拝啓、お姉さまへ

一華

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第二章 5月‐序

一歩、進んで ★2★ 凛子の場合

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常葉学園の生徒会の忙しさは、主にOGとの関係性にあるのが実情だ。
薫を含む特待生の受け入れが出来るのは、成功した常葉学園卒業生であるOG達からの多額の寄付金があるからだ。そして学園側は、その寄付金の成果として、優秀な生徒の育成を義務付けられているようなものだ。
より多くの優秀な生徒を育成するために、進んで特待生を受け入れ、また更に成長させるためのクラス分けや、教育システム、そして助言者メンター制度と生徒会の働き。
勿論、各教師陣もしっかりとした成果だしを意識していて、サポートをする。

そのことは生徒会役員であれば、当然のように理解しているが、別に説明する必要は感じなかった。
薫のようなスポーツ特待生は大会に出て、記録を作ればそれだけで、結局成果となる。
そこに心得を刻むように、学園の仕組みを教える気にもなれなかったし、口にすれば愚痴のようになってしまいそうで、それも困る。
学園の特待制度に恩恵をうける、特進科の首席生徒としては、黙して働くのがベストだと思うのだ。

だから凛子は、この場合のベストの答えを薫に聞かせることにした。

「さしあたってはゴールデンウイーク明けに配る資料ね。後は常葉祭に向けての打ち合わせとか」
「常葉祭?」
「秋にある文化祭よ」
「え?もう文化祭の話が出るんですか?月末にある体育祭じゃなくて?」
興味深そうに話しに乗ってきた薫に、凛子は大きく頷いた。
「生徒会はね。三年に一度、兄妹校になる尭葉たかは学園生徒会と合同制作があるの。これが中々大変で、今から方向性を決めておかないと間に合わないのよ」
「はぁ。随分大変なんですね」
本当に思っているかどうか、どこか他人ことにのんびりとした口調の薫に凛子は苦笑する。

まあ、仕方ない。
この苦労を背負うことを決めたのは自分なのだから。
学業と両立しなければならない生徒会は、正直楽な仕事ではなかった。
それでも手を挙げて、やりたいと言ったのは自分である。
決めたからにはやるしかなかった。

「とりあえず、ゴールデンウィーク明けには、柚鈴さんと幸さんは忙しくなるわ。色々フォローしてあげてね」
「ゴールデンウィーク明け?中間考査ですか?」
「そうね、中間考査もね。……ああ、お腹すいたわ」
寮が見えてきて意識が削がれ、思わず声を上げると薫も同意するように頷いた。
「本当ですね。凛子先輩にさえ会わなかったら、途中で袋の中身を食べてました」
「それは止めてちょうだい」
常盤学園の寮生、買い食いする。しかもささみ。おそらく丸かじり。
これはあまりに醜聞である。
いまだに近隣の住民にはお嬢様学校のイメージも強い学園のイメージはダダ崩れである。
「じゃあ、今後、コンビ二に買い物に行った時は大人しく寮までダッシュで帰って、部屋でこっそりいただくことにします」
力強い薫の返答に、一瞬、反論しかけて辞めた。
まあ、ダッシュで帰るくらいなら問題ない気もする。
「慌てず、ゆっくり噛んで食べるようにね」
「え、はあ、まあ」
凛子の注意に、困ったように返事をしてから、薫は頷いた。
丸きりの子供扱いだったと思って、凛子が自嘲的に笑うと、薫は気づいて、にっと笑った。

「凛子先輩も学食はよく噛んで食べたほうがいいですよ。魚の小骨がノドに刺さりますから」
「行儀の悪い食べ方はしないわよ」
「そうですかね?今の時間は人が少ないだろうし、それこそ丸のみしかねない勢いでしたので」
目上に敬意を払わない言い方に、凛子は呆れたようにため息をついた。
しかし、薫はこういうタイプの人間だ。
この態度には、凛子にも問題があるのかもしれない。
「そうね、気をつけるわ」
つかれきった頭では態度について教育する気にもなれず話を切り上げるように言った。
すると玄関に入ってから、薫は口を開いた。
「友人のフォローは、まあ、出来る限りしますよ。私は雑なんで、そこそこしか出来ないと思いますけど。足りたいときは頼りにしてますんで」
「……」
脱いだ靴を片づけるために背を向けた薫を、凛子はまじまじと見つめた。
「じゃあ、失礼します」
頭を下げて、部屋に帰っていく姿を見送ってから、小さく笑った。

薫にとって、今、凛子は頼れる先輩だというのが嬉しかった。

物事は変化していくのだろう。
それが良い方向であるように、努力しよう。
頼られるなら、頑張ろう。

凛子は靴を揃えて、中に一歩進んだ。
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