拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、デートの時間です 17

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「それなら美味しくならないとおかしくないかしら?」
「何故、そう確信されているのか、甚だ疑問です」
「疑問かしら?じゃあ、逆のことをして、美味しくなるかどうか実験してくれてもいいわよ」
志奈さんは、ナイフとフォークを置いて、にっこり笑った。
「実験?」
「はい、どうぞ」
何かを待ち構えるような態度で、しばし間を持たせた様子に、嫌な予感しかせず、何を実験したいのかなど聞きたくない。
しかし期待に満ち溢れた視線に耐えかねて、柚鈴は恐る恐る聞いた。
「どういう意味ですか?」
「だから。柚鈴ちゃんが、ロコモコを私に一口くれるんでしょう?そしてそれを私が美味しいと感じるかどうかという実験」
「……。食べたいならどうぞ?」
こちらのランチのお皿を、取りやすいように志奈さんの方に寄せると、すぐに不満そうな表情を見せた。
「柚鈴ちゃん、分かっててやってるでしょう?」
「すみません。分かっててやってます。姉として察したら黙って諦めてください」
「う。姉として、と言われると…」
すかさず言い返した言葉に、志奈さんはショックそうな顔を見せた。
柚鈴に食べさせてもらいたいという願望が強くあるのだろう。
だが、姉として、という言葉は柚鈴が思っていた以上に効果的に、志奈さんを躊躇わせることになったらしい。

姉としての自覚を持たせるって、意外と使える。
密かに柚鈴は思った。

志奈さんは、それでもしばらく諦めきれなかった様子で間を置いてなら、がっくりと項垂れた。

「…察した方がいい気がしてしまうわね」
「ありがとうございます」
思わずほっとして。柚鈴はお礼を言った。
悔しそうにため息をついた志奈さんは「実験なのに」とブツブツと呟く。
後々怖くも思えたけれど、すぐに諦めた様子で、自分のスプーンで一口ロコモコを食べてくれた。
「美味しい」
「そうですよね」
幸せそうな志奈さんの笑みに、柚鈴も相槌を打つと、まだ残っていた悔しい気持ちが湧き上がったのか、志奈さんはしつこく言葉を足した。

「ここに柚鈴ちゃんの愛情というスパイスが加わったらもっと美味しかったと思うのに、実験出来なくて残念だわ」
「そんなことないですよ」
「やってもいないのに、どうして言い切れるの?」
「そ、それは、同じ言葉をお返しします」
「……」
「……」

少し間があって。
クスクスと笑い声が聞こえてくる。
志奈さんは何故か嬉しそうだった。

「どうしたんですか?」
そう柚鈴が聞くと、志奈さんは目を細めた。

「なんだか随分、柚鈴ちゃんと一緒の時間が自然になってきたなあと思って」
「そうですか?」
「はい。そうだと思います。日々、一歩ずつ。私の願う通りに姉妹になってきているわ」
「そ、そう思っているんですか…」

自信たっぷりの志奈さんの様子に、同意は素直に出来ないものの。
柚鈴は、まあいいかと思った。
嬉しそうな志奈さんの様子にも、悪い気がしない。

そのまま二人で、ランチを食べて。

こっそり心の中で思った。
下手に喜ばせないように、心の中だけでこっそりと。
初めてのランチデート、終了、と。

まるでミッションクリアのようだけど。
この志奈さんという人とは沢山の姉妹が、当たり前のようにしていることをきっと沢山させられるんだろうと思うから。

柚鈴も自分なりに。
受け入れる所は受け入れていこうと思ったのだ。
薫が言うように「人間の本質なんて残念ながら大きく変わるものではない」
だけど経験することで、選択肢を増やして。
そうして、姉妹らしくなっていけるというなら、悪くはないと思った。

志奈さんにちょっとは付き合ってみるのも。確かに少しずつ近くなっている気がするから。

本当にこっそりと、そう思った。
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