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第三章 5月‐結
お姉さま、体育祭です! 6
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200m走では、友人である高村薫は大活躍だったと言っていい。
周りに大きく差をつけて、走る姿は頼もしく、その美しいフォームは遠くから見ていても見惚れてしまうほどだ。
組が違うこともあって、彼女の走っている姿はほとんど見たことがなかったが、すらりと長い手足と鍛えられた身体は切り取って写真にしたいと思うほどだった。
普段から、どこか少年のような女性らしさを感じないところがあるが、こうして本気の姿を見れば、性別を超えたものがあり、至るところで感嘆か、もしくは黄色い悲鳴のようなものが聞こえていたような気がする。
薫がゴールをしてしまえば、そこは友人である分免疫があるハズの柚鈴である。
…う~ん。一躍、ヒーロー的なこの空気、少し怖い。
感動はもちろん冷めるわけではないが、なんとなくその周りのスター誕生的な雰囲気に冷静な気持ちにもなってしまった。
そもそも、何故黄色い悲鳴が聞こえたんだろう。
なんというか、これが女子高というものなのかもしれない。まだまだ慣れない。恐るべし。
タイミング良く隣から。
「薫さん、きっとファンクラブが出来るわね」
小さく笑った遥先輩の、どこか冷ややかな、しかし概ね慈愛を感じさせるような優しい響きの言葉に柚鈴は目を細めて曖昧に笑った。
その後の200m走には、沢城先輩も出場していた。
先ほどと違い、ある程度結果の予想をして見ていたが、スタートダッシュは飛びぬけて早い。小牧先輩のいう通り、短距離が得意なのだろう。今回は距離が長くなる分、100m走程圧巻の差がついたわけではないが余裕の1着を決めていた。
小牧先輩がこの結果に惜しみなく拍手を送る。あまりの拍手し続けるので止めたのは遥先輩だ。
「ひとみ、そろそろやめなさい」
先ほど、長縄に出ていた花奏を、感動冷めらやぬ様子で長々と褒め称え、流石に同じ組の三年生に注意されるという事件があったため言いにくそうにではあるが。指摘されると小牧先輩は大人しく止める。
その不思議な関係に対しては何も言わない方が良い気がして、柚鈴は話を逸らすために言葉を探した。
「なんだか沢城先輩ってすごいんですね」
柚鈴が思わず呟くと、遥先輩はすぐに小牧先輩を見る。
「その沢城さん、にはメンティがいるの?」
「いません。ああ、でも…」
「だそうよ。柚鈴さん、良かったわね」
「え?」
小牧先輩の言葉を遮って出た遥先輩の言葉に思わずキョトンとしてしまう。
良かった?
…あ、もしかして。
言われたことの意味に気づいて、柚鈴は慌てて首を振った。
「違います違います!別に私が興味があるわけではないんです」
「あら、そうなの?なんだかんだと柚鈴さんも借り物競争のお題の答えを見つけたのかと思ったわ」
「い、いやいや。そもそも私は助言者を持つ気はないんですから」
「そうだったわね。それで、今日は紫乃舞さまと走るんだものね」
あ、そうだった。
遥先輩の何気ない言葉に、なんだかんだと体育祭に夢中になっていた柚鈴はようやく自分のしなくてはいけないことを思いだした。
「…そういえば、探さないといけなかった」
「え」
遥先輩は柚鈴の言葉に驚いたように目を見開いてから、ツインテールを揺らして驚きを表現した。
「あなた、紫乃舞さまが来ているかどうかも確認していないの?」
「ええ…その、はい」
「何をやっているの。午後の競技とはいえ、早い方が良いでしょう。万が一見つからなかったらどうするつもりなの」
仰る通りごもっともだ。
遥先輩の、どうするつもりなの、の言葉の裏には、『楽しみにしているのに』という気持ちが見え隠れしているのが気になるが。
その場合、遥先輩を連れて走るつもりでした。
と、言うのが正しいのかどうなのか。
保険として考えていたのは事実なのだが、このままでは遥先輩しか選択肢がなくなってしまう。
体育祭に夢中になってそうなりました、では、流石に怒られそうだ。
そう笑って誤魔化そうとした柚鈴の表情に、何か感じるところがあったらしい。
「…何よ。その笑顔は」
遥先輩は訝しむように視線を変えてくる。
普段愛らしい顔をしているくせに、この人は怒ると妙に迫力があるのだ。
柚鈴は思わず一歩、後ずさった。
「ええと」
遥先輩は、柚鈴のそんな様子に、益々おかしいと思ったのだろう。
静かに迫力を込めつつ優しい笑顔を浮かべて、やんわりと言った。
「やましいことがあるなら早くおっしゃい。今なら怒らないわ」
…うわぁ。嘘っぽい。そう思いつつも柚鈴は渋々と口を開いた。
「…あの。見つからなかったら、遥先輩と走ろうかな、なんて」
「…」
やっぱり。こういう場合の『怒らない』の言葉は、大概裏切られることが多い。
どう思っているのかは分からないけれど、一度口を閉ざしてから、再度何かを言い出すために口を開いた遥先輩に先んじて、柚鈴は大きく声を出した。
