249 / 282
第四章 6月
体育祭のあくる日は 3
しおりを挟む
柚鈴が少々むず痒いような気持になっていると、遥先輩はにっこり笑ってから、話を切り替えた。
「そういえば。薫さんとは昨日会った?ひとみに負けてしまってショックを受けていなかったかしら?」
少し心配した様子を見せての質問に、柚鈴は思い出すように考え込んだ。
「薫だったら…」
昨日はどうだっただろう。柚鈴もいっぱいいっぱいであまり記憶はなかった。
今日は朝から自主練で走りに行っていたようだが…
そう思い出していた所で、部屋の扉がノックされ、次の瞬間には勢いよく開いた。
「おはようございます!失礼します!お邪魔します!!」
「薫」
噂をすればなんとやら。
高村薫である。
どうやらシャワーを浴びてきたらしく、髪が半渇きだ。朝から走ってきて流れた汗でもすっきりさせてきたのか。
あまりの勢いの良さに、一瞬驚きの表情を見せた遥先輩はすぐに正気を取り戻して、キリリと寮長としての厳しい顔を見せた。
「薫さん!誰か、入っていいと言ったかしら?」
「遥先輩!私に小牧先輩と再戦させてくださいっ」
遥先輩の怒りなどまるで気にしていないように、薫は勢いをつけて遥先輩に詰め寄った。
もちろんその勢いに負けてしまうような遥先輩ではない、途端に愛らしい顔を険しくして見せた。
「はぁぁあ?」
「あのまま勝負に負けたままでは終われません。お願いします!なんとかしてください」
…よほど悔しかったのだろう。
いつもどこか自信のある表情を見せることの多い薫が、中々必死だ。
遥先輩は、小うるさいものを離すように、距離の近い薫を手で払った。
「再戦なんてするまでもないわよ。次やれば、薫さんが間違いなく勝つでしょう」
「そうなんですか?」
どこか確信している様子に、柚鈴の方が疑問を持って訪ねた。
遥先輩は当然でしょう、と頷いた。
「薫さんは昨日一日、体育祭の競技に出ずっぱりのあげく、陸上部の前田さんに借り物競争では随分追いかけられていたじゃない。あんな消耗した状態で勝ったとしても、それはあくまでも体育祭上の勝ちでしょう。大差をつけて勝ったわけでもないし、まともにやれば薫さんの勝ちに決まっているわ」
「なるほど。そういえば薫、昨日は前田先輩から逃げ切ったの?」
「それはもちろん」
薫は柚鈴にニッと笑ってから、改めて遥先輩に向かいあった。
「しかしですね、遥先輩。最後の最後に抜かれた時の走りを考えれば、前半小牧先輩はやる気を出してなかったとしか思えません!最初から最後まで全力で走ればどうですか?」
「最初から最後まで全力ぅ…?」
何が気に障ったのだろう。
遥先輩はなんとも苛立ったような気配を一瞬見せてから、はあっと大きくため息をついた。
「その勝負、ひとみに何のメリットがあるのよ」
「へ」
「その再戦、したとして喜ぶのは薫さんだけでしょう。ひとみは勝負なんて興味ないもの」
遥先輩の言葉はなかなか核心をついたのだろう。
薫は一瞬怯んでみせてから、勢いでごまかすように口を開いた。
「だ、だから遥先輩に頼んでいるんじゃないですか!」
「あらそう。今、頼んでいたの?で、その勝負をひとみにさせることで、私に何のメリットがあるのよ」
「……」
今度こそ薫は口を閉ざした。
確かにその勝負を遥先輩に頼むとして、なんのメリットもない。
と、いうか。
昨日、ひとみ先輩と話してみて、あの人をやる気にさせるというのは非常に面倒そうである。
助言者である遥先輩ならもしかして容易いのかもしれないが。
何にせよ、遥先輩はこの話は終了とばかりに、ツンと顎を逸らした。
「頼みごとをするなら見返りを持っていらっしゃい。そうでなければ、とびきり愛らしくおねだりすることね」
「そ、そんな無茶な」
「少なくとも人の部屋の扉を返事も待たずに入ってくる後輩のいうことを聞いてやる義理はなくてよ」
「そ、そんな後生です」
「知りませんっ。気にしていた私がバカだったわ。」
遥先輩なりに後輩を心配していた分、気分を損ねてしまったのだろう。
いや、しかし。だからといって、薫が愛らしくおねだり、というのは中々難しそうだ。
少し想像してみて、柚鈴はクスリと笑ってしまった。
清葉寮は中々平和である。
「そういえば。薫さんとは昨日会った?ひとみに負けてしまってショックを受けていなかったかしら?」
少し心配した様子を見せての質問に、柚鈴は思い出すように考え込んだ。
「薫だったら…」
