104 / 282
第二章 5月‐序
一歩、進んで ★1★ 凛子の場合
しおりを挟む
「あれ、凛子先輩。今、帰りですか?」
常葉学園から寮への帰り道、すっかり暗くなってしまって道を、生徒会の仕事を終わらせた長谷川凛子が歩いていると、脇道からのんびりとした声が掛かった。
「あら、薫さん」
同じ寮生である高村薫が、Tシャツと短パンというラフな姿で現れた。
その方向からと格好からすると陸上部帰り、と言うわけではなさそうだ。
それもそうだろう。ゴールデンウイーク中は、運動部の生徒は朝から活動して夕方には解散する。
こんな遅くに出会うとしたら、部活以外の理由だ。
「こんなに遅くにどうしたの?」
「部活終わって寮に帰ってすぐ夕食食べたんですけど、お腹空きまして」
コンビニのビニール袋を持ち上げてみせた薫に、凛子先輩はなるほどと苦笑した。
確かにハードな部活動を一日こなした後では、エネルギーが不足してしまうだろう。
こんな暗くなってから出歩くのは感心できないことだが、気持ちは理解できる気がした。
「何を買ったの?」
「鳥のささみとか。最近コンビニでも、味のバリエーションがあって助かりますよ」
連れ立って歩く薫のコンビニ袋を覗いてみると、ミネラルウォーターと野菜ジュース、ささみが2つ入ってる。
「以外とヘルシーなのね。お菓子も買ってないなんて」
「お菓子なんて腹膨れないじゃないですか。体もちゃんと作りたいし。何より今日は夕食が魚だったから、肉が食べたくって」
「薫さんにもっとも必要なものが入ってるわけね」
なるほど、と凛子が頷くと、薫はにっと笑った。
「大会でいい記録作りたいので」
それは、いつかのお礼という意味だろうか。
少し前の騒動を思い出して、凛子は尋ねた。
「そういえば、あれから陸上部では問題ないの?」
「おかげさまで。というか、鬼コーチが来てくれているので、みんな余力がないのかもしれません」
鬼コーチ、というと、間違いなく緋村先輩のことだろう。
あれから、週1、2回のペースで顔を見せているようだ。
といっても、関わっているのは自分の家系だけにしているらしいが、それでも他の部員は練習に力が入ってしまうのだろう。良くも悪くもだが。結果が出ているのは確かなので、良しと思うことにする。
光景が目に浮かぶようだ、
「それで前田光希さんの調子は?」
2年生の陸上部員であり、薫をメンティにしたがってる生徒の名前をあげると、薫は不満そうな顔をした。
「前田先輩はずるいですね。家系だからって緋村楓さんに付きっきりで指導受けてますから。スランプ奪回どころか、順調に仕上がってますよ」
「あら」
そのいいっぷりに凛子先輩は吹き出すように笑った。
薫の方は、緋村先輩の指導を受けたい様子である。
「それは仕方ないわ。そもそもあなたが原因で緋村先輩は高等部に来て前田さんを指導しているんじゃない」
「それはそうですけど」
「羨ましいなら、前田さんのメンティになることね。そうしたら指導が受けれるかもよ」
「それは勝負に負けた気がするから嫌です」
薫ははっきりと言って不敵に笑った。
勝負事には本気で行く、という態度が良く分かる。
仮に申し込んだ先輩が緋村楓さんであれば、喜んでバッチを受け取ったかもしれないが、緋村楓さんは薫にバッチを渡したかどうかは疑問である。
あの人が有沢綾以外の誰かを選ぶなんてことはない気がする。
そんなことを考えていたら、思わず頬が緩んでしまう。
そういったペアの関係は微笑ましい。
「何ニヤニヤしてるんですか?」
薄気味悪そうにしている薫の顔に、凛子は顔を慌てて引き締めた。
「凛子先輩は生徒会ですか?」
「えぇ。最後の詰めをね。今日やることは済ませたから、明日はのんびり出来るわ」
「何がそんなに忙しいんですか?」
不思議そうな薫に、凛子は肩を竦めてみせた。
