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第二章 5月‐序
一歩、進んで ★6★
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おそらく口にしたほうは、今、志奈さんの表情そのままに、ささやかな大したことのない疑問として口にして。
そして志奈さんはそんな風に言われたことを、当たり前に受け入れているのだろう。
言われてしまうものは確かに仕方ないし、どうしようもない。柚鈴だって、それは分かる。そうして生きてきたから。
でも、他の人の話を聞くことは、当人よりも心に刺さった。
多分言われたのが自分だったほうが気にしないのに。
なんだか、無邪気で悲しい言葉な気がした。
「柚鈴ちゃん」
「あ、はい」
黙ってしまった柚鈴に、志奈さんは無邪気な笑顔を向けた。
「暗い顔になってるわ。そういうものは、材料と一緒に煮込んでしまいましょう」
「え?」
「煮込む料理は、そういうものだって習ったわよ。自分のマイナスの気持ちを具材と一緒に美味しく煮込んで頂くの」
「だ、誰がそんなことを教えたんですか?」
「え?違うの?」
煮込み料理にそんなことをするなんていうのは、少なくとも柚鈴は初耳である。
驚いた顔の志奈さんに、まさかいつもそんなことしてるんですか?と聞きかけて、志奈さんは料理をあまりしないことを思い出した。
つまり料理上手の友達だろうか?
中々、ヘビーな友人がいるものだ。
想像しているのもなんだか怖いので料理を再開する。
止まっていた手を動かして、鶏肉にカレー粉をまぶしていく。
志奈さんの思いもよらなかった言葉に、それまで感じていた重い気持ちが紛れていた。
「……」
マイナスな気持ちを美味しく頂く、というのと同じような科学的な方程式だろうか。
鶏肉だけでなく、柚鈴の心もスパイシーに…
言葉としては全く面白くないけれど、なんとなくそんな現象が起きているような形に収まってしまった。
志奈さんは、柚鈴に関係なく上機嫌だ。
逆の立場だったら、自分のことで誰かが暗い顔になったら嫌だけど、志奈さんは気にしている様子はない。
それどころか、にこにこ、と笑って。
「意地の悪いことを言ってもいいかしら?」
柚鈴には嫌な予感しか感じさせないことを言いだした。
「なんですか?」
なんでもないようにコンロの火をつけながら聞くと、志奈さんはにっこりと笑った。
「私自身は正直、気にしていなかった話だったんだけど。柚鈴ちゃんが私の話で傷付いた顔をしたのが、なんだか少し嬉しく感じてしまったわ」
「……」
柚鈴が思い切り嫌な顔をしてしまったのだろう。志奈さんが目を丸くしてから、破顔した。とても楽しそうに。
「志奈さん、めちゃくちゃ性格悪いですね」
「そうね、私も今そう思ったところよ」
「今、感じた悪意もしっかり煮込んでおきますから、お腹壊せばいいと思います」
「はあい」
のびやかな返事を聞きながら、柚鈴は小さくため息をついた。
なにが嬉しいのかさっぱり分からない。
志奈さんの考えと柚鈴の考え方はちっとも似ていないし、想像もつかないからよく分からない。
手際よく調理を進めていく柚鈴は、とびきり辛くなるように願いを込めて料理を進めていく。
志奈さんの辛い、の顔が見たい。
今、願いはそれだけだ。そうすれば少しは気分が良い気がする。
何はともあれ、今日の教訓。
煮込み料理は感情も一緒に煮込んでいいらしい。
食べてお腹を壊したとしても、調理者は責任を取らないということでお願いしたい。
ちらりと横を見れば、志奈さんの上機嫌な笑顔が見えて、表情は変えずに心の中だけで付け加える。
まあ、今日は。スパイスに『志奈さんの上機嫌』も入ってるわけだから、大丈夫でしょう。
そう思いながら手を伸ばして、志奈さんに負けないだけのスパイスをガッチリと掴んだ。
そして志奈さんはそんな風に言われたことを、当たり前に受け入れているのだろう。
言われてしまうものは確かに仕方ないし、どうしようもない。柚鈴だって、それは分かる。そうして生きてきたから。
でも、他の人の話を聞くことは、当人よりも心に刺さった。
多分言われたのが自分だったほうが気にしないのに。
なんだか、無邪気で悲しい言葉な気がした。
「柚鈴ちゃん」
「あ、はい」
黙ってしまった柚鈴に、志奈さんは無邪気な笑顔を向けた。
「暗い顔になってるわ。そういうものは、材料と一緒に煮込んでしまいましょう」
「え?」
「煮込む料理は、そういうものだって習ったわよ。自分のマイナスの気持ちを具材と一緒に美味しく煮込んで頂くの」
「だ、誰がそんなことを教えたんですか?」
「え?違うの?」
煮込み料理にそんなことをするなんていうのは、少なくとも柚鈴は初耳である。
驚いた顔の志奈さんに、まさかいつもそんなことしてるんですか?と聞きかけて、志奈さんは料理をあまりしないことを思い出した。
つまり料理上手の友達だろうか?
中々、ヘビーな友人がいるものだ。
想像しているのもなんだか怖いので料理を再開する。
止まっていた手を動かして、鶏肉にカレー粉をまぶしていく。
志奈さんの思いもよらなかった言葉に、それまで感じていた重い気持ちが紛れていた。
「……」
マイナスな気持ちを美味しく頂く、というのと同じような科学的な方程式だろうか。
鶏肉だけでなく、柚鈴の心もスパイシーに…
言葉としては全く面白くないけれど、なんとなくそんな現象が起きているような形に収まってしまった。
志奈さんは、柚鈴に関係なく上機嫌だ。
逆の立場だったら、自分のことで誰かが暗い顔になったら嫌だけど、志奈さんは気にしている様子はない。
それどころか、にこにこ、と笑って。
「意地の悪いことを言ってもいいかしら?」
柚鈴には嫌な予感しか感じさせないことを言いだした。
「なんですか?」
なんでもないようにコンロの火をつけながら聞くと、志奈さんはにっこりと笑った。
「私自身は正直、気にしていなかった話だったんだけど。柚鈴ちゃんが私の話で傷付いた顔をしたのが、なんだか少し嬉しく感じてしまったわ」
「……」
柚鈴が思い切り嫌な顔をしてしまったのだろう。志奈さんが目を丸くしてから、破顔した。とても楽しそうに。
「志奈さん、めちゃくちゃ性格悪いですね」
「そうね、私も今そう思ったところよ」
「今、感じた悪意もしっかり煮込んでおきますから、お腹壊せばいいと思います」
「はあい」
のびやかな返事を聞きながら、柚鈴は小さくため息をついた。
なにが嬉しいのかさっぱり分からない。
志奈さんの考えと柚鈴の考え方はちっとも似ていないし、想像もつかないからよく分からない。
手際よく調理を進めていく柚鈴は、とびきり辛くなるように願いを込めて料理を進めていく。
志奈さんの辛い、の顔が見たい。
今、願いはそれだけだ。そうすれば少しは気分が良い気がする。
何はともあれ、今日の教訓。
煮込み料理は感情も一緒に煮込んでいいらしい。
食べてお腹を壊したとしても、調理者は責任を取らないということでお願いしたい。
ちらりと横を見れば、志奈さんの上機嫌な笑顔が見えて、表情は変えずに心の中だけで付け加える。
まあ、今日は。スパイスに『志奈さんの上機嫌』も入ってるわけだから、大丈夫でしょう。
そう思いながら手を伸ばして、志奈さんに負けないだけのスパイスをガッチリと掴んだ。
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