拝啓、お姉さまへ

一華

文字の大きさ
208 / 282
第三章 5月‐結

お姉さま、体育祭の昼食です! 10

しおりを挟む
勿論、一人の人から指導を貰うわけだから、自分より優秀な人から指導された方が良いと言うは分かる。
制度を公認している学園側が資格のバッチを与えることで助言者メンターの基準を明確にしていると言うのも分かる。

それでも。
上手く言えないけれど、幸のように悩んでいる姿を見ていると、その基準が本当に正しいのかどうかが分からなくなるのだ。

言葉に詰まってしまった柚鈴が考え込んでいると、明智さんは不思議そうに首を傾げてから微かにほほ笑んだ。
「基本と王道はシンプルなものなんでしょう?」
「え?」
「春野さん、さっき私に教えてくれたじゃない」
「う、うん。そうだけど」
幸が頷くと、明智さんはなんてことはないと言わんばかりに淡々と言った。
「『良い方だと思いますが、助言者として考えるにはまだまだ時間が必要です。ごめんなさい』今はこれしか答えはないんじゃないかしら?」

すらすらと言われると、それだけで説得力が増す気がする。
一瞬頷きかけてから、幸はでも、と言葉を繋いだ。
「借り物競争で一緒にゴールしちゃったら…」
「借り物競争のお題は、『ペアになりたい人』と一緒にゴールをすることであって、『ペアになる人』と一緒にゴールすることではないわ。だから簡単よ。もし本当に借り物競争のお題でその人が春野さんの手を取りにきたら、手を取る前に『今後ペアになるかどうかは、考える時間を下さるなら一緒に走ります』としっかり伝えればいいのよ」
「そ、そんなこといいのかな?」
「借り物競争のルール説明には、それを禁止する項目はなかったはずよ」

明智さんは眼鏡を軽く押さえて、知的な雰囲気で言った。
「そもそも対象が逃げることが許される競技で、交渉が許されないなんておかしいわ。もしそれで揉めたら、私が全力で説き伏せます」
「…」

その言い方が真剣なんだけど、どこか冗談めいていて。
明智さんがそんな冗談を言うのか一瞬迷ったが、先に幸の方が朗らかに笑い声を上げた。
「明智さんがそうしてくれるなら、心強いね」
その様子につられて、柚鈴もクスクスと笑ってしまう。
確かに、明智さんが全力で説き伏せてくれるというのは頼もしい気もする。

二人が笑うのを苦笑して肩を竦めた明智さんは、さあ、と問題解決したと言わんばかりに声をかけた。

「二人とも箸が止まっているわ。早く食べてしまわないと。特に春野さんは応援合戦の準備もあるんでしょう」
「ああ、そうだった」
幸ははっとして、お弁当を持ち直した。
流石にちゃんと食べておかないと、午後は持たない。

だが、その箸をお弁当へと向かわせる前に、幸はじぃっと明智さんを見つめた。

「なに?春野さん」
「明智さん、ありがとう」
「べ、別に。さっき教えてくれたことをそのまま引用したに過ぎないし」
動揺する明智さんに畳みかけるように幸が言葉を繋げる。

「絵里ちゃんって呼んでもいい?」
「!?」
驚愕、とも表現出来そうな明智さんの表情。
柚鈴はそんな明智さんの顔を初めて見た気がした。

そのまま顔をみるみる顔を赤くしてしまい、力尽きたように、かくんと項垂れる。いや、明智さんは頷いたらしい。

「…どうぞ」
「じゃあ、私もそうさせてもらおうかな」
便乗した柚鈴に、明智さんから少々恨みがましい視線を送られた気がする。
が、せっかくの機会なので気にしない。

柚鈴は話を切り替えるように両手を合わせた。
「じゃあ、改めていただきます」
「いただきまーす」

動きが止まってしまった明智さん、こと絵里を横にしたまま、柚鈴と幸は食事を再開した。

午後からの競技は、中々エネルギーを使うだろう。しっかり食べて、頑張らなければいけない。
そう戦わなければならないのだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...