常葉学園から寮への帰り道、すっかり暗くなってしまって道を、生徒会の仕事を終わらせた長谷川凛子が歩いていると、脇道からのんびりとした声が掛かった。
「あら、薫さん」
同じ寮生である高村薫が、Tシャツと短パンというラフな姿で現れた。
その方向からと格好からすると陸上部帰り、と言うわけではなさそうだ。
それもそうだろう。ゴールデンウイーク中は、運動部の生徒は朝から活動して夕方には解散する。
こんな遅くに出会うとしたら、部活以外の理由だ。
「こんなに遅くにどうしたの?」
「部活終わって寮に帰ってすぐ夕食食べたんですけど、お腹空きまして」
コンビニのビニール袋を持ち上げてみせた薫に、凛子先輩はなるほどと苦笑した。
確かにハードな部活動を一日こなした後では、エネルギーが不足してしまうだろう。
こんな暗くなってから出歩くのは感心できないことだが、気持ちは理解できる気がした。
「何を買ったの?」
「鳥のささみとか。最近コンビニでも、味のバリエーションがあって助かりますよ」
連れ立って歩く薫のコンビニ袋を覗いてみると、ミネラルウォーターと野菜ジュース、ささみが2つ入ってる。
「以外とヘルシーなのね。お菓子も買ってないなんて」
「お菓子なんて腹膨れないじゃないですか。体もちゃんと作りたいし。何より今日は夕食が魚だったから、肉が食べたくって」
「薫さんにもっとも必要なものが入ってるわけね」
なるほど、と凛子が頷くと、薫はにっと笑った。
「大会でいい記録作りたいので」
それは、いつかのお礼という意味だろうか。
少し前の騒動を思い出して、凛子は尋ねた。
「そういえば、あれから陸上部では問題ないの?」
「おかげさまで。というか、鬼コーチが来てくれているので、みんな余力がないのかもしれません」
鬼コーチ、というと、間違いなく緋村先輩のことだろう。
あれから、週1、2回のペースで顔を見せているようだ。
といっても、関わっているのは自分の家系だけにしているらしいが、それでも他の部員は練習に力が入ってしまうのだろう。良くも悪くもだが。結果が出ているのは確かなので、良しと思うことにする。
光景が目に浮かぶようだ、
「それで前田光希さんの調子は?」
2年生の陸上部員であり、薫をメンティにしたがってる生徒の名前をあげると、薫は不満そうな顔をした。
「前田先輩はずるいですね。家系だからって緋村楓さんに付きっきりで指導受けてますから。スランプ奪回どころか、順調に仕上がってますよ」
「あら」
そのいいっぷりに凛子先輩は吹き出すように笑った。
薫の方は、緋村先輩の指導を受けたい様子である。
「それは仕方ないわ。そもそもあなたが原因で緋村先輩は高等部に来て前田さんを指導しているんじゃない」
「それはそうですけど」
「羨ましいなら、前田さんのメンティになることね。そうしたら指導が受けれるかもよ」
「それは勝負に負けた気がするから嫌です」
薫ははっきりと言って不敵に笑った。
勝負事には本気で行く、という態度が良く分かる。
仮に申し込んだ先輩が緋村楓さんであれば、喜んでバッチを受け取ったかもしれないが、緋村楓さんは薫にバッチを渡したかどうかは疑問である。
あの人が有沢綾以外の誰かを選ぶなんてことはない気がする。
そんなことを考えていたら、思わず頬が緩んでしまう。
そういったペアの関係は微笑ましい。
「何ニヤニヤしてるんですか?」
薄気味悪そうにしている薫の顔に、凛子は顔を慌てて引き締めた。
「凛子先輩は生徒会ですか?」
「えぇ。最後の詰めをね。今日やることは済ませたから、明日はのんびり出来るわ」
「何がそんなに忙しいんですか?」
不思議そうな薫に、凛子は肩を竦めてみせた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる