拝啓、お姉さまへ

一華

文字の大きさ
111 / 282
第二章 5月‐序

一歩、進んで ★8★

しおりを挟む
先に志奈さんにそんな風に言われてしまっては、柚鈴はどうすればいいか分からない。
同じようなことを言うのは変な気がする。
もう何年も『ふつつかな娘』をやってきているので。

それに志奈さんにとっては縁がなかった『母の日』なのだから、色々思うこともあったんだろう、と思うだけに、どうしようと一人慌ててしまった。
オトウサンだけが、楽しそうに頬杖をついていて、非常に羨ましい立ち位置だ。
顔を上げてからそんな柚鈴に気付いた志奈さんが、じっと見つめてきてから、ふっと笑った。

「柚鈴ちゃんも、私のことは愛しい姉としてよろしくね」
「なんですか、それは」
どさくさに紛れた発言に、ものすごく地味に平常心スイッチを押してくれて、柚鈴自身が驚くほど冷静な声が漏れた。
志奈さんも、いつものスイッチが入ったのか、笑って続ける。

「柚鈴ちゃんからの『ふつつかな妹ですがよろしく』を希望しているアピール」
「いや、言いませんよ」
1人取り残されてしまったからと言って、断固その話には乗らないという態度を見せる。それから志奈さんのペースに乗らないように目を背けて、お母さんを料理へと誘導した。
「さあ、食べて。この話題は終了したいので食べて」
「あらあら」
軽く笑ってから。いただきます、と手を合わせてお母さんが一口食べた。
「…うん、美味しい」
咀嚼して、顔を綻ばせたお母さんにほっとして、柚鈴も手を合わせる。

「うん、ほどほどの辛さで美味しい」
先に食べたオトウサンの声が続いて、柚鈴もカレーを一口食べた。
カレーの香ばしいスパイスの風味と、一緒に入れた果物の甘味、それから後になって燃えるような辛さが波打つようで、熱い。
辛いというより燃えるようだ。

「…美味しい」
柚鈴より先に志奈さんが言ってから、少したって考え込むように項垂うなだれる。
「辛い…」
後からやってくる辛さに気付いたのか、慌てて水を飲もうとグラスに手を伸ばした志奈さんを止める。
「し、志奈さん。水は飲まない方がいいですよ。水飲むと、余計痛いような辛さになります。舌がやられちゃいます。ご飯を食べてください」
「はい…」
ご飯を一口食べて、しかし負けられないと思ったのか。
志奈さんは覚悟を決めたように更にカレーも口に運んでいく。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「柚鈴ちゃんの複雑な愛情を感じる気がする…」
「な、なんですか、それ」
マイナスな感情は煮込むように言ったのは志奈さんだ。
柚鈴にはそのつもりはなかったわけなので、苦情を言われても困る。

しかし。
あきらかに体温が1,2度は上昇したような表情で食べ進める志奈さんは、健気だが心配になるのも確かだった。
「オトウサンと同じ辛さに変えましょうか?」
「まだ早いと思うの」
「私には今に思えますけど」

志奈さんは諦めない。
オトウサンが隣のことは気にせず、何事もないように笑顔で食べ進めているのを見て悩んだが、少し様子を見ることにした。
辛いが美味しいのも確かだし、本人にやる気があるのだから頑張ってもらってもいいのかもしれない。
少なくとも隣の保護者が止めないのだから、大丈夫だと思いたい。
このオトウサンを信じて良ければ。

「でも、母の日帰ってきてくれないのね。寂しいわね」
お母さんが食べる手を休めて、ため息をついた。
「ごめんね。中間考査の前で余裕ない気がして。電話するから」
「待ってるわね」
そういってからお母さんは、何かを思い出したように顔を上げた。

「そういえば、生徒会に入ったの?」
「え?」
「入学式でそんな話していたじゃない。志奈ちゃんが生徒会だったから後を追って生徒会にとかなんとか」
そういえば、喫茶店でそんな話をしたかもしれない。
柚鈴もようやくそのことを思い出して、首を振った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...