「すみません!あの、いち早く『紫乃舞さま』を探しに行ってきます」
柚鈴は慌てて、その場を離れた。
周りに大きく差をつけて、走る姿は頼もしく、その美しいフォームは遠くから見ていても見惚れてしまうほどだ。
組が違うこともあって、彼女の走っている姿はほとんど見たことがなかったが、すらりと長い手足と鍛えられた身体は切り取って写真にしたいと思うほどだった。
普段から、どこか少年のような女性らしさを感じないところがあるが、こうして本気の姿を見れば、性別を超えたものがあり、至るところで感嘆か、もしくは黄色い悲鳴のようなものが聞こえていたような気がする。
薫がゴールをしてしまえば、そこは友人である分免疫があるハズの柚鈴である。
…う~ん。一躍、ヒーロー的なこの空気、少し怖い。
感動はもちろん冷めるわけではないが、なんとなくその周りのスター誕生的な雰囲気に冷静な気持ちにもなってしまった。
そもそも、何故黄色い悲鳴が聞こえたんだろう。
なんというか、これが女子高というものなのかもしれない。まだまだ慣れない。恐るべし。
タイミング良く隣から。
「薫さん、きっとファンクラブが出来るわね」
小さく笑った遥先輩の、どこか冷ややかな、しかし概ね慈愛を感じさせるような優しい響きの言葉に柚鈴は目を細めて曖昧に笑った。
その後の200m走には、沢城先輩も出場していた。
先ほどと違い、ある程度結果の予想をして見ていたが、スタートダッシュは飛びぬけて早い。小牧先輩のいう通り、短距離が得意なのだろう。今回は距離が長くなる分、100m走程圧巻の差がついたわけではないが余裕の1着を決めていた。
小牧先輩がこの結果に惜しみなく拍手を送る。あまりの拍手し続けるので止めたのは遥先輩だ。
「ひとみ、そろそろやめなさい」
先ほど、長縄に出ていた花奏を、感動冷めらやぬ様子で長々と褒め称え、流石に同じ組の三年生に注意されるという事件があったため言いにくそうにではあるが。指摘されると小牧先輩は大人しく止める。
その不思議な関係に対しては何も言わない方が良い気がして、柚鈴は話を逸らすために言葉を探した。
「なんだか沢城先輩ってすごいんですね」
柚鈴が思わず呟くと、遥先輩はすぐに小牧先輩を見る。
「その沢城さん、にはメンティがいるの?」
「いません。ああ、でも…」
「だそうよ。柚鈴さん、良かったわね」
「え?」
小牧先輩の言葉を遮って出た遥先輩の言葉に思わずキョトンとしてしまう。
良かった?
…あ、もしかして。
言われたことの意味に気づいて、柚鈴は慌てて首を振った。
「違います違います!別に私が興味があるわけではないんです」
「あら、そうなの?なんだかんだと柚鈴さんも借り物競争のお題の答えを見つけたのかと思ったわ」
「い、いやいや。そもそも私は助言者を持つ気はないんですから」
「そうだったわね。それで、今日は紫乃舞さまと走るんだものね」
あ、そうだった。
遥先輩の何気ない言葉に、なんだかんだと体育祭に夢中になっていた柚鈴はようやく自分のしなくてはいけないことを思いだした。
「…そういえば、探さないといけなかった」
「え」
遥先輩は柚鈴の言葉に驚いたように目を見開いてから、ツインテールを揺らして驚きを表現した。
「あなた、紫乃舞さまが来ているかどうかも確認していないの?」
「ええ…その、はい」
「何をやっているの。午後の競技とはいえ、早い方が良いでしょう。万が一見つからなかったらどうするつもりなの」
仰る通りごもっともだ。
遥先輩の、どうするつもりなの、の言葉の裏には、『楽しみにしているのに』という気持ちが見え隠れしているのが気になるが。
その場合、遥先輩を連れて走るつもりでした。
と、言うのが正しいのかどうなのか。
保険として考えていたのは事実なのだが、このままでは遥先輩しか選択肢がなくなってしまう。
体育祭に夢中になってそうなりました、では、流石に怒られそうだ。
そう笑って誤魔化そうとした柚鈴の表情に、何か感じるところがあったらしい。
「…何よ。その笑顔は」
遥先輩は訝しむように視線を変えてくる。
普段愛らしい顔をしているくせに、この人は怒ると妙に迫力があるのだ。
柚鈴は思わず一歩、後ずさった。
「ええと」
遥先輩は、柚鈴のそんな様子に、益々おかしいと思ったのだろう。
静かに迫力を込めつつ優しい笑顔を浮かべて、やんわりと言った。
「やましいことがあるなら早くおっしゃい。今なら怒らないわ」
…うわぁ。嘘っぽい。そう思いつつも柚鈴は渋々と口を開いた。
「…あの。見つからなかったら、遥先輩と走ろうかな、なんて」
「…」
やっぱり。こういう場合の『怒らない』の言葉は、大概裏切られることが多い。
どう思っているのかは分からないけれど、一度口を閉ざしてから、再度何かを言い出すために口を開いた遥先輩に先んじて、柚鈴は大きく声を出した。
「すみません!あの、いち早く『紫乃舞さま』を探しに行ってきます」
柚鈴は慌てて、その場を離れた。
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