拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、借り物競争はご一緒に 10

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取り残されて。
目を瞬かせて志奈は見送った。止める間もなかった。
その様子を見ていた岬紫乃舞は、ぷっと噴き出す。
「いいね。正々堂々と逃げるんだってさ。ここにいりゃ頼もしい卒業生が守ってあげるってのに」
そのままクスクスと笑い出したのを見て、志奈は肩を竦めてから、やがて満足そうに笑った。
「良いでしょう。私の妹は」
その人を魅了する笑みに、岬紫乃舞は笑い止めて、一瞬素の顔になってから苦笑した。
「あんた、その言い方は含みを感じるよ」
「そう?」
志奈はなんてことないように無邪気に笑ったままだ。
どこかお見通し、と言わんばかりに見えてしまう志奈の笑顔が少々不気味だと密かに感じながら、紫乃舞は口を閉ざした。
藪蛇やぶへび、と言う言葉もある。
ついうっかり、この笑顔の前に弱みを晒し、借りを作ったことを思い出せば、沈黙を好んだ方が良い時もありそうである。

タイミング良く、少し前から考えこんでいた長谷川凛子が顔を上げて、口を開いた
「もしかしたら名簿のせいかもしれないわね。幸さんが勘違いした理由」
明智絵里がその言葉に答える。
「名簿、ですか?」
「今月の始めに、それぞれの学年にペア候補用の名簿を配布したでしょう」
「ええ、配りました。確か、1年生には助言者資格を持つ上級生の生徒一覧と言われてましたね。既にペアが居る人は除いて、とは聞いてましたけど」
「ええ。一応、そういう話で名簿作成の為のプリントを助言者資格を持つ生徒には、お願いして渡しているのよ。

生徒会から配ることになる名簿には、名前を含めた個人情報が載ることになる。
今のご時世、そんな名簿を容易くは作ることはできない。
個人情報についての説明書きや、名前のカタカナ記載など、ある程度配慮をし、あくまでお願いをする。そうして集まった分で作成するのだ。
お願い、だから強制ではない。
協力してもらうという形になる。

生徒会からのプリントのため、ほとんどの人が特に考えずに協力してくれるため、ある程度は情報も集まるのだが。

「でも結局は自己申告でしょう?中にはまだペアがまだいなくてもプリントを出さない人もいるみたいなの」
その話に、紫乃舞はニヤリと笑った。
「あは。私は一度もその名簿記載に参加したことはないね。なんか面倒でさ」
「しのの場合、名前が載ってなくてもきっとそうだろうと周りが暗黙の了解みたいな所があったわね」
クスリと志奈が笑ってみせた。

凛子は少々困ったように笑ってから、そうでしたね、と頷いた。
明智絵里は特に表情は変えずに、話を続ける。
「つまりあの名簿には、ペアがいない助言者資格を持った生徒であっても、本人の希望がなければ載っていなかったということですか」
「そうね。既にペアにしたい人が絞れている人や、岬先輩みたいな人は載ってなかったと思うわ。そういった説明も必要だったわね」
凛子が頷くと、絵里はなるほどと頷いた。

「確かにその資料でしたら、沢城先輩の名前はなかったように記憶してます」
「…あら、覚えているの?」
「ええ。私も助言者を持つことを希望しているもので」

とは言え、記載されていた全員分を覚えているのというのは、記憶力良すぎではないだろうか。
流石に凛子も感心したし、聞いていた岬紫乃舞も面白そうに笑った。

才媛名高い笹原真美子は、少しだけ興味を示すようにチラリと絵里を見つめたが、特にそれに対して意見は言わない。
ただ、凛子を見つめて小さくため息をついた。
「なるほど。不備があったようね」
「すみません」
真美子の突き刺さるように響く言葉に、凛子ははっとしたように顔を上げた。
その様子に何か言おうと真美子が口を開くが、一息早く志奈が口を挟んだ。

「今見つかった不備は、私たちの代の不備でもあったのよ。むしろもっと前にに問題になってもおかしくなかったかもしれないわ。なんとなくスルーしてしまっていたけど」
真美子は志奈の言葉に小さく笑みを浮かべた。
「ええ、そうね」
「凛子ちゃんのおかげで1つ改善点が見つかったわね」

そう告げると、凛子は息を呑んで、嬉しそうに笑った。
「そう言って頂けると助かります」
真美子はその笑みに頷いてみせた。
「あなたでなければ、志奈の後の生徒会を纏められないと思うわ。今後もよろしくね」
真美子もそう言葉を足すと、凛子は真っ直ぐ見つめ返してうなづいた。

紫乃舞は、独り言のように小さく呟く。
「さすが私には可愛げのない生徒会長さんも、特別な先輩の前では可愛げのあることで」
「…」
その呟きはしっかり、凛子にきこえていたらしい。
少しムッとしたように、紫乃舞を睨むが、相手はそれが楽しいと言わんばかりに口元を歪めて笑う。
「私にも少しは愛想良くしなよ。せっかく来ること、教えてやったんだからさ」
「楽しそうに何の話?」

志奈が2人の会話を聞きつけて、興味深そうに話に入ると、凛子は少し顔を赤らめて、そっぽを向いた。
「なんでも、ありません」

その様子にますます楽しそうな紫乃舞に、真美子は小さく呆れてため息をついて、これからの勝負の様子が気になるようにグラウンドに目を向けた。
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