拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、体育祭です! 9 ~明智絵里~

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明智絵里は自己分析すると、自分という人間は他人と合わせることが、とても苦手だと考えている。

努力して積み重ねて習得できるもの。例えば勉強だとか、ソロでの楽器演奏だとか。
そういったものは得意だ。
勉強での答えが流動的に変わるなんてことはあまりないし、楽器は楽譜通りに引けばいい。
特にメトロノームのように、きっちりと同じテンポを刻んでくれるものがあれば、それに合わせればいいから簡単だ。

でも、人と行動を共にすることはそうはいかない。

周りの人のその時の環境や気分で行動やリズムが変わってしまうから、正しい答えがないんじゃないかって思うのだ。
でも周りの人は、正しい答えを知っているように、行動を合わせていく。



そう、例えばこの『ムカデ競争』みたいに。


1年白組からの出場選手である明智絵里は、口から「1.2.1.2」と掛け声を他の人と合わせながら、懸命に足を動かしていた。
自分が口から出してる言葉と、足のリズムがあっているかさえ、もはや分からなかった。
ただ、練習していたときと同じように、なるだけ周りに合わせようと動くだけだ。

不思議なもので、運動神経が良い人はこういった競技の際、少しばかりリズムがずれても、周りの迷惑になることなく、淡々と自分のリズムを刻んでいけるようだ。
まるで天性の感覚でも持っているように、ぶれることはない。

だが、明智絵里は違う。
周りとずれてしまうと、混乱してリズムが分からなくなり、ガタガタと崩れてしまう。
修正が効かなくなうと足がもたつくので、ひたすら掛け声と前の人の動きに集中して足を動かすだけだ。

私は、本当に不器用だわ。
学年主席であり、勉強に置いては誰よりも秀でて、要領の良さも発揮出来る明智絵里が、まさかそんな風に思っているなどと、周りは思わないだろう。
だが彼女は、本当にそう思っていた。

世の中なんて、普遍的なものばかりだというのに、それに合わせると言うセンスがない。
そのことが彼女にとって、努力では解消しずらい大きな問題なのだ。

それでも、出来ないなら努力するしかない。
細やかでも、懸命に頑張る以外ない。

どうしても、自分の刻むリズムがずれていると感じつつも、その感覚に巻き込まれないように練習通りに足を動かして。
ムカデの真ん中程度にいて、良く見えるわけではないけれど、スタート地点では遥か遠くにしか感じないゴールが近づいてきているのは分かる。

この勝負はグランド一周。
コーナーを曲がり直線コースに入っている。
同じチームの選手は、競っている隣を走る黄組のムカデを気にして、掛け声を大きくし、ペースを上げているので、リズムは速くなっていっているのだが、明智絵里は前の人の動きと声だけに集中しているので気づいてはいない。高揚している周りとひたすら集中している明智絵里では、その点がまず大きく違う。

ただひたすら、リズムが合わないことに焦りを覚えつつ、合わせているだけだ。
リズムの修正。リズムの修正。リズムの修正。
練習ではなかったノーミスでここまで来ていることにも、まるで気づいていない程の集中力だ。

そのことだけに意識を傾けて、周りの状況など見えてないという姿勢は間違いなく才能の一つなのだが、本人も周りも今この瞬間にそのことには中々気づかないだろう。

そのまま、ゴールに到着して。
同じ白組の選手がそこで気を抜いて将棋倒しに倒れ込むのに巻き込まれつつ。

明智絵里は一度大きく息を吐いてから、まだ頭の中でリズムを刻んでいる自分をどこか冷静な気持ちで感じた。
周りの喜ぶ声に、どうやら上手くいったらしいと感じながら、冷静でいるために整理し続けた感覚のせいで、中々達成感を感じない。

努力が成果を上げたこの時にも、何か自分の中に抜け落ちてるものを感じてしまうのだった。
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