばらく窓に目線を張り付けて外を眺めていた。
「今住んでいるあの場所には僕も生まれる前から、小鳥遊の家があってね」
窓の外に意識を飛ばしていた柚鈴に、穏やかな声でオトウサンは説明をしてくれる。
耳障りのよい、優しい声だ。
「家は古くなったけど、都内の方に比べると海も近いし、緑も多いから、引っ越す気にもなれずにずっと住んでいるんだ」
家から離れ、繁華街とは逆の方へ坂を上っていくと、田舎道のように森林が増える。
車の窓が半分ほど開くと、一気に緑の匂いがした。
駅とは反対方向で、地元の人の道なのだろう。
行きかう車も多くはない。
「一応、志奈が生まれる前くらいに一度リフォームはしたんだけど、何か不便なことがあったら言ってくれるかな?」
そう言われて、オトウサンの方を見ると、こちらに少しだけ目線をくれて、にっこり笑った。
それで柚鈴は車に乗って、まだ一言も話していないことに気付いて慌てた。
「困ること、ですか」
「うん」
返事をした柚鈴に、嬉しそうに笑うオトウサンに困ってしまう。
そんなこと言われても、私住んでないし、何か要望を出すのも難しい。
どちらかと言えば図々しいと言ってもいいんじゃないだろうか。
柚鈴の戸惑いに気付いたのか気づいてないのか、にこにこ顔のお父さんは楽しそうに言葉を繋いだ。
「ちなみに同じことを百合さんに言ったら、家が広すぎると言われたよ」
「あ、確かに」
思わず、口からこぼれて、しまったと思った。
お母さんも正直だが、つられてしまっては柚鈴も人のことは言えない。
「ああ、そうだよね。広いよねえ」
オトウサンは、その様子にも、ふふっと楽しそうに笑う。
「僕は一人っ子だけどね。僕の父が子供の頃は父の兄弟も多く住んでいたし、お客さんも多かったらしくて。その頃と同じ部屋の数あるから多すぎるよね」
「今はお客さまは来ないんですか?」
「来ないわけじゃないんだけど、ホームパーティを大々的に出来るほどは大きくな家でもないし。父親の兄弟はそれぞれ家庭を持って、僕の祖母が亡くなったら、あまり来なくなったみたいだね。ああ、でも。志奈が中学生の頃くらいまでは、誕生日にお友達が来たりもしていたかなあ」
柚鈴はなんだか納得して頷いた。
「志奈さん、お友達多そうですね」
「……」
オトウサンは少しだけ黙ってから、柔らかく笑って頷いた。
一度目は、春にこの小鳥遊家に引っ越しをしてきたとき。
それまで住んでいたマンションからの荷物を引っ越し業者の人にお願いして見送った後。迎えに来てくれていたオトウサンの車に、お母さんと二人乗せてもらった。
その時は後部座席に乗らせてもらったので、実際、助手席に乗ったのは初めてだ。
車は詳しくないけれど、オトウサンの車は国産の黒の乗用車。
5人乗りの車で、中が広々としている感じ。
お母さんは運転は出来るけど車は持っていないので、柚鈴が今までバスやタクシー以外の車に乗る機会はほとんどなかった。
どういった種類の車なのかはよく分からないが、少なくとも乗ったことがあるタクシーに比べるとスプリングが良いからか座り心地が良く、足元が広く、エンジン音が静かな車だ。
それだけで、随分場違いな所にこれから行くのだと思ったものだ。
いや、今も場違いな場所にいるという感覚は大して変わらないのだけど。
オトウサンが開けてくれたドアから、緊張しながら車に乗り込んで腰を下ろした。
「柚鈴ちゃんはどこか行きたいところある?」
上機嫌のお父さんが、運転席に乗り込みながら聞いてくれるが、この辺りの土地勘が全くない柚鈴には、全く見当もつかなかった。しかも今までなかったオトウサンと二人きりという状況に頭が全く働かない。
困ったようにぎこちなく笑うと、オトウサンが頷いた。
「じゃあ、この辺りの紹介も兼ねて、ぶらっとしようか」
車が動き出し、家の敷地を抜けると、午前中に柚鈴がゆっくりと歩いてきた道もあっという間に過ぎ去っていく。
公共機関の窓から見える景色と、こうした自家用車から見える景色は何か上手く言えないけれど違うようで、新しい空間で見せられる景色は、どこか他人事というか、映画館で映像でも見ているような感覚だ。その慣れない感じに魅せられたように、しばらく窓に目線を張り付けて外を眺めていた。
「今住んでいるあの場所には僕も生まれる前から、小鳥遊の家があってね」
窓の外に意識を飛ばしていた柚鈴に、穏やかな声でオトウサンは説明をしてくれる。
耳障りのよい、優しい声だ。
「家は古くなったけど、都内の方に比べると海も近いし、緑も多いから、引っ越す気にもなれずにずっと住んでいるんだ」
家から離れ、繁華街とは逆の方へ坂を上っていくと、田舎道のように森林が増える。
車の窓が半分ほど開くと、一気に緑の匂いがした。
駅とは反対方向で、地元の人の道なのだろう。
行きかう車も多くはない。
「一応、志奈が生まれる前くらいに一度リフォームはしたんだけど、何か不便なことがあったら言ってくれるかな?」
そう言われて、オトウサンの方を見ると、こちらに少しだけ目線をくれて、にっこり笑った。
それで柚鈴は車に乗って、まだ一言も話していないことに気付いて慌てた。
「困ること、ですか」
「うん」
返事をした柚鈴に、嬉しそうに笑うオトウサンに困ってしまう。
そんなこと言われても、私住んでないし、何か要望を出すのも難しい。
どちらかと言えば図々しいと言ってもいいんじゃないだろうか。
柚鈴の戸惑いに気付いたのか気づいてないのか、にこにこ顔のお父さんは楽しそうに言葉を繋いだ。
「ちなみに同じことを百合さんに言ったら、家が広すぎると言われたよ」
「あ、確かに」
思わず、口からこぼれて、しまったと思った。
お母さんも正直だが、つられてしまっては柚鈴も人のことは言えない。
「ああ、そうだよね。広いよねえ」
オトウサンは、その様子にも、ふふっと楽しそうに笑う。
「僕は一人っ子だけどね。僕の父が子供の頃は父の兄弟も多く住んでいたし、お客さんも多かったらしくて。その頃と同じ部屋の数あるから多すぎるよね」
「今はお客さまは来ないんですか?」
「来ないわけじゃないんだけど、ホームパーティを大々的に出来るほどは大きくな家でもないし。父親の兄弟はそれぞれ家庭を持って、僕の祖母が亡くなったら、あまり来なくなったみたいだね。ああ、でも。志奈が中学生の頃くらいまでは、誕生日にお友達が来たりもしていたかなあ」
柚鈴はなんだか納得して頷いた。
「志奈さん、お友達多そうですね」
「……」
オトウサンは少しだけ黙ってから、柔らかく笑って頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。
卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。
理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。
…と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。
全二話で完結します、予約投稿済み
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる