拝啓、お姉さまへ

一華

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第四章 6月

お姉さま、予想外です! 9

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「幸さんに柚鈴さん、紅茶にしてしまったけど良かった?」
なんの事情も知らない絵里が、変な静けさを疑問にも思わなかったようで声を掛けてくる。
「うん、ありがとう」
柚鈴が答えると、幸も遠くを見ているような目で大きく頷いた。
それからはっと我に返ったようだった。

「で、でも。それってまだ未完成なんですけど…」
幸の恐る恐ると言った質問に、凛子先輩は穏やかな態度のまま答えた。
「ええ。だからこの二人からオッケーはまだ貰えていないのよ。至急完成させてほしいの」
「ほ、本当にですか?」
「私はこれがいいのよ」
「…」
幸は大きく目を見開いてから、息を飲んだ。
それから、大きく頷いた。

「わ、わかりました。凛子先輩が一体どうして私の作品がいいのか分かりませんけど、至急完成させます」
「よろしくお願いね」
やる気を見せた幸に凛子先輩は微笑んだ。
幸、頑張って。
と分からないまでも柚鈴も応援する気になる。
親しい先輩にお願いをされたのだ。幸もやる気になるだろうし、そりゃあ柚鈴だった応援したくなる。

そこにふ~んと、目を細めて楢崎先輩が脅すように声を掛けた。
「凛子がいいって言うならいいけど、その作品を生徒会で作るってことで噂がまた広まっても知らないわよ~」
「やめなさい、和」

噂?
意味が分からずに、ひとまず幸を見る。
しかし作品を書いている幸自身も意味が分からなかったらしい。
きょとん、としていた。
そのまま視線を凛子先輩に向けると、何故か凛子先輩は柚鈴を見ていた。

え?
意味ありげな凛子先輩の視線と一瞬何か絡まるようなものを感じる。
しかし凛子先輩は何事もなかったように幸に目線を移した。

えっと、気のせい?
引っかかるような気持ちがありつつ、全く意味が分からないため、混乱するしかない。
そして凛子先輩は柚鈴の密かな混乱を置き去りにしたまま、話を先に進めた。

「二人からオッケーが貰えれば、そのまま幸さんには生徒会での映画製作の手伝いをしてもらいたいのだけど」
「え?手伝いですか?」
「ええ。まずは演出的な役割を幸さんにはお願いすることになるわ」
「演出って…」
「勿論、映画の演出よ」
さらりと凛子先輩言うが、幸は今まで以上に動揺した様子だった。
「え、映画の演出?!そ、そんな責任重大そうなことするのは無理です。映画製作なんてしたことも関わったこともないですから」
「そんなに難しく考えないでちょうだい。1年生の未経験者に、そんなに大きな責任は押し付けないわ。ただ作品の方向性がみんなで食い違ったり、セリフを変えることになったときに、そもそもの作品を作った人がいれば話がまとまりやすいのよ」
「えぇええ…」
「基本的には、行き詰ったときに参考に意見を聞いたりする程度よ」
慌てず騒がず。
どこまでもその名の通り、凛とした態度の凛子先輩に、幸は曖昧に頷く。
「な、なるほど…参考に」
幸は納得しかかっているように、頭をぐるぐるさせながら考え込んでいる。
それから何かに引っかかったように動きが止まった。

「それって、その…」
「なに?」
「共同制作をすることになっている尭葉学園の生徒さんとも一緒に活動することになるんでしょうか?」
「ええ、そうよ」
凛子先輩が答えると、幸は今までで一番ぎょっとした顔を見せた。
「絶対、無理です!」
そのまま大きく拒否をする。その様子はもう拒絶、と言った様子だ。

ど、どうしたんだろう?
柚鈴はその部屋の誰よりも話についていっていない。
しかし幸のあまりの剣幕に、驚いて、慌てて話を整理した。
尭葉学園と言えば、確か都内の男子校である。
そういえば、常葉学園とは理事が同じ兄妹校である。
そして今回の文化祭である常葉祭。
…そういえば、3年に一度大きな文化祭をする、とか誰かが言っていただろうか。
ともかくその常葉祭では生徒会が尭葉学園となにやら一緒する…一緒するというのは映画制作をという話、でいいのだろうか。
そのことで幸が絶対無理だと言い出した、という現状だろう。

…ああ、全然話がスッキリしない。
柚鈴は頭を抱えた。

凛子先輩は、変わらずに穏やかなままで尋ねた。
「幸さんにとって、何が問題なのかしら?」
幸はあうぅ、と声を漏らしてから困ったように顔を伏せた。
「…演出というか」
「ええ」
ごにょごにょ、と口元で何かを言ってから。
幸は消え入りそうな声で、ようやく言った。
「私、男の人って大の苦手なんです…」
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