昨日はどうだっただろう。柚鈴もいっぱいいっぱいであまり記憶はなかった。
今日は朝から自主練で走りに行っていたようだが…
そう思い出していた所で、部屋の扉がノックされ、次の瞬間には勢いよく開いた。
「おはようございます!失礼します!お邪魔します!!」
「薫」
噂をすればなんとやら。
高村薫である。
どうやらシャワーを浴びてきたらしく、髪が半渇きだ。朝から走ってきて流れた汗でもすっきりさせてきたのか。
あまりの勢いの良さに、一瞬驚きの表情を見せた遥先輩はすぐに正気を取り戻して、キリリと寮長としての厳しい顔を見せた。
「薫さん!誰か、入っていいと言ったかしら?」
「遥先輩!私に小牧先輩と再戦させてくださいっ」
遥先輩の怒りなどまるで気にしていないように、薫は勢いをつけて遥先輩に詰め寄った。
もちろんその勢いに負けてしまうような遥先輩ではない、途端に愛らしい顔を険しくして見せた。
「はぁぁあ?」
「あのまま勝負に負けたままでは終われません。お願いします!なんとかしてください」
…よほど悔しかったのだろう。
いつもどこか自信のある表情を見せることの多い薫が、中々必死だ。
遥先輩は、小うるさいものを離すように、距離の近い薫を手で払った。
「再戦なんてするまでもないわよ。次やれば、薫さんが間違いなく勝つでしょう」
「そうなんですか?」
どこか確信している様子に、柚鈴の方が疑問を持って訪ねた。
遥先輩は当然でしょう、と頷いた。
「薫さんは昨日一日、体育祭の競技に出ずっぱりのあげく、陸上部の前田さんに借り物競争では随分追いかけられていたじゃない。あんな消耗した状態で勝ったとしても、それはあくまでも体育祭上の勝ちでしょう。大差をつけて勝ったわけでもないし、まともにやれば薫さんの勝ちに決まっているわ」
「なるほど。そういえば薫、昨日は前田先輩から逃げ切ったの?」
「それはもちろん」
薫は柚鈴にニッと笑ってから、改めて遥先輩に向かいあった。
「しかしですね、遥先輩。最後の最後に抜かれた時の走りを考えれば、前半小牧先輩はやる気を出してなかったとしか思えません!最初から最後まで全力で走ればどうですか?」
「最初から最後まで全力ぅ…?」
何が気に障ったのだろう。
遥先輩はなんとも苛立ったような気配を一瞬見せてから、はあっと大きくため息をついた。
「その勝負、ひとみに何のメリットがあるのよ」
「へ」
「その再戦、したとして喜ぶのは薫さんだけでしょう。ひとみは勝負なんて興味ないもの」
遥先輩の言葉はなかなか核心をついたのだろう。
薫は一瞬怯んでみせてから、勢いでごまかすように口を開いた。
「だ、だから遥先輩に頼んでいるんじゃないですか!」
「あらそう。今、頼んでいたの?で、その勝負をひとみにさせることで、私に何のメリットがあるのよ」
「……」
今度こそ薫は口を閉ざした。
確かにその勝負を遥先輩に頼むとして、なんのメリットもない。
と、いうか。
昨日、ひとみ先輩と話してみて、あの人をやる気にさせるというのは非常に面倒そうである。
助言者である遥先輩ならもしかして容易いのかもしれないが。
何にせよ、遥先輩はこの話は終了とばかりに、ツンと顎を逸らした。
「頼みごとをするなら見返りを持っていらっしゃい。そうでなければ、とびきり愛らしくおねだりすることね」
「そ、そんな無茶な」
「少なくとも人の部屋の扉を返事も待たずに入ってくる後輩のいうことを聞いてやる義理はなくてよ」
「そ、そんな後生です」
「知りませんっ。気にしていた私がバカだったわ。」
遥先輩なりに後輩を心配していた分、気分を損ねてしまったのだろう。
いや、しかし。だからといって、薫が愛らしくおねだり、というのは中々難しそうだ。
少し想像してみて、柚鈴はクスリと笑ってしまった。
清葉寮は中々平和である。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。
卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。
理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。
…と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。
全二話で完結します、予約投稿済み
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる